3
行為が終わった後、男はマリに丁寧な仕草でワンピースを着せ直してくれた。
「また来るよ。今度は一晩借りきりで来よう。」
「その時に、本も持ってきてください。」
「うん。必ず。」
マリは布団から立ち上がって男を見送ろうとしたのだが、両足の間にまだ異物が入っているような違和感を覚えて身を凍らせた。
身体が、自分の知らない反応をすることが怖かった。多分、スラム時代からの癖だ。なにか病気でも貰ったら、病院になんてかかれず野たれ死ぬしかなかったから。
男はふわりと身をかがめると、マリの身体を一瞬だけ抱きしめた。
「大丈夫。そのままにしていていいよ。」
「あの、お名前。」
「ああ、日高だよ。」
「日高さま。」
「うん。」
じゃあね、と三つ揃いを着直して出て行った男と入れ替わりに部屋に入ってきたのは、蝉だった。だらりと羽織った蝶々柄の着物が、長く裾を引かれてざらざらと音を立てる。
「どうだ。悪い仕事じゃないだろう。」
蝉はへらりと笑っていた。
「確かに悪くはない。」
マリは挑むように蝉を見やり、そう答えた。目を閉じて、しばしの痛みに耐えるだけで、屑ひろいをしていた時の数倍の金が手に入る。しかも地べたではなく布団の上に眠れるのだ。これで悪い仕事だなどと言えば罰が当たるだろう。
生意気なマリの言葉に、しかし蝉は気を悪くする風もなく、ちょっと面白そうに笑った。
「まあ、今日はとやかく言わないけどな、これからは客が出て行ったらすぐに懐紙で股を拭いて、化粧を直して、サックを用意して、次の客を入れる準備だ。ああ、客が出て行くときには表まで必ず見送ること、いいな。」
「……はい。」
「日高さま、明日は借りきりでいらすそうだ。お前、気に入られたな。この調子でどんどん客を掴んでくれよ。」
「え、明日?」
驚くマリに、蝉は何度か首を縦に振る。
「さすが宗太のとこの女だな。今日はもう休んでいいから、明日もこの調子で頼むぜ。」
じゃあな、と蝉の出て行った部屋で、布団にもぐりこんで自分の肩を抱きながら、マリは小さな声で呟いてみる。
「宗太のとこの女。」
つまりこの女郎屋には、宗太が連れて来た女がいくらでもいるのだろう。
布団の中で思い出すのは日高の素肌の熱さではなく、宗太に抱かれて眠った背中のぬくもりだった。
「……宗太のとこの女。」
私はただの、宗太のとこの女だ。
口の中で繰り返しながら、マリはすんなりと眠りに落ちた。
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