1章 転生王女様は急には止まれない(4)

 その場の空気を一言で言い表すのならこおり付いたという表現が正しい。私の発言に父上は一気に顔を引きらせて、グランツ公は少しだけ目を見開かせた。

 そして当事者であるユフィリア嬢は何事かと、顔を上げて私に視線を向ける。私はそんなユフィリア嬢に微笑ほほえんでから、改めて父上とグランツ公に向き直る。

「私が全力でユフィリア嬢を幸せにしてみせます! どうか許可を!」

「待て待て待て待てィ! 何をとち狂った事を言い出すのだ、お前は!?」

 父上が顔色を青くさせながら勢い良く立ち上がって私をにらみ付ける。だれがとち狂ってるですか! 至ってですよ、こっちは!

「アニスフィア王女。ユフィリアを求む、というのはどういう意図でございますか?」

 グランツ公がいつもの調子に戻りながら問いかけて来る。私はそれに一つうなずく。

「ユフィリア嬢を私の助手としてお招きしたいのです」

「……助手、ですか?」

 ユフィリア嬢がこんわくしきった様子で首をかしげている。ちょっと可愛かわいい。で回したい。私の内心を察したのか、父上の視線がするどくなった。気を取り直すように私はせきばらいをする。

「私が〝魔学〟の提唱者だというのはすでにご承知の事かと思いますが、その魔学を研究したり、発表したりする際の助手としてユフィリア嬢がしいのです」

「……まさかとは思いますが、アニスフィア王女。貴方あなたは魔学の功績をユフィリアに発表させる事で功績にさせようとするつもりでしょうか?」

「はい! その通りです、グランツ公!」

 魔学は私が前世の知識でかいたものを再現しようとしたり、その発想を用いて魔法を解明していく私の研究の名前だ。魔法科学だから、略して魔学。私のじよほうきも魔法で空を飛びたいっていう発想から生まれた成果の一つだ。

「魔学は細々とながら、父上が確認をした上で認可したものは世に広められてきました。しかし、魔学は私の事情で公に大きな功績としてけんでんする事を控えています」

「魔学は革新的な発想から生まれたもの。そしてその魔学から生まれた魔道具も。それはパレッティア王国へあたえるえいきようが大きすぎた。……そうですね?」

「はい。だから私は魔学の功績が大々的に広められないように父上に進言しました。次の国王は私が良いんじゃないかと、そう言われるとめんどうになりますから」

 アルくんは弟だけど、男児だったから王位継承権はアルくんの方が優先される。だけど私もくさっても王族だから王位継承権を〝持っていた〟。そう、過去の話ね。

 ほら、私って魔法が使えないから。王女なのに魔法が使えないから魔学の功績があっても、この国の成り立ちからすると王様として受け入れてもらえないんだよね。

 パレッティア王国は簡単に言うと魔法と共に発展してきた国だ。初代国王が精霊とけいやくし、共に歩んで来た。そして精霊からさずけられた魔法で国をおこした。

 そして貴族が臣下として王といつしよに歩み、パレッティア王国が成立した。だから魔法を使えるって事が王族としてかなり重要視されるんだけど、その王族である私がまさか魔法が使えなかったんだよね。

 誰もがそんな私のあつかいに困った。私は私で魔法が使えないなら自分が使える魔法を研究しようって決めた。だから私は魔学を研究するって決めた時から王位継承権を捨てたんだよね。だって持ってても余計ないさかいしか生まないって思ったから。

 最初こそ父上もていこうしてたけど、私も当時はやりすぎなぐらいに突き抜けてみせたのであきらめられたんだよね。それで無事に私は王家にせきは残しつつも、政務にはかかわらない名ばかりの王女になった訳なんだけども。

「なのに父上が最近色々と仕事を押し付けるから変に有名になったと思うんですけど」

「逆じゃ、逆! お前が目立つから逆に組み込んだ方がづなを取れると考えたのだ、考え無しのキテレツむすめが!」

「えー……?」

 でもだからって政務の面倒事を私に押し付けるのはズルくない?

 私のしゆにもからむ事だからだんは文句も出ないけど。……おっと、話が逸れてしまった。本題にもどさないと。

「私は魔学が広まる分には良いんですけど、おもてたいに立つつもりはないです。それならユフィリアじようと共同研究にして、ユフィリア嬢の功績にしたらどうでしょう?」

「……確かに。こんやくの話題を打ち消してしまえるだけの価値はあると思います」

「でしょう? ほら、あとはあれですよ。私、魔法使えませんから。魔法を使える助手が欲しかったんですけど、その点で言えばユフィリア嬢ってのどから手が出るほどに欲しい人材なんですよ!」

「……私が、ですか?」

「そうだよ! 貴族令嬢としても有能で、武芸にも心得があって、更には使える魔法属性の適性数は歴代一と言っても過言ではないと言われる精霊に愛されたちよう! ユフィリア嬢はパレッティア王国の宝といっても過言じゃないんだよ!」

 この世界の魔法は精霊からのおんけいとされている。ユフィリア嬢はその魔法を多種多様に扱えるとの事で有名なのだ。

 ぶっちゃけ、凄く欲しい。さっきも言ったけど喉から手が出る程に欲しい人材だ。私の個人的な研究だし、私ってこんなんだからいつぱん的な貴族から評判が良くない。

 だから助手なんて欲しいと思ってもやとえない。そこにユフィリア嬢だよ! 婚約破棄に付け込んでと言えば聞こえは悪いけれど、このうまい話を逃す理由もない。結果的にはユフィリア嬢のためになる訳だし!

「……確かに理にかなってる話だと、私も思います」

「でしょう! ね? だから父上、いいでしょ?」

「アニスよ。……お前は、私におうけいしようけんほうすると伝えた時の話を覚えているか?」

 父上が凄くしぶい顔をしてうでを組みながら問いかけて来る。その問いかけの内容に何だっけ? と首を傾げたけど、すぐに思い当たる事があっててのひらの上にこぶしをぽんと置いた。

「……あぁ、あの例の宣言ですか」

 するとグランツ公も気付いたのか、何故かためいき交じりにつぶやく。父上とグランツ公の様子にユフィリア嬢はまどったように視線を二人の間で彷徨さまよわせている。

「お父様、あの……何のお話ですか?」

「……アニスフィア王女が王位継承権を放棄したいと言い出した時にこう言い放ったのだ。『男性との結婚などごめんです。でるなら、私は女性を愛でたいです!』と、な」

 グランツ公の言葉にユフィリア嬢が目を見開かせて私の顔を見た。その視線に少しだけきよを感じてしまう。いや、うん。でも本心だしねぇ。

「だって結婚して子供とか生みたくないし」

「お前というやつはぁぁぁァアアアッ!!」

「ギャァアアアッ!? アイアンクロー痛いッ! 痛いです、父上! はなしてください!!」

 父上がこんしんさけび声を上げながら私につかみかかって来る。父上の指が顔に食い込む! しかも持ち上げられて足がつかない! 待って、本気で痛いから!!

「お前は王族としての心構えや責務をちりあくたのように扱いおって……!」

「痛い痛い! だ、だって……! ほうも使えない私の血を王家の血として残すのは……ほんまつてんとうじゃないですか……! 私、ちがってない!」

「大間違いじゃ、たわけ者! お前の魔学は評価にはあたいするが、結婚までいやかすな!」

げん取りましたもん! 結果を出したら一生結婚しなくていいって! アイタタッ! 父上、顔が変形する! 変形しちゃう……!」

「あのころの私の胃痛に比べれば何倍もマシだわ!」

 ぺい、と投げ捨てるように父上が私を解放した。あー、痛かった。つぶされるかと思った。

 確かにあの宣言をした時はきようかんごくになっちゃって、流石さすがにちょっと反省はした。でも、本心だからいつかバレるだろうし。だから先回りして芽を潰しただけだし。

 それで私のうわさが広まって、私が〝同性が好き〟って話が出回ってるんだよね。

 女の子が好きなのは否定しないんだけどね! 別に男の人もきらいって訳じゃないんだけど、れんあいとか婚約とか結婚とかが絡むとたんに受け付けなくなるだけで。

「……アニスフィア王女。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何でしょうか。グランツ公?」

「ユフィリアを助手として望むのは、助手という文字通りだけの意味でしょうか?」

 グランツ公が視線を逸らすことなくぐに見つめて来る。その私をかそうとするような目に、ここまで来るといっそ慣れてきてしまった。

「んー。いえ、確かに貴族令嬢としても魔法使いとしてもりよくで助手として望んでいますが、はっきり言いますと……」

「言いますと?」

「ユフィリア嬢は私の好みです!」

「もうたのむからだまってくれんか、アニス!」

「お断りします!」

「腹立たしい表情をしおってからに……!」

 今度は顔面を摑まれないようにグランツ公達のソファーの後ろ側にげ込む。するとユフィリア嬢と視線がばっちり合って、ユフィリア嬢が少し距離を取った。

 ちょっとショック。まぁ、仕方ないよね。私も噂の否定はしてないし。ただ、それだとかんゆうに困るのでフォローしないと。

「あー、その。同意がない相手には手を出さないというか、誰でも良いって訳じゃないよ? 私も別に遊び人って訳でもないからそういう心配はしなくていいから。ユフィリア嬢と仲良くなりたい理由はいっぱいあるんだ」

「……私と、ですか?」

「だってアルくんの婚約者だからかつにお茶にもさそえないし! 正直に言ってこのじようきようは良くないけど、私としてはかんげいしてるんだよ! ユフィリア嬢も災難だったと思うけど、ねぇ、どうかな? 私と一緒に魔学を研究してみない?」

「……私だと都合が良いからですか?」

 どこかちよう気味にわずかに口のはしを上げて視線をらすユフィリア嬢。いきなり婚約破棄をきつけられて、落ち込む気持ちもわかるんだけどなあ。

「確かにそうだって言えばそうだ。でも、違うって言う事も出来る」

「……?」

「ユフィリア嬢が決めていいよ、貴方が選びたい理由を。ユフィリア嬢がつらくて苦しそうで助けたいから。この言葉を信じても良いし、別の理由だって構わない」

 私の言葉にユフィリア嬢が目を見開く。私はユフィリア嬢のほおに手をばして頰をでる。頰に手をえた手で、ユフィリア嬢を私の方へと顔を向けさせる。距離が近づくけれど、そのせいでなおさら、ユフィリア嬢のぼうかくにんしてしまう。

 ユフィリア嬢を遠目で見かけた時は、無表情か、絵にいたようなお手本そのままのようなしようかべている所ばかりだった。でも、今の彼女はの感情をかくゆうがないのかこんわくや不安でひとみらしている。

「私が信じられないなら、ユフィリア嬢が私にとって都合が良いからだって諦めても良いよ。それも否定しないから。もし、いつか助けたいという言葉が信じられるようになったら信じてくれればいいからさ」

 いたわるようにユフィリア嬢の頭を撫でながら、私は言葉を続ける。どうか少しでもユフィリア嬢がかかえる重みや痛みが楽になるようにと思いながら。

「別に信じて貰うのなんて後からでも良い。だからユフィリア嬢は好きな理由で、選びたい理由で私の所に来てくれるといいなって思ってる」

 私の言葉にユフィリア嬢はただほうけたように私を見ている。まるで迷子のように、どうしていいかわからないといった様子で。

「ユフィリア」

 そんなユフィリア嬢の視線をうばったのはグランツ公だった。ユフィリア嬢のとなりに座っていた彼は、ユフィリア嬢をはさんで向こう側にいる。

 のうめんのように思える無表情でユフィリア嬢を見つめていたグランツ公は、ゆっくり息をき出すように告げた。

「……すまなかったな」

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