08.社畜と奴隷6

「日本語って知ってる?」


「知らないわ」


 そうですか。知らないですか。

 見事に即答されてしまった。いや、知らないとは思っていたけども。


「お前が日本語を知らないからちゃんと翻訳されねえんだよ。学がねえな! (もしかしたら、日本語を知らないが故の弊害かもしれませんね)」


 うん。今回もなかなか酷い翻訳だ。完全に相手を煽る方向に訳されている。言葉の壁はどうやら随分と厚いようだ。


 ほら、ホタルの顔がヒクヒクと引きつっている。完全に怒りを我慢している顔だ。先程、ゴリさんから諌められたばかりだから必死に自制しているんだと思う。頑張って自制していただきたいものだ。じゃないと俺の首が飛びかねない。


「ど、どど、どこの国の言葉か知らないけど、こ、こ、この私が知らないってことは! さぞかし辺境の矮小な国なんでしょうね!」


 言葉の節々から苛立ちが感じられる。でも、辺境の矮小な国ってところはあながち間違いではない。昔はいざ知らず、今の日本には、あまり否定ができる要素はない。

……主に、俺の働き方があまり前のように許されていることとか。


「姫様、矮小な国かどうかはともかく、私もその国のことは存じ上げません。しかし、この世界の者ならば、姫様の隷属魔法が失敗することはありません」


「そうね。私もこんなことは初めてよ」


 ん? この世界の者ならば?

 ということは、この世界の者ではない何かがいるということだろうか?


「なあ、この世界の者ってなんだ?」


 言葉使いをギリギリ許容して貰えそうに頑張ってみた。どうやらこれくらいの口調ならちゃんと訳してくれるらしい。調整が難しい。


「はあ?」


 ものすごく馬鹿にされた。言葉にも顔にも、露骨に出ている。折角の整った顔立ちが台無しである。


「あんた、本当にどんな田舎から出てきたの? 信じられない」


……うーん。月が2個もある世界に心当たりはない。異世界?


「……つまりここは異世界ってことか?」


「そうよ」


「はあ!?」


 え? 普通に肯定されて心底驚いてしまった。素で驚いたせいか、素直に翻訳されたまである。


「なるほどね、何に驚いてるか分からないけど、たぶんあんた別の大陸から飛ばされて来たんでしょ? たまにいるのよ、あんたみたいなのが。でも、あんたみたいな見た目の猿は初めてよ」


 イエローモンキーってことですか? 世界が違っても差別のされかたは一緒なんですね。

 そんなことより疑問がある。


「……別の大陸なら、普通に海を渡って来ただけだろ? 何言ってんだ?」


「……」


 今度はゴリさんも一緒に冷たい視線を向けてきた。もの凄く居心地が悪い。それどころか、先程まで完全に空気だった金髪イケメンもこちらに冷たい視線を向けている。

 なんだ? そんな変なことを言ったつもりはないんだが……。


「ハンス、こいつ、どうしたらいい?」


「……そうですね、それでは、私から簡単に説明をしましょう。よろしいですか?」


「いいわ」


 姫様もっと愛想よくしてくれませんか? 折角の美人が台無しですよ?

 俺、そんなにおかしなこと言ったか?


「あなたは、この世界の端がどうなっているかご存知ですか?」


「……はあ? 世界に端なんてねえだろ」


「……なるほど」


 何がなるほどなんだろうか?


「世界に端はあります」


「どこの世界の端だよ」


「この世界です」


 どこの世界だ。

 いやまて。ここは異世界らしい。

 世界の端が滝のようになっていて、逆さにした鉢のような形状の天蓋がかぶさった平面状の大地な可能性もある。いやないな。ない。


「この世界には端はあります。世界の端には滝があり、その底は確認することができない程に深いと言われております。そして、あなたの世界は更にその先にある。恐らくは、ですがね」


「その先?」


「ええ、世界の端より更に向こう側には別の世界があると言われております。直接確認したものはいませんが、時折、あなたのような者が現れるのがその証拠です」


「確認してねえのかよ!?」


「はい。確認されておりません。ただ、確実に異世界から "来た物"がいます。なぜなら、その物が自分たちは異世界から来たと言っておりますからね」


「ちょっと待て! 異世界から来た? まじか?」


「本当です。ただ、"その物"たちには姫様の隷属魔法でこのような事例はありませんでした。まあ、"その物"たちは見た目からして異形ですから、あなたとは違いますが」


 見た目が異形?

 人種が違うとかじゃないのか?

 さっきから疑問が尽きない。


「ねえ!」


 俺が色々と考えていたら姫様からの横槍が入り、思考を中断させられた。


「ハンス、もういいわ。どうせそのうち勝手に理解するわよ。こんな奴隷一匹に時間をさきすぎよ。まだやることがあるの。確かに、この珍しい生き物には興味があるけど後回しにしましょう!」


 ……ここで時間をさいたのはゴリさんではなくてあなたじゃないんですか? 惚れ惚れする責任転嫁である。


「これは申し訳ありませんでした。それでは行きましょうか」


「行くって、何処へだよ?」


「もお! うるさいわね! 黙って付いて来なさい! 奴隷は黙って従っていればいいの! 分かった!?」


 なるほど。それは得意分野だ。黙って従うとしよう。社畜は、断らない、逆らわない、遮らない。この3訓はどの会社でも共通の社訓である。

 奴隷って社畜と同じなんだな。

 俺は奴隷になった覚えはないけども。

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