断片

第0話:伝承に眠りし者

 かつて、その森に入った者は何人なんぴとも戻って来なかったという伝承がある。

 古くから伝わるその話では、嘘か真かは判らないがその森は決して踏み入れてはならない聖域なのだという。

 何故聖域として崇め恐れられているのかというと、考えるにあの白色化粧を施した青い山が原因だろう。

 その山は遠くから一見すれば木々はなく、まるで海の青さで着飾ったあとに白い雲で化粧を施した遊女のよう。

 遠くからでも解る見目麗しき山の艶やかさは誰も彼も虜にしてしまう、得も言われぬ凄みを感じてしまうのだ。

 それは世界に名を馳せる画工が生涯を賭して描きたくなるように、一目見ればつい手を伸ばしてしまいそうな魅力がある。

 それもそのはず。その山は霊山として名高き山であった。

 そして付け加えるに、その霊山には【不死になれる妙薬】があると噂があったことでその山を人々は【不尽山】と呼んでいた。


 だがその不尽山を登り、不死の妙薬を得られた者はとんと聞かない。

 数多の魑魅魍魎、怨霊怪異、悪鬼羅刹の類さえも噂を聞きつけたというのに、山を阻みし深き森は彼らを拒んだ。

 いや、正しく語るのであればその森を、その山を守護する者がいたのだ。

 手に持つは三日月の如く鋭利な刃。淡紅色の長い髪は風に舞えば桜の如し。しかして頭部には狼のような耳を備えし姿は人の特徴とはかけ離れている。

 身に纏いし反物は森に入った不届き者の血によって汚れ、されど白妙の花のような白き肌は返り血によって汚れようとも美しさを損なうことはない。


 彼女を見た者が語る。

「不尽山には守護姫が住んでいる」と。



 これは正史せいし野史やしの物語ではない。

 不死なる姫と不老なる忌姫の物語。

 永劫長寿の姫と美麗薄明の姫によって紡がれた宿業の物語である。

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