翌朝、日高を見送ったマリが部屋に戻ると、そこには宗太がいた。我が物顔で、布団の上に胡坐をかいていた。

 「……。」

 黙ったままのマリに、宗太は困ったようにちょっと笑った。笑った顔の似合わない男だ、と思った。

 「仕事は?」

 「……悪くないわ。」

 「お前ならそう言うと思ったよ。」

 こっちに来い、と、宗太が両腕を広げる。マリは素直にその腕の中に身を投げた。がっしりと両腕で胴体を抱きとめられる。

 頬をかすめた男の耳は、氷のように冷たかった。それをマリは不思議に思う。だって男の胸も腕もこんなにあたたかいのに。

 お前ならそう言うと思ったよ。

 その言葉を、誇らしく思う自分が胸の奥に確かにいた。

 「もう借りきりの客が付いたんだってな。」

 「……うん。」

 「さすが。俺が見込んだだけある。」

 「……うん。」

 自意識過剰、と言ってもよかったけれど、言葉を口にするその労力が惜しかった。宗太の体温を体全体で感じるのに忙しくて。

 この男に売られた。この男に取って私は、売り物でしかない。この訪ないだって、ただの商品メンテナンス。

 それくらい分かっているのに、これまで誰の体温も知らなかった孤独な身体が負ける。

 「蝉はよくしてくれるか?」

 「……うん。」

 「他の女も?」

 「……うん。」

 「あんた、うんしか言わないのな。」

 「……うん。」

 忙しいの。話しかけないで。

 マリは男の胸に顔を押し付け、両手を背中に回してしがみつく。そこには妙齢の男女が抱き合っていると言うよりは、子どもが父親にしがみついているような切実さがあった。

 多分、それは宗太も分かっていた。ここでマリと性交をして色管理するのが一番楽な方法だろうに、そうはせずただマリのしたいように抱きつかせている。

 スラム出身の売春婦の扱いに慣れているのだろう、ただそれだけのことと、マリは内心で自分をあざ笑う。それでもやっぱり身体を男から離せない。

 ねえ、と、マリは口を切ろうとした。

 あんた、女囲ってるって本当? 売りもしないでどこかに部屋を借りてるって、本当?

それを口にできなかったのは、多分怖かったからだ。

 そうだよ、とそれだけの男の一言が自分を壊すような気がした。

 バカな女みたいなことを考えている。誰かの言葉で傷つくような、そんな繊細さはもうスラム街のどぶの底にでも捨ててきたはずだったのに。

 マリは男の腕の中で、開けない唇を強く噛んでいる。


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