第24話

 そのサーキットは閑静な雑木林の一画に開けていた。


 栗林カートランドと名づけられた全長1.5kmほどの小さなサーキットで、本来カートレースを目的に設計されたものだった。


 普段はゴーカートのレースに使用されているが、稀にスクーターや原付によるレースも行われることがあった。


 今しもコース上は50ccのオートバイによる耐久レースの最中で、マシンの奏でる甲高いエキゾーストノートが、さながら音楽のように風に乗って運ばれ、周囲の深い緑を震わせていた。


 佐藤弘美の運転する白いプリウスが砂利敷きの駐車場へ滑り込んだのは一時間半ほど後のことで、ドアが開くと、運転席から弘美が、助手席からは例の紙袋を携えた祐二が、ほとんど同時に埃っぽい駐車場へ降り立った。


 二人はたちまちこだまする排気音に包まれた。


 チューンされているとはいえ50ccのマシンだから、耳を覆うほどの凄まじさはないが、それでもなかなかの迫力だ。


 弘美の案内で各チームのカラフルなテントが立ち並ぶパドックを抜け、喬一のチームのピットまで歩いて行った。


 スポーツショップ早田という名前は、監督の経営する店のものだった。


 スタッフは監督を含めて五人。


 内二人がメカニックで、耐久レース用にライダーは喬一の他にもう一人いた。


 全員ショップの従業員だという。


 チーム監督の早田敦也は、40代前半ぐらいの髭面をした大男だった。


 メカニックはどちらも20代で手が大きく、赤いツナギはオイルのシミですっかり黒ずんでいた。


 もっとも、祐二を本当に驚かせたのは、交代要員としてピットに残っていた喬一の相棒だった。


 早田茂というその少年が、ひどく小柄で、表情もあまりにあどけなかったからだ。


 監督の一人息子で、弘美が言うにはまだ小学五年生だという。


 他のチームを見ても、一口にライダーといっても実にいろいろだった。


 ビア樽のような頭の禿げ上がった初老のライダーがいれば、グラマーな身体をファッショナブルなレーシングスーツに包んだ雑誌のモデルのような女性ライダーもいた。


 松本喬一は、チームのエースとしてゼッケン13番をつけたマシンに跨ってコースを疾走していた。


 大小11のコーナーからなる比較的テクニカルなサーキットだが、非常に狭く、ピットからでも全体を一望することができる。


 喬一のマシンは、セカンドコーナーのヘアピンで、前方を競り合いながら走っていた二台のマシンを内側から追い抜いた。


 強引なやり口で、車輪が二つともインサイドの縁石に乗り上げている。


 猛烈なアタックに肝を潰した二人のライダーがとっさにスロットルを戻し、さらに後続のマシンにも差をつめられてしまったのが見えた。


 喬一の走りは明らかに他のマシンと次元が違い、そのことは素人目にもはっきりしていた。


 彼は次のコーナーでも、また一台をパスした。


 レースの途中経過を知らせる簡単な放送が流れると、弘美はピットロードの脇のガードレールのところでストップウォッチを握っている早田敦也の方へ歩いて行き、何事か耳打ちした。


 敦也はちらっと振り向いただけで、弘美に二言三言言うと、そっけなくコースへ視線を戻してしまった。


 その態度で、素人がピットの中をうろうろするのは、実はとても迷惑なのだとわかった

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