09.社畜と奴隷7

 黙ってホタルの後ろに付いて行くこと数分。またまたやって来たのは村の中央広場である。前回との違いは全裸から布切れを装備したくらいだ。既に全員集まっているようで、総勢50人程度のお仲間らしき同僚(奴隷)が示し合わせたように顔を上げた。

 俺が奴隷にされたようにここに集められた人達もきっとそうなのだろう。どんな理由があるのかは分からないが、奴隷になるような理由がまともなはずがない。


 ホタルが俺を乱暴に――背中を蹴りつけながら――同僚(奴隷)の輪の中に加え、朝礼台に登壇した。前回は何を言っているかさっぱりわからなかったが、今回は隷属魔法とやらの謎の技術により言葉が分かる。

 ゴリさんが声を上げると全員の視線が集まった。どうやら今の状況を簡単に説明しているようだ。

俺は最前列に蹴り入れられたため、ゴリさんにちょうど見下ろされる形になっている。正直目を合わせたくない。目をそらしながら周囲を少し観察してみると、やはりというかなんというか俺は浮いているらしい。俺だけ日本人丸出しだった。コーカソイドの群れにモンゴロイドを叩き込んだら目立つのは当然だと思う。ちょいちょい奇異な視線を感じるが、ゴリさんの前置きが終わり、本題の話が始まるらしく視線は朝礼台へと移った。ちなみにここまでの話は全く聞いてない。


 やばい……。


 普段の俺は朝礼を取り仕切り、当日の業務の注意点や交通規制等の情報を伝達する立場である。当然、その全てを把握している。しかし、聞き手側にはちゃんと話を聞かない人もいる。世話役の職長が聞いてるから必要ないと言わんばかりの露骨な態度であるため非常に分かりやすい。そういう奴が現場でルールを無視し、皆に迷惑をかけることになる。発注者から連絡がきて「今日はいつものルート交通規制かかってるから使えないって伝えましたよね?」みたいな連絡が来ると冷汗ものだ。資材搬入用のトレーラーが立ち往生してしまい、迂回するあいだ半日は現場が止まってしまう。とてもじゃないが許されることではない。俺のせいで作業が止まってしまうと罪悪感で押しつぶされてしまうから、気を取り直してゴリさんの話に耳を傾ける。


「それではそれぞれの所属毎に集まってください」


 ……え?

 その一言を皮切りに、各々が行動している。俺以外が……。

 まさかの人事!!


 キョロキョロと目を皿にして周囲を観察する。所属ってなんだ? なんとか自分がどこに所属するべきかを見極めた。

 ダメだあああ! 俺だけ日本人まるだしでどこにも混ざれる気がしない。いよいよ周囲の人たちのグループの形成が終わりそうで、焦った俺は手近なグループに適当に入り込んだ。……どうしよう。さっきより奇異な視線を感じる。どうしてお前がここに? 的な視線をバシバシ感じる。感じるが、まあなんとかなるだろうと、ゴリさんの話を待っていると、いつの間にかホタルが俺の後ろに来ていた。

 なんだろうと振り返り、視線を合わせる。

 なんか怒ってませんか?

 沈黙が怖いからこちらから話しかける。丁寧な言葉遣いができないからとても恐ろしい。


「なんか用か?」


「まず、周囲を見てみなさい」


 ホタルはゆっくりと丁寧にそう言った。穏やかな口調が逆に怖い。俺、こいつにビビりすぎじゃないかな?

 ビビってる俺は言われた通りに周囲を見渡してみた。

 ……皆が跪いていた。ホタルを取り囲むように、それはもう綺麗に。


「……なにこれ?」


 恐る恐る、ホタルに問いかける。


「これが私に対する正しい姿勢なの。分かった?」


 花が綻ぶような笑顔だった。

 そういえば、ゴリさんがコイツのことを姫様とか呼んでたような……。


「お前、そういえば姫様って呼ばれてたな」


 いっそ開き直って堂々とそう言い放つ。しかし、ホタルは俺の態度など気にせず更に堂々と自己紹介を始めた。


「そうよ。ようやく理解したようね! 私こそ、この偉大なるグランバーニア王国の第3王女のエリザベス・グランバーニアよ! 分かったならあんたも跪いて私を崇めなさい!」

 

 物凄く偉そうだった。


「知らね」


「ふんっ!」


 それはもう見事な回し蹴りが俺の側頭部を捉えた。

 盛大に吹っ飛びながらも俺は見逃さなかった。そう、男なら。


 あ、白だ。

 

 またまた、俺の意識が途絶えた瞬間だった。

 今回は死者へのたむけがあるだけましだ。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 程よい睡眠に身を落としていると、体を揺さぶられ誰かから声をかけられた。

 ――か? ――ですか?

「あ、あの、大丈夫です?」


「大丈夫だ、ちゃんと起きてる。これでも寝ざめはいいほうなんだ」


 社畜の朝は早い。夜は遅い。遅寝早起きは必須スキルである。そんな生活を長年続けていると一瞬で寝れるし、寝起きから頭はちゃんと機能している。


「い、いえ、そ、うじゃなくて、……頭、大丈夫ですか?」


 その聞きかたはどうかと思うが、どうやら俺の頭の心配をしてくれているようだ。

 あれだけ盛大に蹴り飛ばさせていれば普通に怪我の一つもしていてもおかしくはない。だが、うん、とにかく大丈夫そうだ。痛みは感じない。


「ああ、大丈夫だ!」


 せっかく心配してくれているのだから、心配ないと元気にこたえた。


「あ、ならよかったです。はいこれ。ちゃんと働いてくださいね」


 そう言ってぼろ切れを手渡された。

 ……ん?

 もう既に俺のことなんて見てすらいないさっきの女の子は、……女の子!? ――ていうか人ですらない!?――女の子はそそくさと立ち去ってしまった。


「あ、あれは!!」


 とうとう人間以外の生物が出てきたと思ったらまさかの獣人!!

 たくましい手足は剛毛に覆われ素肌が見えない。その先には、足はひずめ、手は堅い皮膚に覆われ人間の手の何倍も大きい。頭部に耳などの特徴的な違いはないものの、先ほどまで相対していた顔立ちは獰猛な獣を彷彿とさせるようだった。

 ……遠い世界に来てしまったみたいだ。いったいあの女の子の種族はどうなっているんだろうか? そして俺も。今のところ奴隷としか扱われていないから種族が奴隷とかになってなければいいのだが……。……それは種族じゃなくて身分でした。そしてそれはたぶんさっきの女の子もそうなのだろう。


「お!やっと起きたか!」


 俺が獣人の女の子の余韻に浸っていたらクマに話しかけられた。もう本当にクマ。種類はよく分からないけどとにかくクマだ。色は黒い。あとたぶんおっさんだ。


「おお、クマだ」

「おう!よろしくな!」

 クマと人間を足して2で割ってよりクマに近づけたような男は凶悪な笑顔で俺に手を差し伸べた。握手はこの世界の文化でも浸透しているようだ。


「ああ、よろしくな! 手は握りつぶさないでくれ」


 そう言って握手に応じたが、クマとの握手とか不安でしかない。クマのおっさんと笑い合いながら握手を交わし、自己紹介をする。


「俺は、――だ!よろしくな」


 あれ、名前が――。


「奴隷に名前は必要ないからな。今までの名前は名乗れねえよ」


 クマが器用に肩をすくめて、苦笑いを含めながら教えてくれた。


「それは不便だな」


「まあな、奴隷は番号が割り振られるから、基本的に番号で呼ばれる。そのうち慣れる。ちなみに俺は16番、ほれ」


 クマが左手の親指で左目の下を指さした。器用なクマだなあ。

 そこにはバーコードのような印があり、同じくバーコードのように数字が記されていた。先程集められた時にも気が付いていた。あの場には獣人はいなかったが、全員の左目の下にバーコードが表示されていた。このクマには黒色のバーコードが記されているが、さっきの集会では、赤、青、白の三色だった。

 ちなみに俺はどの色が自分に表示されているか分からない。実は所属も単純に色で分けられていたのだが、自分がどうかは分からない。イエローモンキーだし黄色かな! と、黄色をさがしてみたけど黄色はなかった。しかたなく手近な白色に混じってみたら回し蹴りである。


「しっかしあんたも難儀だな」


「ん?奴隷になったことか? 確かに。なぜかよく分からないし、ここがどこかも分からないし、そもそも奴隷ってよく分からない。なんで俺、奴隷になってんの?」


「お、おう。そうか……。いや、俺にもあんたのことはよく分からないが、俺が言いたいことはそうじゃなくてな」


「なんだよ、種族のことか? 一応人間なんだが?」


 こいつ、俺のことをサルかなんかだと思ったのか? クマだからか?


「いや違うって! あんたのことも気になるがそうじゃなくて、その奴隷紋だよ」


「奴隷紋? ああ、そのバーコードのことか」


「……バーコード? よく分からないが、まあそうだ。あんたのその黄色ロイヤルカラー、王族直轄の奴隷なのにこんな最底辺まで落とされて大変だなってな」


「……なにそれ?」


「王族直轄の奴隷は城で生活できんだよ。あんたは姫様の個人奴隷だったからさぞかしいい生活ができたはずなのにな」


 どうやら俺は城での生活が期待できたらしい。そして、本当に黄色だったよ。正確には黄色ロイヤルカラーでしたっけ?

 そして城での生活とな? もう俺には関係なさそうだが非常に残念だ。


「ふっ、ほんと、何にも分からないことばっかでこの先が逆に楽しみになってきた」


 精一杯格好つけてやった。せめてもの抵抗というやつだ。


「格好つけてるとこ悪いがせめて服を着てくれ」


 クマは相変わらず器用であり、その表情からは皮肉が読み取れた。

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