第17話
二人は車に戻った後も、しばらく黙ったままだった。
開いた窓から流れ込んでくる波の音に、じっと耳を澄ませていた。
やがて、フロント・ウインドーの向こうに広がる暗い海を見つめたまま、矢萩玲子は言った。
「波打ち際を並んで歩いていた時、私が何を考えていたかわかる?」
「さあ」
祐二は首をひねった。
「でも、キミだっておれが何を考えていたかはわからないはずだよ」
「わかるわよ」と、玲子は優しく笑った。
「そんなはずないよ」
「あなたは私の横を歩きながら考えていたはずよ。『今なら彼女は急に肩を抱いても何も言わないだろう。手を握れば優しく握り返してくれるだろう』」
「そして、そのまま砂の上に押し倒しても抵抗しないだろうってかい」
祐二はちょっと声を荒げた。
彼女の言葉を聞くうち、自分がすっかり子供扱いされているような気がしてきたからだ。
玲子はそのことをよくわかっていないようだった。
「そうよ」と、玲子は肯いた。「そして、私もそうされたかった。あなたに肩を抱かれて、手を握られて、冷たい砂の上に押し倒されてみたいと思っていたの」
祐二はコンソールボックスに置いた右手に、何か温かいものが触れたのを感じた。
玲子が掌を重ねてきたのだった。
彼は玲子を振り返った。
だが、彼女の顔にはそれとわかるどんな表情も浮かんではいなかった。
祐二はずっと前に読んだ雑誌の特集を思い出した。
その記事には、女がしたいと感じた時は、まず濡れるのだと書かれていた。
あるいは、玲子もそういう状態なのかもしれない。
そう思ったとたん、胸の奥から怯えに似た衝動が沸き上がり、祐二は慌ててその手を引っ込めた。
玲子はじっと彼を見つめた。
それから、ゆっくり上体を倒し、そっと瞳を閉じた。
湿った唇がうっすらと開き、その表情はひどく煽情的だった。
唇が重なり合う直前、祐二の中で何かが音をたてて破裂した。
彼は突然大声を出した。
「やめてくれ。おれをどうしようってんだ!」
玲子が驚いて目を開けると、そこにひどく怯えた表情の祐二がいた。
「祐二くん?」
「わかってるぞ。あんたはおれを子供だと思ってバカにしてるんだ。何も知らないと思っておちょくってるんだろう!」
「どうしてそんな風に思うの?」
「だって、おれたちは今日会ったばかりじゃないか。高校生だからってバカにするな!」
生意気なだけの青二才は、女のことなど何も知らないのだった。
祐二も玲子も、あの素晴らしかった夜がいまやすっかりめちゃくちゃになってしまったのだと知った。
そして、それをお互いに自分のせいだと思っていた。
二人はその後、祐二の家の近くで別れるまで、一言も口をきかなかった。
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