オープニング(3)

    * * *


 パレッティア王国にはある〝王女〟がいる。

 パレッティア王国史最強の問題児、王国一のじん変人、王族のめたアク等の様々な称号で呼ばれる王女。彼女こそが、アニスフィア・ウィン・パレッティア。

 彼女が行う奇行の数々は月日を重ねるごとにネズミ算式で増えていき、今となっては彼女が起こす騒ぎは、またアニスフィア王女のわざか、と言われるほどだ。

 いわく、空を飛ぶために風を利用して自分をっ飛ばしてじようへきにめり込んだ。

 曰く、を作るといって湯をかそうとして全身火傷やけどを負った。

 曰く、王都から新たに道をかいたくする際におそってきた魔物を一人でかいめつさせた。

 曰く、けつこんしたくないからという理由で王の心が折れるまで奇行をり返した。

 たたけばどこまで出てくるのかと、奇行のいつの数々を持つのがアニスフィアだ。

 正に〝キテレツ王女〟。鹿と天才はかみひとを行くゆいどくそんの奇人。だと。

 しかし、それとは別に彼女を言い表す言葉がある。

 ──〝誰よりも魔法を愛し、魔法に愛されなかった天才〟と。

 この国では王族や貴族が当たり前に使える魔法を使えない王女。それがアニスフィア・ウィン・パレッティア王女。魔法を使えないからこそ〝魔法科学〟、りやくしよう〝魔学〟を編み出したたんの天才である。


    * * *


(えーと、これは不味まずじようきようかもしれない……?)

 私、アニスフィア・ウィン・パレッティアは考えた。目の前にはかざった貴族の子息や子女と思わしき子達がいっぱいいて、どう見てもパーティー会場のただなか

 私に向けられる視線は奇異の視線そのもので、正直に言えばごこが悪い。もしかすると久しぶりの大失態かもしれない。

 ちょっと飛行どうの夜間飛行のテストに出て、星がつかめそうなんてロマンチックな事を考えてたら、制御に失敗して窓にっ込んだとか。うん、これは流石に許されない失敗なんじゃないかな?

 そんな事を考えながら飛行用魔道具の〝じよほうき〟の調子を確かめてみる。よし、こわれてはいない。流石にこれまで壊れてたら泣きを見ていた所だ。まだ私の評判以外に傷ついたものはない! よし、問題なし!

 改めて会場を見れば、自分と同じ血を引く弟、アルくんがいた! うーん、アルくんは私の事を苦手にしてるから悪い事をしちゃったなぁ。

(ん? なんでアルくん、そんな守るように私が知らないれいじようめてるのかしら?)

 アルくんの婚約者の筈のご令嬢は、なんか見下ろされる位置にいるし。んん? これはどういう状況? 気になった私はつい声に出して聞いてしまう。

「ちょっとアルくん。どうしてユフィリア嬢がいるのに別の女性をはべらせてるの?」

「……ッ、貴方あなたには関係ない!」

 うん、とてもおこってらっしゃる。いや、怒るだろうけどさ、そりゃ。すごい形相でにらまれてるんだけど。いや、色々と私達の間にはあったから仕方ないんだけど。それとこれとは別の話でしょうに。

 私が〝王族としてそこない〟なのは良いとして、次期国王ともあろうものが婚約者であり次期おう様のそばにいないのはどういう事なのか、と。そんな疑問から私はユフィリア嬢へと視線を向けてしまう。

「えぇと、ユフィリア嬢? これはどういう事? あれ、めかけ候補とか何か?」

 ユフィリア・マゼンタこうしやく令嬢。マゼンタ公爵家のご令嬢である彼女はとても、と頭につけてしまう程に美しい少女だ。その見目のうるわしさにためいきいていた者もまた多い。

 まるで白い月の光を吸い込んだような、薄い銀色のざわりの良さそうな髪。令嬢らしい白く美しいはだのようなピンク色のうるんだ瞳。身に纏っている空色のドレスと合わせて社交会のはなと言うに相応ふさわしいで立ちだ。

「え……?」

 アルくんから視線を移して呆気に取られていたユフィリア嬢へと問いかけてみる。すると、たんに表情をかげらせて視線を落としてしまった。

「? どうしたの?」

「いえ、その……」

 ユフィリア嬢までどうしたの? 思わなかった反応に私は目を丸くしてしまう。大人にもものじせずに意見を言える子で、将来の王妃として立派だなぁ、って思ってたのに。

 なのに今にも泣きそうというか、あれ、もしかして実際に泣いてた? そんなに私がいきなり窓をぶち破ってきたのがこわかった?

 ……いや、なんかちがうな? それにこの立ち位置と状況、なんかおくがちりちりとするような気がする。すると、のうよぎったものがあってつい口を開いてしまう。

「……あぁ、成る程。言いがかりでもつけられてこんやくでもされたの?」

「──ッ!?」

 何故、と言うようにユフィリア嬢が視線を上げる。その瞳はおどろきで揺れていて、だんは鉄仮面をつけたように変わらない表情が変化してしまっている。

 えぇ、どうしてさ。〝前世〟ではそういう〝お話〟があったのは知ってたけど! 実際に現実でも起きるような事なの? いやはや世界はいつだってみようだね。私が言うのもなんだけど。あれ、もしかして笑える状況ではない?

「んー、状況を見る限り、ユフィリア嬢がりつしてる感じかな?」

「え、あの、なんで」

「うーん……よし、決めた!」

 女の子、いじめるの良くない。どっちに正義があるのかわからないけど、とりあえずちゆうさいに入ろうか。なんか味方がいなさそうなユフィリア嬢をかばっておく事にしよう。

 状況がよくわからないけどついきゆうすれば後でもどっちが正しいのかわかるだろうし。仮にユフィリア嬢に一方的な過失があったのだとしても、私がここで庇っても私に都合の悪いような事にはならないだろうしね。

「さてユフィリア嬢、行こうか。私がさらってあげる」

「……え?」

「ユフィリア嬢は私に攫われるので、何の責任もなし! さぁ、行こう、すぐに行こう!」

「え? ……え? あの……?」

「という訳で、アルくん! この話は私が持ち帰らせてもらうわ! 後で家族会議ね!」

 そのまま呆気に取られたままのユフィリア嬢に近づいて、かたかつぐようにかかえる。ははは、ごめんね。本当は攫うならおひめ様抱っこなんかが良いんだろうけど、今は両手がふさがれると私が何も出来なくなっちゃうからね!

 私がユフィリア嬢を抱えると、ユフィリア嬢が間のけたような声を出す。アルくんもあせったような表情をかべ始めた。まぁ、待たないけどね!

「待て、姉上──」

「──それじゃあね、アルくん!」

 アルくんに見せ付けるように笑みを浮かべて、私はユフィリア嬢を抱えながら走り出す。

 一気にゆかり、私がぶち破った窓から飛び出す。そのまま宙に身を投げ出せば、体が重力に引かれて落ちていく。するとユフィリア嬢が元気に悲鳴を上げた。

「ぃ、いやぁぁぁああああああああッッ!?」

「楽しいノーバンジージャンプだよ! 空の旅へようこそ、ユフィリア嬢!」

 手に持った〝魔女箒〟を足にひっかけるようにして摑む。同時に勢い良く魔力を注ぐと、そのまま空をすべるように下がりつつあった高度が地をめるようにしてじようしようしていく。

 ユフィリア嬢が悲鳴を上げたままだけど、このまま父上の所に訪問と行きましょうか!


    * * *


 魔法に愛されなかった王女がいた。王族や貴族ならだれでも得意、不得意はあっても使える魔法をまったく使えなかった彼女はさげすまれ、後ろ指を指されてちようしようの的になった。

 だけど、それでも彼女は魔法を愛した。そして彼女が行き着いたのは〝魔法と同じような効果を、あるいはそれをえる魔法の道具〟を生み出す事。

 これは後の歴史で様々なぎようと奇行の数々を残した王女の伝説、その一幕である。

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