3
宗太が次にマリのもとに現れたのは、琴葉が長屋を出て行った日の真夜中だった。
長屋を出て行く琴葉はうつくしかった。
妾として買われていくので、妻として出て行く姐さん女郎たちのときのように白無垢は着られないが、琴葉の買主は彼女に上等の着物を張り込んだ。クリーム色の地に四季の花々が散らされた衣装は、琴葉の柔らかな雰囲気によく似あっていた。
その着物を着て、荷物はなにも持たず、琴葉は長屋を出て行った。志田に手を引かれながら、ゆっくりと。
志田もまた、文句のつけようのない買主だった。蝉や宗太への支度金はもちろん、マリたち同僚にも惜しげもなく金をばらまいたし、その容色も、年齢を重ねてはいるものの、苦み走った良い男と表現してもいいようなものだった。
「琴葉はついているわね。」
派手なパーマネントの娼婦は、志田から受け取った金を懐に収めながら、そううらやましくもなさそうに言った。
この女が宗太と寝ていることを、マリは知っていた。
「ここに来てまだふた月足らずでしょう。それであんないい男を捕まえるなんて。」
マリは曖昧な顔をして頷いた。昨日見た、絶望を練り固めたような宗太の背中が頭を離れなかった。
「サチも頑張っていい旦那捕まえてくれよな。」
蝉がパーマネントの娼婦の肩を冗談交じりに叩く。彼女にはもう長い付き合いの情夫がいて、自分の稼ぎで長屋を脚抜けしたら一緒になるつもりなのだと、長屋の誰もが知っていた。
「マリもな。」
マリはまた曖昧に頷いた。自分が嫁にであれ妾にであれ売られていく想像はつかなかった。多分、自分で自分の借金を払い終わったら、またスラムに逆戻りする気がする。
懐かしのあの土地。ゴミと臓物と吐しゃ物を混ぜた、絶望的な悪臭のする、マリの故郷。あの場所に帰るのだと思っていた。
「蝉。」
「ん?」
「もしも、買われたくないって言ったらどうなるの? ここに残るって言ったら、どうなるの?」
そのときマリの脳裏にいたのは、日高だった。ここから出て、私の家においでと言った、あの変わり者の上得意。
蝉はマリの言葉に頬を歪めて笑った。
「そんな馬鹿なことを言う娼婦はこれまでいなかったし、これからだっていないだろう。」
そうですか、と、マリは応じた。自分がその馬鹿な娼婦になる可能性を捨てられないまま。
ぽん、とマリの痩せた肩に手を置き、軽く抱いてくれたのはパーマネントの娼婦だった。
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