1章 転生王女様は急には止まれない(3)

「何でございましょうか、アニスフィア王女」

「恐らくですけど、グランツ公は𠮟しつせきしようという訳ではないと思います。ですがユフィリア嬢もとつぜんの事で前後不覚になってると思われます。もう少しやわらかく接してあげたら如何いかがでしょうか? それにユフィリア嬢も。突然の事でおどろくのはわかるけど、もっと気を楽にして良いんだよ? 私もふくめてここにいる人達はきっと貴方あなたの味方だから」

 私の言葉を受けてユフィリア嬢が顔を上げる。まるで何を言っているのかわからないという表情で私を見ている。そんなユフィリア嬢に私は笑いかけてみる。

「とりあえず! まずじようきようを整理しましょう! 父上達もいくらかあくしている事もあるのでしょう?」

「……お前がまともな事を言うとしやくぜんとせんな」

「酷くないです!?」

「自業自得だろうが、愚か者が!」

 せない。まぁ、良いけどさ。思わず唇を尖らせてると父上が私に礼を告げて来た。

「アニスよ。お前が貴族学院の夜会に乱入した件は後でついきゆうするとしてだ。ぐうぜんとは言え、ユフィリアを保護してくれた事には礼を言う」

「えぇ、本当に偶然でしたけれどね」

「アルガルドへの追及は行わなければならんな。まずはアルガルドにきんしんを言いつけなければ……」

「あぁ、父上。なんかほかにもかかわってる人達がいたみたいなので、その人達も押さえた方が良いと思いますよ?」

 父上がいやそうな顔をした。ふところに手を入れて、中から愛用している胃薬を取り出してる。そのまま薬を飲み込む父上の姿にはあいしゆうただよっているように見えてしまう。事が事なのもあるけど、私を相手にしてると疲れるんだと思う。流石さすがに自分が悪い自覚はあるよ?

 でも本来だったら私はこの件に関しては部外者だ。王族ではあるけど、私はおうけいしようけんほうしてる身だし。

 だから王位に関係するような揉め事には関わるつもりもなかったんだけど、流石に今回はこうりよくというか、事故というか。まぁ、それは後にして。

「事件の内容やけいを調べるのも大事ですけど、後始末もあります。具体的に言うとユフィリア嬢の今後についてですけど」

「……ユフィリアの今後、か」

 父上が心底、やむように苦々しい声で呟きをこぼした。この際、アルくんが告げたこんやくの正当性があるかどうかは問題じゃないとして。おおやけの場で起こしてしまったため、この一件が人目に触れてしまっているのが問題だ。

 何がダメかって、ユフィリア嬢の今後の結婚についてが難しくなってしまうから。一度口に出してしまった以上、婚約破棄の宣言はなかった事にはならない。そんなアルくんとよりをもどせと言う訳にもいかない。

 そうなると次に問題になってくるのがユフィリア嬢の今後だ。婚約破棄なんて社交会では良いちようしようの的だ。それも次期王妃ともされていたユフィリア嬢ならなおのこと。さらには生家のマゼンタ公爵家は公爵の名にじない功績を残している名家でもある。

 そんなユフィリア嬢が婚約破棄をされてしまったなんて、嘲笑の的にするのには格好のじきだ。こうなると次の婚約相手を決めるのにも問題が出てしまう。

 一度、王家からそでにされてしまった令嬢を婚約させるとなると相手がかなり限定されてしまう。これは大きな問題だ。つまりユフィリア嬢の今後の令嬢人生にめいてきな傷を負わされてしまったという訳だ。それも王家側の一方的な都合で。……うん、色々とまずい。

「……ユフィリアの才覚では、下手に外に出す訳にもいかぬ……」

「ユフィリア嬢を外国によめに出すのはそれはそれで難しいですね。何せ天才公爵令嬢! だいの天才児! せいれいに愛された申し子! ユフィリア嬢のおうわさはよく耳にしました!」

 ユフィリア嬢は同年代の中でもずばけて出来が良い令嬢である。れい作法だけではなくほうや武芸においても優秀な才能を示す、まさに天才児というやつだ。

 そこにユフィリア嬢のぼうも加わるのだ。公爵令嬢としてのげんを見せ付けるたたずまいに相応ふさわしい白銀のかみに白いはだいてあげるなら目付きがキツい事が欠点だけど、次期王妃として振る舞うなら威厳なんて幾らでもあった方が良い。

 だからこそユフィリア嬢は次期王妃として相応しいなんて声がそこかしこから聞こえてきた訳で。私も噂は良く聞いてたし、遠目で見た時は流石に女としての敗北感を覚えたよね。いや、私は別に女をみがいている訳ではないんだけどね。

 自分とはなれてるからこその尊敬というか、そんな感じ? 幼いころから才能のへんりんを見せ付けた結果、ユフィリア嬢は王家に望まれて婚約者になった。その実力は計り知れないと、ユフィリア嬢のすごさはこれでもかと語られている。

 だからこそ、外国に嫁に出すなんて事も出来ない。ユフィリア嬢の力がそのまま外国の力になり得るからだ。こうなると、もう目も当てられない。

 だからと言って国内に相手がいるのかというと、王家と一度揉めてしまった令嬢と婚約をしても良いという相手がどれだけいるのかという話になる。加えてユフィリア嬢は公爵令嬢なのだから、その身分に見合う相手となるとせまい門がただでさえ狭くなる。

 たんてきに言うと、色んな意味でんでる状況だ。ちらりとユフィリア嬢へと視線を向けてみると、項垂れて視線を下げたまま暗いかげを背負ってしまっている。

 無理もない。それだけ王妃教育っていうのは重いものの筈だし。将来、国を背負う者として育てられて、それ以外の多くのものをささげたにちがいないだろうし。私はその責務から全力でげちゃったからなぁ。

 正直、私が逃げた事でまわめぐってユフィリア嬢に向かった可能性があって、私としてもこのままユフィリア嬢をほうっておけないって気持ちになるんだよねぇ。

 指摘するまでもなく父上はユフィリア嬢の今後の展望の暗さには気付いているだろう。

 そうなると無言のままのグランツ公のあつかんがちょっとこわくなってきた。でも、簡単に解決できる問題ではないしなぁ。それこそ大きな功績でも立てないと。……ん? 功績でも立てないと? そこで、ぴこん、と音を立てて私の頭の中に名案が浮かんだ。

「父上!」

「なんじゃ、いきなり大きな声を出しおってからに!」

「ユフィリア嬢の今後についてなのですが、にんしきとしましては今後のユフィリア嬢の婚約についてなどでなやんでいると見て良いでしょうか?」

「……それはそうだが、どうした? なんだか凄く嫌な予感がするのだが」

「このアニスフィア、名案がございます!」

 明らかに父上が嫌そうにげんなりし始めた。さっきから失礼だよ、父上! すると静かにひかえていたグランツ公も私へと視線を向けて来た。グランツ公の視線の圧が強い。穴が空きそうな程に見つめられてごこが悪い。

「アニスフィア王女、その名案とは?」

「はい。現在、ユフィリア嬢には婚約破棄をきつけられ、貴族令嬢として決して浅くない傷を負ってしまいました。更にユフィリア嬢はな才能の持ち主。次の婚約者をあてがおうにも相手が厳選される可能性が大きく、なかなか先の見通せない状況かと思います」

「そうなってしまうだろうな。……それでみようあんというのは何だ? てつもなく嫌な予感がするのだが」

「はは、失礼な。今回の婚約破棄がアルくんの独断で王家側に一方的な過失があったのだとしても、ユフィリア嬢が婚約破棄の宣言をいさめられなかった事実までは無くなりません」

 今回、アルくんに一方的に過失があったのだとしても、こうなる前に止められなかったんだからと、ユフィリア嬢の能力を疑う声はどうしても出てくると思う。もう事は起きてしまった訳だから、こればかりはどうしようもない。

「こう言っちゃうと、ユフィリア嬢にも責任が生まれてしまうのですが……」

「それは事実かと。実際にアルガルド王子をお諫め出来なかったのは、こちらの落ち度でございます」

「はい。一度してしまった失敗はそう消えません。しかし、失敗を取り戻す事は可能です。その為にはユフィリア嬢に功績を積んで頂けば良いかと思います」

 グランツ公は目を私かららさずに一言一句、聞きのがしがないように見てくる。みような緊張感が漂う中、気がいたのか父上が私をろんげな表情のまま問いかけて来る。

「……つまりお前は何を言いたいのだ? 回りくどい、結論を申せ」

「では単刀直入に。──父上、グランツ公! 私めにユフィリア嬢を下さいませ!!」

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