第23話

 松本喬一の部屋は二階だった。


 祐二は葉書を見て部屋の番号を確かめ、階段を上るとドアの前に立った。


 中から音楽が洩れていて、以前喬一のところでよく聞いた曲だったし、表札こそ出ていないが、ここが喬一の部屋なのは確かなようだった。


 部屋の番号も間違いなかった。


 祐二はドアの横のインターホンを押した。


「はい」


 即座に声が返ってきたが、おや、と思った。


 女の声だったからだ。


 焦って部屋の番号を確かめたが、やはり間違いない。


 ドアが細く開き、若い女が顔を出した。


 20歳をちょっと出たぐらいだろうか。


 一瞬、祐二は息を呑んだ。


 矢萩玲子が蘇ったのかと思ったからだ。


 けれどそれは勘違いで、よく見るとまるで似ていなかった。


 全体的な雰囲気は似ていなくもないが、それだけだ。


 顔立ちも髪型も全然違った。


 女はそんな祐二を見咎めると、怪訝そうに眉をひそめた。


「あの、何か?」


 我に返った祐二が喬一からの絵葉書を差し出し名を名乗ると、彼女の表情からはたちまち警戒の色が消え去った。


 彼女は祐二を知っていて、時々喬一から話を聞いていたのだと言った。


 佐藤弘美という名前で、年齢は予想したとおり21歳だった。


「喬一くんは?」


 祐二が尋ねると、弘美はドアを大きく開けて、


「ごめんなさい、今日は出かけちゃってるの。オートバイのレースがあって、走りに行ってるのよ」


 彼女の背後で、部屋の様子はすっかり見て取れた。


 間取りは2LDK。


 玄関に近い部屋が、キッチンと一体になったリビングルームで、ソファやテーブルなど簡素な応接セットが置かれている。


 その向こうに六畳ほどの和室が見え、仕切りの奥にもう一部屋あった。


 部屋はみなきれいに片づいており、そんなところに共同生活の痕跡がうかがえた。


 喬一の一人暮らしなら、こんなにきれいなはずがない。


 弘美はピンクのTシャツにデニムのラフなスタイルで、ノーブラなのでシャツの上から乳首の形までくっきり浮き上がって見えた。


 しかし、髪はボーイッシュなショートヘアだし、きめ細かな肌も気持ちよさそうに日焼けしていたので、卑猥な感じはまったくなかった。


 祐二は一目で彼女が気に入った。


 喬一のやつ、うまくやりやがって。


 玄関先に立ったまま訊ねてみた。


「レースって、筑波とかもてぎとか行ってるの?まさか鈴鹿とか?」


「そんな立派なレースじゃないわ」と、弘美は笑って頭を振った。


「50ccの草レースよ。このあたりのバイク屋さんが中心になって、近くのカートコースでやってるの」


「ふうん。あいつ前からバイクが好きだったけど、そんなことをしてるのか」


「田舎者が集まって遊びでやってるようなレースだけど、結構楽しんでるみたい」


「学校をやめてどうしてるか心配だったけど、安心したよ。あいつは元気なんだね」


「なんか、キミとは初めて会った気がしないな」と、弘美は言った。「あんまり彼の話してたとおりだからかな」


「おれは驚いたよ。まさか同棲してるとはね」


「ねえ、遠慮せずに入ってよ。高校時代の彼の話なんか聞きたいな」


「あいつは話さないの?」


「過ぎたことは忘れる主義なんだって」


 祐二は噴き出してしまった。


 その言葉が彼の知っている松本喬一のイメージに、あまりにもぴったりはまっていたからだ。


「あいつなら、きっとそう言うだろうね」と、祐二は笑った。


「さあ、入って」

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