マリについた始めての客は、蝉とそう変わらない年頃であろう痩身の男だった。やや縒れてはいるが、きちんと三つ揃いを着たその男は、かしこまって布団の傍らに正座しているマリを見ると、人懐っこい顔で笑った。

 「そう硬くならないで。始めての客ってことは、私だって知ってるんだから。」

 「……はい。」

 畳についた、痩せた10本の指は震えていた。男は黙ってその指を畳から拾い上げ、手の中に包んだ。その指先は冷たく、男の片手の中にすっぽり収まるほど小さい。

 短い髪や痩せた体躯も相まって、いっそ少年じみた匂いをさせる少女が、床入りを前に震えている。

 その様は、哀れでもあり、どこか官能的でも会った。

 「きみの絵が描きたいな。」

 マリを宥めるように声を明るく保ったまま、男は枕元の紙入れから懐紙を一枚引き抜いた。そして背広のポケットからちびた鉛筆を取り出すと、さらさらと畳に置いた懐紙の上へ走らせる。

 「顔を上げて。きみは魅力的だよ。」

 この男、女好きで有名な小説家であり、こうやって売られてきた女の破瓜を任されることもたびたびあった。その場をどうにか和やかにしようと懐紙に女の似顔絵ばかり書いていたら、妙に絵がうまくなったと言うちょっと変わった男である。

 マリは、男に促されるままに顔を上げた。ややこけた頬や、大きな猫目、気の強そうに引き締まった眉や、細く小さな鼻と顎。

 男が懐紙に刻む表情は、確かにマリの特徴を捉えていた。

 「……お上手。画家先生なんですか?」

 ぽつりと、マリが問う。

 男は苦笑して首を横に振った。

 「本業は小説家かな。こうやって絵を描いている方が楽しいけれども。」

 「小説?」

 「本が好きかい?」

 「ええ。」

 肖像画の書かれた懐紙を手渡され、マリは照れたように笑った。

 「私、スラムの生まれで学校も行けなかったんですけど、字はがんばって覚えたんですよ。捨ててある本なんか拾って勉強して。」

 「ほう。それは努力家だ。」

 男は芯から感心したように、力強く何度か頷いた。

 「先生は、どんな小説を書かれるんですか?」

 「どんな小説か……つまりだね、僕が描きたいのは極北の愛なのだよ。」

 鳥が翼を広げるように、男は両腕を大きく広げた。その芝居がかった台詞と動作は、マリをくすりと笑わせたが、男は気にするそぶりも見せない。

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