第10話

 上着を脱いで、ごわごわした芝生の上に仰向けに寝転がった。


 真っ青な空を、帆船みたいな雲がゆっくりと横切っていく。


 11月の陽射しは穏やかだが、寝不足の目には眩しすぎた。


 脱いだ上着を頭からかぶり、その下で目を閉じると、ちょっと息苦しいが、それを除けば快適そのものだった。


 たちまち祐二は、心地よい眠りに引き込まれていった。





 目覚めると、日はすっかり高くなっていた。


 ポケットから時計を取り出してみると、11時を少し回っている。


 わずかな眠りだったが、気分がさっぱりした。


 とはいえ、むろん学校へ行く気などさらさらない。


 ちょっと思案の後、時々そうしているように市の図書館へ行ってゆっくりすることにした。


 図書館はまだ建てられて間がないので、大理石風の真っ白な壁や柱が磨き立てられた鏡のようにキラキラしている。


 平日の午前中で、利用者も少なかった。


 祐二は図書館のこういう静かな雰囲気がとても気に入っている。


 自習室へ入って30分ほど数学の問題を解いた後、広い閲覧室を歩き回って、やっと分厚い本を一冊選び出した。


 百科事典みたいなその本は、「カムイ伝」という古いマンガの愛蔵本だった。


 手近な椅子に座り、膝の上で重たいそれを開くと、すぐに他のことはどうでもよくなった。


「ねえ、キミ。西高の子でしょ?」


 唐突だったので、祐二は初め声をかけられたのが自分だとわからなかった。


 顔を上げると、目の前に若い女が一人立っている。


 白いTシャツにスリムなジーンズ。


 しゃれっ気のカケラもない服装だが、それなりに似合っているようだ。


 黒いレイバンタイプのサングラスをかけ、全体的に薄化粧のその顔を、祐二はどこかで見たことがあるような気がした。


 しかし、どこでだったか思い出せない。


「こんなとこで本なんか読んでていいの?」


 説教じみた響きはなかった。


 制服姿で図書館にいる高校生など珍しくもないはずだが、彼女は不思議そうだった。


「学校はどうしたの?」


 よけいなお世話だと思った。


 そこらのおばさんが相手なら、無視して場所を移るところだが、彼女にはどこかそそられる部分がある。少し話してみたい気分になった。


「行かなかったんだ」と、祐二は微笑んだ。「時々こうして自分を解放することにしてるのさ」


「勉強、遅れちゃうよ」


「勉強なんて、ホントは自分だけでできるんだ。みんなが学校や塾へ行くのは、他の奴がそうしてるからさ。その気になれば、車の中でもサテンでも、どこでだってできるんだ」


 女は祐二の隣に腰かけて、読んでいる本を覗き込んだ。


「何を読んでるの?」


 ほのかに甘い香りがした。


 刹那、祐二は突然彼女の顔をどこで見たのか思い出して息を呑んだ。

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