そうして結局マリは、洗いざらい自分の知っていることを宗太にぶちまけた。

 半分泣きながら、なんで自分が泣いているかなんて分からないまま。

 琴葉は化粧が自分ではできないから、毎日手を貸してやっていること。

 毎日表にある椅子に座らせ、道行く客に手を振らせていること。

 借りきりの客はまだついていないけれど、単発の客は切れないこと。

 長屋の構造や銭湯への行き方は、数回手を引いて案内してやったら、もうすっかり覚えたようであること。

 どれも大した話ではなかった。マリは琴葉とそう関わってはいないのだ。蝉に言われたから面倒を見てはいるけれど、琴葉はまるで手がかからない。古びた姫人形みたいにおとなしく従順で、目が見えないことも時たま忘れそうになるくらい勘がいい。その上自分のことについては全く喋らない。

 なんで、と、マリが呻いた。

 「なんで、琴葉のことを知りたがるの。」

 宗太はまるでなんの躊躇いも見せず、俺の売った娼婦だから、と答えた。その答えはあまりにも滑らかすぎて、はじめから用意していた台詞にしか聞こえなかった。

 「うそ。なにか特別なんでしょう、琴葉は。」

 「目が見えない。」

 「そういうことじゃなくて。」

 宗太の膝先にしがみついたまま、マリは駄々っ子のような声を上げた。両方の手を拳にして、宗太の膝を打つ。

 「そういうことじゃなくて、宗太にとって琴葉は特別なんでしょう。」

 半分悲鳴のような声が出た、多分、廊下や左右の部屋には筒抜けだが、今のマリにそれを気にする余裕はない。

 随分長い沈黙があった。

 マリは宗太の膝に噛り付き、額を押し付け、石みたいに身体を硬くしていた。

 宗太は持て余したように曖昧に、マリの短い髪を撫でていた。

 そしてその沈黙の後、宗太はぽつんと言った。

 「女房だった。」

 え、と、マリが訊きかえそうとしたときにはすでに、宗太はマリを両手でころんと転がすように押しのけると、立ち上がって部屋を出て行っていた。

 女房だった。

 なにそれ。まさか。

 唖然としたマリは、転がされた格好のまましばらく天井を見上げていた。その間も涙は途切れなくて、生暖かい液体が目じりからこめかみを通り、髪の中に染み込んでいく感覚は随分と気持ちが悪かった。

 女房って、奥さん。妻。そういう意味だろう。

 嘘だ、と、マリは口の中で呟いた。あの生粋の女衒が、妻なんてもつはずがない。




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