お仕事は前途多難です!

広いとはお世辞にもいえない薬屋の中は、若い娘たちでごった返している。

カウンターの前で自分の悩みを伝え薬の処方を依頼するもの、壁に備え付けられた棚を見ている・・・振りをするもの。

外へ開かれた重厚なつくりのドアの前にも、次に店内に入るのは自分である、と目を輝かせた娘たちが列をなしていた。


「ねえ、お名前を伺ってもよろしくて?」

「あら、あなたまだご存じないの?カイ様よ!」

「あの…よろしければ、今度うちの店にいらっしゃってください。シチューがとっても美味しいの」



薬屋の新しい若き主人であるアイヴィーは、カウンターから少し離れた店の奥からそれを引き攣った笑みを浮かべて眺めていた。


こ、こわい…。

なんか、この町で見たことがない女性までいる気がするわ…。


たしかにカイは一目で人を惹きつけてしまうほどの美貌の男だ。

陶器のような白い肌に人形のような鼻梁、切れ長の美しい菫色の瞳は長い睫毛で縁取られている。

きらめく白銀の髪は、整った容姿をまるで王子様のように見せていた。


王子様といっても、夜の国の王子様って感じだけれど。


当然のことだが、耳と尻尾は隠している。

亡き老婆が使用していた大きめのポンチョを羽織り、フードをかぶって耳を隠しているのだ。


ダークグレイのフードから零れる白銀の髪は、フードの色とのコントラストも相まっていつも以上に輝いて見えた。


ポンチョの中は先日町で購入したチュニックを着ている。庶民の服装だけれど、カイが着ると最新のファッションに見えるから不思議だ。

ボトムスも先日町で購入した。腰回りに余裕があるタイプのものを着用し、尻尾を内側にしまっている。裾に向かうにつれてタイトになっていくシルエットだ。

靴は編み上げブーツを履いており、これまた同じく町で、ただし違う店で購入したものだ。


カイはこの服装を概ね気に入っているようで、初めて全身コーディネートをしたときは家の全身鏡の前でくるくると回って見せたほどである。


とはいえ耳と尻尾を隠していることはどうにも不満なようで、店の営業が終わるや否や、フードを外しボトムをずらす始末。



ボトムをずらすと、カイの腰が少しあらわになるから心臓に悪いのよ…。



できればやめてほしいと日々伝えているが受け入れられる様子はない。

今日もまたあの男らしく骨張っていながらも滑らかな肌の腰を目の当たりにするのだろうか、と少し嘆息してアイヴィーは店内を見やる。


きゃあきゃあと娘たちから騒がれているカイ本人はというと、鬱陶しそうな表情を浮かべてカウンターに肘をつき、あらぬ方向をみている。

質問にはほとんど答えていないようだが、彼女たちはそれでも構わないようだった。


なんでこうなったのかしら…。

お客様が多いのは喜ばしいことだが。



ふぅと一息つき、店主としての役目を果たすべく、一歩足を踏み出して声を張り上げ…られなかった。

「い、いらっしゃい、ませー…」

長年人付き合いが少なかった身である。これが限界であった。

*********************************


カイと出会ったその日の夜、『野良猫のトランペット亭』でしっかりとお腹を満たし、二人は店を後にし、帰路についた。

といってもアイヴィーの家はすぐそこだ。


悩んでいる時間はあまりない。もうすぐ家についてしまう。そうなったら…夜だから、湯浴みをして、そして寝なければならない。


湯浴みについてはなんとかなるだろう。

アイヴィーの家の場合、湯浴みは小さめの部屋で行うし、その部屋には扉がついているから、カイが外でおとなしく待っていれば身体を見られずに済ませられる。


というか、こいつは獣なのよね。湯浴みとかしたいのかしら。



隣をつかず離れずの状態でゆっくり歩いていたカイへ問いかけた。

「あなた、湯浴みをする?」

「必要ない」

そうよね。でも、いつまでも何もしないってわけにも…。


とアイヴィーが思案していると、


パチン!


とカイが指を鳴らした。

それと同時にカイの全身が一瞬白く光った。


「これで問題ない」

「……それ何?」

「いにしえの力で身体を清めた。記憶は戻っていないから、力のことをはっきりとは感じ取れないが、こういった簡単なものであれば使えるようだ」


なんか急にこいつって本当にいにしえの獣なのかも、って思ったわ…。


アイヴィーは湯浴みをなんとか済ませ、着替えや就寝前の身づくろいをした。

カイには廊下にいてもらい、背中を向けてもらっている。


「じゃあ、おやすみなさい」

「待て」

そういってアイヴィーはぱたんと扉を閉じようとしたが、カイの長い脚が扉を抑えた。


や、やっぱりだめだった…。



「俺に廊下で寝ろというのか」

「だ、だって私女の子だし…一緒に寝るなんて、は、破廉恥…だわ。普通、恋人とか夫婦が一緒に寝るものなの!」


アイヴィーはしどろもどろになりながら抵抗する。

「ならば、俺がお前の恋人になろう。さあ、部屋に入れろ」

「え…?は?」

意味わかってるの?


あまりの驚きに身を固めたアイヴィーの腕をつかみ、カイは部屋へ入った。

ぱたん、と扉の閉まる音がやけに大きく響く。


「ま、待ってよ!いきなり何言ってるの?!こ、恋人…なんて」

「何が問題なんだ。お前が言った通りにしただろう」

「それって言葉だけじゃない!そういうことじゃなくて…」


いや、話が脱線している。


「とにかくダメ!同じ部屋…は、おかしなちからで引っ張られるから仕方ないとしても、同じベッドは絶対ダメ!」

「…ひとというのは面倒な生き物だな」

「~~~~~っ!」

もう!本当に、もう!


アイヴィーは牛を飼い始めたようだ。

頭を抱えてうんうん唸り、はたと何かを思いついたかのように顔をあげた。

ぱっとカイへ顔を向ける。


「そうよ!おばあさんのお部屋にソファがあったわ、あれなら私の部屋にも運べるはず」

物置を挟んだとなりの部屋は、今は亡き老婆が使っていたものだ。もちろん寝台もあるのだが、運ぶのは難しい。


ソファは老婆がいつも寛ぐときに使用していたので、寝るときに使うという発想がなかった。


今度はアイヴィーがカイの手をひいて、老婆の部屋へ向かう。

面倒くさそうなカイに手伝ってもらい運び出して、アイヴィーの部屋へ設置した。


何も言わず、カイはソファにどさりと座り込み、寝ころんだ。


…ソファを使ってくれるんだ。


アイヴィーはごそごそと毛布に潜り込み、明かりを消した。

「…おやすみなさい」


ぽそり、と呟いたアイヴィーの声に返ってくる言葉はなかった。

それでも、カイががさがさと彼の寝心地のよい姿勢を探す物音が聞こえ、落ち着かないながらも、誰かがいるという安心を感じながら、アイヴィーは眠りに落ちていった。


こうして、二人の初めての夜は静かに過ぎていった。


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いにしえの獣さまがわたしから離れてくれません!(物理的に) 及川パセリ @pasepaseppp

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