なんで裸なんですか?!2
老婆が亡くなってからの諸々の事務手続きはアイヴィーが一人で行った。
アイヴィーに身寄りがないのはもちろんだったが、老婆も同じく家族とはみな死別していたためである。
ある晴れた日のこと、老婆が亡くなってからの慌ただしくも心にぽっかり穴が空いたかのような日々に少し落着きを取り戻したころ、アイヴィーは老婆の寝室の遺品整理をしていた。
「おばあさんったら、私が小さい頃に描いた絵をまだ持ってくれていたのね」
深い森のような緑の瞳を潤ませて、絵を見つめる。
お世辞にも上手とは言い難い絵だが、老婆と小さな女の子が仲良く並んでいるところはとても幸せそうで、アイヴィーは心をかき乱された。
大丈夫よ、私…一人でも大丈夫だもの。
絵を箱にしまうと、さらに残った箱を整理していく。
2つほどの箱を片付けた頃、アイヴィーは1枚の封筒を見つけた。
「手紙・・・?宛先は私だわ」
ぺりりと封筒の封蝋をはがし、中に入っていた一枚の便箋を開く。
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かわいいわたしのアイヴィー
貴女がこの手紙に気づいてくれればよいのだけれど…。
いつ渡すべきか決めかねてしまって、こういう形になってしまいました。
ごめんなさい。
この手紙を入れていた箱の中に、小さな木箱が入っているでしょう?
中にとても美しいブローチが入っているわ。
それはね、貴女と初めて出会ったときに、貴女が小さな手の中に握りしめていたものなの。
とても美しくて高価そうなものだったから、貴女に詳細を聞いたのだけど、わからないとしか答えなかったのよ。たぶん覚えていないと思うけれど。だからね、貴女が大きくなって自分で扱えるようになるまで、わたしが預かっておくことにしたのよ。
きっとご両親からの贈り物ね。
最後に、貴女と出会えて本当に幸せだったわ。
ありがとう。
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思いがけない手紙だった。
ブローチ…?
なんのことだろう。私にはそんな記憶はないもの…。
老婆の手紙にあったとおり箱の中を探すと、小さな、けれど作りのしっかりした木箱があった。
ぱちりと蝶番を開くと、美しい石がはめ込まれたブローチが入っていた。
「きれい…。これは何の石なのかしら。つやつやと輝いて、不思議な色」
アイヴィーは窓辺に立ち、日の光にブローチをかざした。海にも見える深い藍色の中に夜空を溶かしたようなとろりとした紫色がゆらめく不思議な色の石。
傾けると、光の反射だけでなく、何かが中でゆらゆらと動いているようにも見えた。
老婆の手紙によればこれはアイヴィーが持っていたものらしいが、アイヴィーには全く覚えがない。
けれど、これは両親から残されたものなのかもしれない、と思うと、アイヴィーは自分と自分の過去との唯一のつながりであるブローチのことを詳しく知りたいと思った。
その一方、ブローチを手の平に置いて眺めていると、とても懐かしいような、愛しいような、ふわふわとした気持ちになり、アイヴィーは気づけば石にくちびるを寄せていた。
石なのだから、冷たくて固い感触が返ってくると思ったのに、暖かいものに触れたような、そんな感覚があった。
すると、急に石が光りはじめ、視界が真っ白に染まった。
「きゃああああ!!」
な、なに?!
ぎゅっと目を瞑る。
何が起こったのだろう、怯えながらブローチを握りしめる。
ふと、アイヴィーはどこか懐かしいような、草原のような爽やかな香りを感じた。
そして、さあっとどこからともなく風が吹き抜ける。その風にのって、何者かの気配とともに低くうめく声が聞こえた。
「……なんだ、ここは…。埃っぽい。どこかの物置か?」
物置じゃないわ。今日はおばあさんの遺品整理でちょっと埃っぽいけれど、普段はちゃんとお掃除しているもの!
って、そうじゃなくって。
「あなた、誰?」
アイヴィーはまだ先ほどの強い光のせいで目を開けることができなかったが、思わず問いかけた。
先程の声の主ー低く艶やかな声の主、男の気配が少しずつアイヴィーに近寄ってくる。
ようやく目が見えるようになりそうだ。
おそるおそる瞼をあげると、アイヴィーの目の前に男が立っていた。それも恐ろしく美しい裸の男が。
「俺の名はカイ。いにしえの大いなる獣、とみなは呼ぶ」
は、裸………!!!
いえ、それよりも、それもそうなのだけれど、け、獣…!?!?!
男の頭には狼のような白銀の毛並みの耳があり、引き締まった長い両脚の間から、耳と同じく白銀のふさふさの尻尾が垂れ下がっていた。
それに、男であることを示す乙女が見るべきでない立派なモノもアイヴィーの目に映った。
「…イヤ…」
もうあまりのショックで悲鳴すら出てこない。
「お前だな。俺の封印を解いたのは」
そう言って男ーカイはアイヴィーへ腕を伸ばし、腰を引き寄せて彼女の首筋へ顔をうずめた。
「なっ……!!!」
もうダメ。キャパオーバー。
アイヴィーは男慣れしていない。
そもそも町の人に不気味がられており、恋人はおろか友人すらいないのだから当然である。
心の限界を迎えたアイヴィーは、カイの腕の中で意識を手放したのであった。
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