06.社畜と奴隷4

 ああ……。我が息子よ……。よよよ、と息子の復活を喜んだのも束の間、俺の頭にはとあるハラスメントが浮かんでいた。そう、『セクハラ』である。ハラスメント。昨今では様々なハラスメントが謳われているがその元祖ともいえるハラスメント、――セクハラである。あまりに当たり前のことなのだが、基本的には男性から女性への被害が多く、ほとんどの企業では注意喚起がされている。だが、だが考えてみてほしい。……この業界に女性はいないんですよ。男しかいないからまあいいか、程度の考えだったのだ。なので、立ちションは当たり前だし、なんなら酔いつぶれてち〇毛を燃やしたりもする。タンパク質が燃える臭いって本当に凄くて、普通の居酒屋だとなかなかできない。


 本当に昔のことになるが、一時期だけ事務として、現場事務所に女性がいたことがある。その人はいかにもって雰囲気の人であり、目に見えるだけでも耳の裏に蝶々、足首には何やらよく分からない花の刺青が入っていた。髪はライトブラウンに染め上げられ、小柄で、まあ、胸元はちょっと寂しかったけど、スタイルはよくて、今まさに俺を蔑んでいる美女に少し似ている。事務員さんは三十路だったし、いかにも夜の人って感じだったからちょっと美女のイメージとは違う。

事務員さんのそれっぽい雰囲気な為か、よくセクハラ行為を受けていた。だが、基本的にはうまくあしらっていたし、線引きのできない人もいなかった為、特別大事に至ったことはない。俺も階段を上がる後姿を凝視してこっそりとパンツを覗いたことぐらいある。……結局見えたことは一度もないんだけど。

 結局のところ何が言いたいのかというと、――セクハラ、未知の領域だ。いや、言いたいことは分かる。セクハラ? 常識があればありえないでしょ? おっしゃる通りである。しかし、先ほども述べたが女性社員なんていないのだ。否、最近は業界全体が女性社員の獲得に力を入れており、他社では結構見受けられる。ただ、俺がいるところにはことごとく男しかいなかったというだけだ。ちなみに、男からのセクハラなら結構な経験がある。どいつもこいつも俺のち〇こに興味を示してくる。そんなに大きくないと思うんだけど、形がいいらしい。


 俺の言い分を理解してくれただろうか? ……いつの間にか目の前に迫っていた彼女にはきっと理解してもらえないだろう。そして隣には屈強なナイスガイが控えていた。

 パワハラやモラハラなど、性別が関係ない問題には色々と対応してきた。それなりの経験がある。あるけど女性へのセクハラの経験はあんまりない。さて、どうしたものかと深く考えているとふと妙案が浮かんだ。


 よし、開き直ろう。

 そもそも、俺の服はこいつらに脱がされているのだ。裸で何が悪い。

 そうと決まれば早い。堂々と胸を張り屈強なナイスガイを正面に見据える。

 おや? 表情が変わった。先程までの射るような視線ではない。どこか、そう、見定めるような視線だ。頭の上からつま先までじっくりと観察される。正直、居心地が悪い。身じろぎしそうになる体を精神力で抑え込む。必死に我慢していると、とうとう股間の位置で目が止まった。大きく開かれた股下には心地良い風が吹き抜けており、温度的には通常サイズをなんとかキープできている。

 突然、息子が起き上がった時と同様の気配を感じ、ブルっと身震いをしてしまった。

 これは!? また美女に睨まれたかと怯えながら目を向けた。しかし、美女は目を背けており、俺が見ていることに気が付くと、物凄く嫌そうに相変わらずの目つきで一瞥されるだけだった。美女じゃなかったのか。じゃあ誰が、とそこまで思考したところでふと嫌な予感がよぎった。……彼女じゃないなら、ということはである。

 ごくりと唾を飲み込み、隣の男へと顔を、ギギギと音が出そうな程ゆっくりと向けた。今度はバッチリと目が合い、屈強なナイスガイがホホを染めた。

 

 視線の正体はお前かああああああ!!!!!


 そりゃあ息子の元気もなくなるよ! おっさんの熱い眼差しなんてちっとも嬉しくない。

 言葉なんて通じないことは分かっているが声を掛けずにはいられなかった。

 

「あ、あの、そんなに見つめられると困ります……」


 尻すぼみに声が小さくなっていしまった。

 依然、姿勢は変えていない。というより蛇に睨まれた蛙のように動けない。

 ホホを染めながら俺の動きを止めるとかこのおっさん怖すぎる。


「AHAHAHAHA」


 朗らかに笑いながらおっさんが距離を詰めてくる。普通に怖い。

 言葉は通じなくても感情は通じているらしい、おっさんの変なスイッチが入ったのか雰囲気がおかしい。きっと俺の動作がツボに入ったのだろう。

 何を隠そう、俺は男に非常にモテる。人生で女に言い寄られた経験は数少ないが、男に言い寄られた回数は最早カウントするのを止めた。しまいには、家族にも「なんかお前ってホモっぽいよね」などと言われる始末である。俺の見た目がホモっぽいのはこの際しょうがない。ずっと昔に諦めたことである。だがこれだけは声を大にして言わせてほしい。

 

 俺は女の子が大好きだ。


 嘘じゃないよ? だが、俺がこういうことを言うと大体信じてもらえない。

 悲しくてしょうがない。よく分からない世界に放り出された挙句、ここでも男に言い寄られるなんてあんまりではないだろうか。

 すさんだ心を癒すべく、無理矢理頭を動かし目の保養も兼ねて美女をガン見した。

 やっぱり綺麗な女の子はいいなあと、でれっと粘着質な視線を送りつけていると、ぬっとおっさんが回り込んできた。

 ちっ、気分が悪い。

 露骨に舌打ちをカマスと、おっさんの手が俺の息子に伸びてきた。

 ふっ、俺にその手のセクハラが通じると思っているらしい。なんて愚かな行為だろうか。俺は一切慌てることなく、一歩下がり、おっさんの魔の手を回避する。

 慣れたものである。この手の行為はなぜかよくされる。その為、条件反射で動けてしまう。ホモからノーマルな人まで、まあ理由は様々だが、息子を触りたがる。「ちゃんと付いてるか確認しただけ」などと意味不明なことを言っていた。


 は!!!!!


 天啓が降りてきた。

 降りてきてしまった。


 今、俺、セクハラされてるじゃないか! 俺がセクハラ対象じゃないか!

 現場作業員からの軽いセクハラなんて比じゃない。この威圧感は半端ではない。

 ていうか恐怖しかない。

 だが、女性のセクハラ対応の経験はないが、男からのセクハラの経験値はそこそこある。俺の数多の経験から推察するに、このおっさんはガチの人である。相手がノーマルの場合はこちらからも股間に手を伸ばして無駄なコミュニケーションを図るとこだが、相手が本物の場合は絶対にやってはいけない。本気にさせてしまうと取り返しのつかないことになる。具体的には俺の処女が奪われてしまう。この年まで守り通したのだから、最後までこの砦を崩すわけにはいかない。ていうか崩したくない、切実に。


 となれば、とれる行動は一つだけである。

 それは、逃げる。

 とにかく逃げる。

 いったん事務所に帰って、職長を呼び出して出禁にするしかない。


 俺は一目散に後方へと走り出した。


「いぃやあああああ!!!」


 なりふり構わず逃げ出した。


「――――!!!」

「――!!」


 おっさんや美女が何やら叫んでいるがちっとも分からない。

 振り返ることなく走り続ける。

 叫んではいるが一向に追いかけてくる気配がない。正直なところ、パンツだけでも返してもらいたいところだ。走るたびに股間がぶらぶらして凄く走りにくい。


 ……あ、なぜ追ってこない理由が少し分かった気がする。

 

 ゴッ!!!


 俺の頭に何かが当たったようだ。

 追う必要ないんですね。何かは知らないけど、野球ボール程度の大きさの物がクリーンヒットである。

 徐々に意識が遠のいていく。

 ああ……、俺、ここに来てから気を失ってばかりだ。

 こいつら、人の腹や頭をどつきすぎだ。現場での事故よりたちが悪い。そのうち絶対に安全教育を徹底的に施してやるからな……。

 そこで俺の意識が落ちた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 どうも皆様おはようございます。

 二度目ともなれば慣れたもので、今回はジャリを吐き出すことはなかった。俺は環境適応能力には自信がある。基本的にはどんなところでも寝れる。しかも、今回は小汚い布切れまで掛けられている。布切れを敷けば二度寝ができそうだなと、二度寝の算段をしているとぼろ布に妙な湿り気を感じた。

「ん?」


 なんだろう? よだれ?

 

 は!!!!!


 俺の処女が!?

 急いで尻の確認をする。

 真っ暗で何も見えないが確認せざるを得ない。


「……ふぅ」


 よかった。俺の処女は無事なようだ。だけどやっぱり何だか体に違和感を感じる。なんだろう? まあいいか。とりあえずは二度寝だ。どうせこの暗闇では何も見えない。

 処女が無事なら他に心配することも特にない為、いそいそと二度寝を始める。

 はあ、こんなに何も考えず寝ることなんていつ以来だろうか? ぼろ布に包まれそのまま眠りについた。


 眠りについた途端に、扉がバンと激しく開けられた。そこにはイケメン兵士とホモのおっさんと美女がいた。何の用ですか? と視線だけで問うと、返事とばかりに美女の体が金色に光りだした。


「おおおおお!?」


 え、やっぱり宇宙人だったのか。ここはどこの星だろう。

 俺、実はキャトルミューティレーションとかされてないといいのだが。

 

 金色の輝きが増し、部屋全体を明るく照らす。自らを発光させて部屋の明かりになっかのようだった。

 なんか凄いのか凄くないのかよく分からないな。ホタルみたいだった。

 よし、この美女の事は暫くホタルと呼称しよう。

 おっさんはゴリさん、イケメンはムカつくからクリフトだな。


 俺の脳内での名づけが終わったころ、何故か俺の体も光始めた。


「おおおおおおおおおおお!?」


 先程より驚きが大きい。なぜか俺の体光っている。


「あっつ!! 熱い熱い熱い!!」


 突然、左目の下に鋭い熱を感じた。あまりの痛みに堪らずその場に蹲る。


「……うぅ」


 やっとのことで熱が収まったので、俺は顔を上げた。


「……一体、……何が?」

「そっちの言葉は伝わるわね。私の言ってることが分かる? あ、その布でちゃんと体を隠してね。不愉快だから」


 おお。よく分からないが言葉は分かる。あの光は翻訳こんにゃく的なものだったのだろうか。理屈はさっぱり理解できないが、とにかく言葉が通じることが嬉しくて普通に受け答えをした。


「あ、ああ。ちゃんと通じてる」

 

 そう答えながらぼろ布で体を覆った。もうセクハラはこりごりだ。主にゴリさんの視線が怖い。


「そう。それならよかったわ。この隷属魔法は特別性なのよ? 感謝してよね」


「はあ?」


 ん? 何か聞き逃せない事を言われてしまった。隷属? 魔法? しかも特別性?


「おいクソガキ、隷属やら魔法ってどういうことだよ? きちんと説明しろよ? (訳:あの、隷属や魔法とはどういうことでしょうか? よければ説明してほしいのですが?)」


 ……え? …………えぇ?

 ナニコレ? 

 見ろ、3人とも固まってるぞ。

 俺のあんまりな物言いに絶句してらっしゃる。


「い、いや、違うんだ!ちょっと待って! (訳:す、すみません。違うんです。ちょっと待ってもらってもいいでしょうか?)」

「へ、へえ? 私に対して随分なものじゃない? 待ったらそのふざけた言葉遣いが直るのかしら?」

「分かってるんだようるせえなあ。ちょっと静かにしてくれる? (訳:分かりました。しばし考えさせてください)」

「……いい度胸じゃない。いいわ、ちょっとだけ待ってあげる」


 待って!

 こ、怖い!

 なんで敬語が話せないのか全く分からない。俺としては丁寧な口調なつもりなんだが、なんか凄い翻訳のされ方だ。これは、ホタルの魔法が日本語に対応してないだけじゃなかろうかと疑問に思う。

 うん、そうに違いない。間違いなくそうだ。あんまり黙り込んでたら本当に怖いのでさっさと説明をしようと試みる。


「おいクソガキ。お前の隷属魔法とやらが欠陥なんだろ? 気軽に人体実験してんじゃねえよ! (あの、貴女の隷属魔法が私の言語に対応していないものと思われます。どなたか同様なサンプルはないのでしょうか?)」


 ああああああ!!

 すっごい翻訳されてるんだけど!

 頼むから怒らないで!

 そう懇願しながらホタルを見ると、分かりやすくホホを引きつらせていた。


「……あなた、よっぽど死にたいようね? いいわ、望み通り殺してあげる!!」


 そう言うと、またしても全身を金色に輝かせ始めた。

 なんだろう。今度はすっごい殺意を感じる。こ、これ絶対やばいやつじゃあ……。


「姫様。どうか冷静に」


 ゴリさんが先ほどまでの浮かれた表情ではなく、初めて見た時のような射るような視線をホタルへと向けていた。


「だって!! こいつ奴隷のくせに私に!!」

「姫様」


 その一言でホタルは、「うっ」と小さく呻き、光を収めた。

 あ、危ない。本気で死を覚悟した。冷や汗が凄い。


「姫様、そのような魔法をここで使えば私たちも巻き込まれてしまいます。よくぞ自制できましたね」

「……ごめんなさい。ちょっと熱くなったわ。こいつには変なものを見せられた恨みもあったからつい、ね。止めてくれてありがとう」


 ホタルの表情が一瞬、明るいものに変わった。ほんの一瞬だったが見逃さなかった、いや、見逃すことができなかった。それ程に綺麗な表情だった。


「このままではらちがあきません。こちらから説明しましょう。姫様、よろしいですね?」

「いいわ。私から説明する。ちょっと! あんたが喋ると話が進まないから私が話終えるまで黙ってることね。今度はその首だけを飛ばすから。……充分、注意してよね」


 どうして俺にはそんなに嗜虐的な笑みを向けてくるんでしょうか。首が離れるのは勿論嫌なので、黙って話を聞くことにする。正直、喋ったらろくなことになりそうにないから有難い申し出だ。


「まず、端的にあなたの状況を説明するわ。奴隷。不法入国」


「以上よ!」


 本当に物凄く端的だった。もう少し具体的に話してほしい……。

 口を開くことが許されていないから、そう心中で呟くことしかできなかった。

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