第11話
女は伊集院綾香という名でライトノベルを書いている作家で、たまたま女子が学校へ持ってきたその手の雑誌に顔写真が載っていたのを見たのだった。
仲の良い女の子たちにまじって、半ば茶化すような気分でめくったその雑誌には彼女の特集が組まれており、祐二としては読んでいるほうが赤面してしまいそうな恥ずかしい内容だった。
こんな本を読みふけっている女子たちは、頭がよっぽどどうかしてるに違いないと思ったが、とにかく、目の前のこの女は、彼と同世代の女子にとっては雲上人で、最も注目すべき存在であるのも事実だっだ。
にしても、そんな人物から声をかけられるとは、世間なんて広いようで狭いもんだ。
祐二は彼女の方へ表紙を向けた。
「『カムイ伝』……昔のマンガね。面白い?」
「面白いよ」と、祐二は肯いた。「あんたの書く小説より、百倍面白い」
「私を知ってるの?」
「作家の伊集院綾香さんでしょ」
「私の小説は『カムイ伝』よりつまらない?」
「つまらないね」
祐二は決めつけた。
怒るかもしれないと思ったが、彼女は急にサングラスを外し、意外にもニコッと微笑んだ。
魅力的な笑顔だ。
鳶色の瞳が生き生きと輝き、優しそうかと思うと冷たそうにも見え、その逆のようにも感じられる。
いったいどういう女なんだろう?
奇妙に心惹かれた。
彼女が24歳だというのは、雑誌のプロフィールで知っている。
けれども、その他の点ではあの特集はまるで当てにならない気がした。
「ところで、キミ」と、彼女はまっすぐ祐二の瞳を覗き込んだ。
「他人と違うことをしていて不安はない?みんなが学校へ行ってる時にこんな場所にいて。やりたいことをやるのは大切だけど、ある程度他人と合わせることも必要でしょ」
「宮本武蔵は千年杉に吊るされて剣の道を志した。ベートーヴェンは聴覚を失い、発狂の恐怖と闘いながら、たった一人で作曲を続けた。生きるってのはそういうことさ」
言いながら、祐二は喬一のことを考えた。
そして、昨日彼に言ったセリフを思い出し、おれはいつも口先だけだと思った。
初対面の女にはたやすく気取ってみせられても、喬一のようには決して行動できない自分を嫌になるほど知っている。
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