宗太の琴葉殺しは、一時観音通り中で話題になった後、すぐに忘れ去られた。女郎が女衒に刺された。よくある話、とまではいかないが、時々ある話、くらいの認識で。

 「スラムに逃げ込んだに決まってるよ。」

 パーマネントの娼婦はつまらなそうにそう言って、白い歯で繕い物の糸をぷつりと切った。

 「あそこに逃げ込めば警察だって捜しだせやしないよ。」

 その言い様を聞いて、マリは彼女もまたスラムの出身であることを察した。

 宗太が消えてから、パーマネントの娼婦は、客のいない昼間は大抵マリの部屋で過ごすようになっていた。

 マリは黙ってそれを受け入れた。一人でいかねるのも同じなら、一人でいかねる自分を内心恥じているのも同じだ。

 二人でマリの部屋にいるとき、マリはほとんど口を利かない。ぼんやりと布団の上に膝を抱えている。

 パーマネントの娼婦は、大抵繕い物やら編み物やらを持ってきては、それらを粛々とこなしつつ、ほとんど独り言のように話し続ける。

 「蝉のところには警察が来たって話だよ。宗太を逃がしたんじゃないかって。まさかあの蝉が、そんな厄介ごとに首を突っ込むはずないのにね。」

 マリは、なんとなく思っていた。多分この娼婦は、マリがしたことを知っている。少なくとも、勘付いてはいる、と。

 理由は分からない。ただ、この娼婦も宗太に求められれば同じことをしたのだろう、とも思う。

 「あんた、身請けの話があるんだってね。出てった方がいいよ、こんな場所。とくに今みたいにきな臭いときは。」

 身請けの話。マリには初耳だったが、初耳すぎて大した反応も取れなかった。首をちょっとめぐらしてパーマネントの娼婦を見やると、彼女は鏡越しにマリと目を合わせ、少し笑った。

 目じりには数本の笑いじわがある。彼女は見かけほど若くはない。

 「蝉から聞いたんだよ、今朝。あんたにも今日中には話しが来るだろう。」

 身請け、と聞いてマリの頭に浮かぶのは、ただ一人の面影だけだった。

 日高。

 肉体関係のある極北の愛をためそうかなどと戯れを言った優しい人。身請け話をちらつかせた晩も、彼は本気の目をしていた。

 身請け。それはマリがいるこの部屋とは全然違う、遠い異世界の言葉に聞こえた。

 「……もし、身請け話に乗らなかったら?」

 ぽつん、と、マリが問う。

 「大ばか者だね。」

 パーマネントの娼婦が答える。

  そろそろ日が傾こうとしていた。

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