「じゃあ、また顔出すから。」

 それだけさらりと言って、男はマリに背を向けた。

 マリは、その腕を咄嗟に掴んでいた。

 「本当に? いつ? 」

 バカな女みたいなことを言っていると思った。こんなあからさまな女衒相手に、バカな女みたいなことを言っている。

 男は顔だけちらりと振り向かせて、明後日かな、と答えた。誠意なんてかけらもない、いかにも女を売り買いする男の口調だった。

 マリはぎこちなく、男の腕を離した。

 自分はどうせ路上で育ったバカな女だと、宗太と蝉にばれてしまったのだと思うと、耳まで赤くなった。

 男の表情にも、蝉の表情にも変化はなかった。見慣れているのだろう。こんな女の縋り方など。

 じゃあな、と、刺青の背中が遠ざかる。

 すると蝉はちょいちょい、とマリを長屋の中に手招いた。

 木製の引き戸を開けると細い廊下。その左右に小さな部屋が連なっている。ここで働く女たちには、住居兼仕事場としてそれぞれに部屋が割り当てられているのだろう。

 「あんた、名前は?」

 「……マリ。」

 「部屋、ここな。」

 蝉は、細い廊下を通り抜けた一番奥の部屋のドアを開けた。

 なにもない部屋だった。広さは精々四畳半。重いこげ茶色をした古風な形の鏡台が一つあるっきり、家具の類はない。

 「布団は押し入れの中。服はその一枚しかないんだろう。何枚かツケで買うしかねぇな。」

 それでお前、と、蝉がマリを振り向いた。

 「処女か。」

 それは問いと言うよりは確認だった。だからマリも素直に頷いた。

 「あ、そう。」

 蝉は浅く頷くと、背には押入れを開けて布団を取り出した。赤い花模様のカバーが付いた、いささか古びてはいるが清潔そうな布団だった。

 「脱いで。」

 端的に蝉が言う。マリはびくりと体を硬直させた。

 「処女膜破るのはお客さんの仕事だけどね、さすがに処女ですからってまともにやれない女を店に出すわけにもいかないし。」

 蝉の口調は乾いていて、どこか投げやりだった。なにか身体の深い部分に病気でも抱えていて、もう治らないと開き直った後みたいな。

 その投げやりさが、マリの緊張を解いた。ワンピースの裾をたぐりよせ、一思いにすぽんと頭から脱ぐ。

 そこで躊躇って動きを止めると、蝉がやはり投げやりに言った。

 「全部。」

 はい、と口の中で応じ、マリは下着を外した。恥ずかしいとは思わなかったが、不安はあった。生まれた時からスラム街でゴミ拾いだけしてなんとか食いつないでいた体だ。14歳の少女の身体としてなにか欠陥があるかもしれない、と。

 そんな欠陥が見つかれば、宗太は女衒としての信用を失うかもしれない。


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