第14話
二人を乗せたNSXは、間もなく市街の渋滞を抜け出した。
それから、30分ほどかけて崖の道を海岸の方へ下り、岬の突端の灯台に面したシャンティミエールという名のこじんまりしたレストランの駐車場へ滑り込んだ。
車から降りると、伊集院綾香は入口のドアを開けて店内へ入り、祐二は浮かぬ顔でその後ろをついて行った。
いよいよ、自分の服装が惨めでたまらない。
二人が入って行くと、蝶ネクタイをした上品な物腰のハンサムな給仕が近づいてきて、伊集院綾香の方へ微笑みかけた。
「お待ちしてましたよ、矢萩さん。お久し振りです」
「ごめんなさい、ご無沙汰しちゃって。しばらく忙しかったものだから」
「忙しいのはいいことですよ」
そう言って、彼は二人を海に面したテラスに設けられている眺めのいい席へ案内した。
円いテーブルにカーネーションが飾られ、二人が椅子に腰掛けるのを待って、彼は中央のランプに火をつけた。
「一年半ぐらいかしら?」と、伊集院綾香が訊ねた。
「そうですね。それくらいになりますか」
「ずい分久し振りのような気もするけど、お店もあなたも変わってないみたいでホッとしたわ」
「ありがとうございます。でも、人間なんてそう簡単に変われるものじゃないですよ」
「私はどう?変わった?」
彼はいっそう優しく微笑んだ。
「今も言いましたよ。人間なんてそう簡単に変われるものじゃないって」
それから、急に祐二の方へ向きなおって、
「お飲み物は?」と訊いた。
旧友の再会みたいに打ち解けた様子の二人の姿にあっけにとられていた祐二は、とっさに声が出なかった。
伊集院綾香が答えた。
「ブルーベリーのジュースを。彼にもね」
給仕が行ってしまうと、祐二は訊いた。
「いい店だね。よく来るの?」
「昔ね。まだ誰にも知られてなかった頃、よく来たわ」
「あんたにそんな時期があったなんて、信じられないね」
祐二は笑ったが、彼女は笑わなかった。
「書いても書いても誰にも認められなくて、どうしたらいいかわからなくて。そんな時、この席から何時間もぼんやり海を眺めてすごしたわ」
そう言って、彼女は言葉どおりに夜の海を眺めた。
素敵な景色だった。
細長い岬の先端にオレンジ色のライトが灯り、その光はゆっくり回転しながら同じ円周上を規則正しく移動した。
崖下では大きな波が岩にぶつかって砕け散り、銀色のしぶきを立てている。
緩やかな海岸線に沿って小さな明かりがポツポツと寂しげに浮かび、その彼方に港の明かりが巨大な光の塊となって見えた。
波の音が絶え間なく聞こえ、潮の香りがする。
風が吹くと、テーブルの上でランプの炎がゆらゆら揺れて、彼女の横顔を照らした。
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