夜がすっかり更け、読書にひと段落がついた後、日高は申し訳程度にマリを抱いた。そうするのが礼儀だから、とでも言いたげな仕草で、やんわりと。

 多分マリの肉がもっと熟していたら、その続きをせがんだだろう。しかし、まだまだマリの肉は青くて硬かった。

 昨日教わった通りに目を閉じてじっとしていると、耳のすぐ側で日高が笑った。マリも、少しだけ笑った。

 もう、昨日ほどの痛みはなかった。多分その内、やはり日高の言ったように、どのように振る舞うべきか自然に分かっても来るのだろう。

 「眠ろう。」

 一通りの行為がすむと、日高がそう言って、乱れた布団を丁寧に敷き直した。本を大切に枕元に置いたマリは、おとなしく日高の傍らに身を寄せ布団をかぶった。

 そんなマリを見て、日高はやわらかく微笑んでいた。マリがこれまでの人生で、向けられたことのない優しい視線だった。

 「そういえば宗太の噂を聞いたよ。」

 マリの肩まできちんと毛布を引き上げながら、思い出したように日高が口を切った。

 「噂?」

 マリはふらりと首を傾げる。いくらでも噂のありそうな男では、あったけれど。

 「女の子を手元に置いているって噂。売りもしないで、どこかに部屋を借りて住まわせてるって話だ。」

 うそ、と、マリは呟いた。

 そんなはずもない。あんな、生まれついての女衒が。

 それ以上、日高はなにも言わなかった。呼吸が深くなったから、きっと眠ったのだろう。

 もう一度マリは、うそ、と呟いた。

 スラム街で拾ったマリを、その日のうちにこの売春宿に売った男。それが手元に女を置いている? 

 馬鹿げている。まさか、あの男が。

 マリはきつく目を閉じた。自分の胸がどうしてこんなにざわついているのか、知りたくなどなかった。

 極彩色の腕に抱かれて眠ったのは、ほんの二日前のこと。そのぬくもりはまだマリの肌に残っている。

 静かに手を伸ばして、日高に触れた。

 「うん?」

 眠たげな日高が、マリを見て薄く微笑する。

 黙ったまま、マリは彼の手を自分の腹の前で組ませた。日高はされるがままになっていた。まだ半分眠っているのだろう。

 こうやって眠れば、相手が誰だって背中は温かい。誰のものであろうと、体温は体温だ、せいぜいほんの数度の違いしかない。

 当たり前だ。そうに決まっている。

 マリは口の中でそう呟いて、なんとか眠ろうと自分の鼓動を数えた。

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