05.社畜と奴隷3
「────!!!」
やはりというかなんというか、予想通り意味不明な言語だった。救いがあるとすると、見た目は人間そのものだったということだろう。映画とかに出てくる宇宙人みたいな人?達が来たらもう失神ものだった。
だがしかし、今、俺を取り囲む3人の兵士風の人間からばしばし敵意を感じている。手には槍が握られており、切っ先は見事に俺に突き付けられている。
「─────!!!」
だらだらと汗が流れ落ちる。すみません。言葉が分からないんですよ。
言葉は通じなくても気持ちは通じるかもしれないので、とりあえず謝罪してみる。
「す、すみません。……何言ってるか全然分かりません」
「「「───!?」」」
お、驚いている……?
「おぉっ!?」
喉元に槍を突き付けられ、先ほどよりもずっと縮まった距離に狼狽し、思わず顔も声も上ずった。
そこで、ようやく彼らの顔立ちに目が移った。頭には防御力が心配になる兜のようなものをかぶっている。白い肌に青い瞳、そして脱色では決して再現できない綺麗な金髪。そろいもそろって端正な顔立ちをしていた。
一方、俺のいで立ちはというと、ヘルメットにヘッドライトを装着し、作業着の上にウインドブレーカーを羽織っている。更には両手には軍手を装着し、ヤッケを履いた下半身には、長靴に軍足の完全装備のアラフォーのおっさんである。そして、腰道具には様々な工具類が……ない。そういえばさっき落としたな。
ちなみに、身長は比較的高めであり、顔は可もなく不可もなく、普通のおっさんだ。強いて言えば若干童顔であり、目には人懐っこさがあるとよく言われたものだ。フィリピンのお姉さんに。捨て犬に似ているってさ。実に的を射ている。
因みに日本人らしく黒髪の黒目である。最近は白髪が増えてきているが決してハゲてはいない。毎日ヘルメットをかぶっている人のハゲ率は異常。俺は違うけど。
ここで視点を変えてみよう。俺から見た彼らと彼らから見た俺とではどちらが怪しいか。
まあ考えるまでもない。きっと俺の見た目はここいらでは一般的ではないのだろう。彼らの見た目が一般的なら、さぞかし俺は異質な存在だろう。現場では100点満点の俺の服装もここでは全く評価されていないようだ。
見たまんまで文明レベルを推察するならば、彼らの意識は低いと言わざるを得ない。どれ程の技術力がある世界か知らないが、現場に半そで半パンの軽装で来るなど正気な沙汰ではない。多少防御力の高そうな胸当てみたいなのを装備しているが、その程度だと俺の現場水準はクリアしていない。現場を舐めるなよ!
ちょっとその服装に文句を言ってやろうと目の前のイケメンに顔を向けると、彼は非常に眩しそうに眼を背けた。あ、ヘッドライトを消してなかったのか。失礼しました、と心のなかで謝罪しながらライトを消す。
「「「───!?」」」
すると、彼らは先ほどと同じように驚き、今回は一歩後ずさる。
(……?)
何やらまた一段と彼らから警戒されたらしい。だが、距離が開いたおかげで槍の恐怖から逃れられた。まあ、実はそこまで恐れている訳ではなかったのだが。……建設業という業界はだな、刃物をもった怖いひとや刃物より怖いものを持った人達ともうまくお付き合いしなくちゃいけない。俺の長年の経験の中には刃物との付き合いも多くある。
ということで改めて対話の時間である。言葉は伝わらないだろうが身振り手振りで何とかして伝えようと努力した。それはもう大量の汗をかくくらいには頑張った。ていうかまじで暑いな。最初は冷や汗的なものかと思ったがそうではなさそうだ。目の前の彼らが教えてくれるように半そで半パンで快適に過ごせそうな気温だ。
あんまりな汗に上着を脱ごうとファスナーに手を掛けたところ、後頭部に衝撃が走った。走ったが。ヘルメットを装備している俺には効果は薄い。若干の痛みはあるものの、大したことはない。ふっ、トンネルの現場は肌落ちによる落石とかが怖いから特注のヘルメットなのだ。そんな攻撃程度ではびくともせんなあ!!
と、言葉に出せない反撃を脳内で繰り出していると今度は鳩尾に強烈な一撃が入れられた。
「ごふっ……!」
一瞬、腹に穴が開いたかと思ったがちゃんと柄の方で突かれていた。
くっそう……、そこには安全対策をしてなかった。
暴力による災害は管轄外である。
俺は薄れる意識の中、安全対策とは何かを彼らに滔々と説いてやろうとそっと心に誓った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……ぅう」
ジャリっと口の中で砂を噛んだ。
「ぺ!!ぶぺしゅ!!」
砂だけ吐き出そうとしたらくしゃみも出た。
体が冷えている。腹を押さえながら、そっと起き上がる。うつ伏せで寝かされていたのか、体に砂が付いている。砂埃をはたこうとして気が付いた。俺、服着てないんだけれども……。
そこには全裸のおっさんが立っていた。
幸い、周囲は暗闇で何も見えない。たぶんだけど、誰もいないような気がする。
誰もいないならと、遠慮なくその辺に口の中の砂を吐き出し、全身の砂を落とす。
……ん?
何か違和感がある?
その違和感を探るように「お? お?」と無駄に声に出しながら体の確認をしようとするが暗闇でよく分からない。
くるくると回りながら身体チェックをしていると、バッン! と扉が開く音がした。
そこには、ランタンを持った、先ほどの兵士風の男が立っていた。ヘッドライトで顔を背けたイケメンさんではないですか。ちなみに俺を気絶させたのもこいつ。また殴られるのも嫌なので大人しく様子を伺う。全裸で。股下が不安なのでせめてパンツくらい履かせてほしいものだ。そんなことお構いなく、彼は俺に指示を出し始めた。
相変わらず言葉は分からないが、どうやら付いて行けばいいらしい。ほら、言葉が分からなくてもそこそこ通じ合えるんだよ。
しばらく地下っぽい施設を通り、階段を上った先には重厚な扉があり、イケメンが一言、二言告げると扉が開いた。光が差し込み、あまりの眩しさに俺は目を細める。一晩くらいは眠ってたのかもしれない。検査の準備で数日程まともに睡眠を取った記憶がないから、むしろ、一晩でよく目が覚めたと自分を褒めてあげたい。
外へ出ると、村規模の集落が確認できた。うん、吉野ケ里遺跡かな? と疑問に思ってしまう文明だった。弥生人の声が聞こえそう。聞こえないか。どっちかというと西洋テイストに見える。
5分程歩くと、村の中心だろうか? 開けた場所が見えてきた。
そこには、ぼろぼろの布切れを身にまとった、はっきり言ってみずぼらしい人々が集まっていた。俺もそこに行けと言わんばかり、背中を強く押されて輪に加えられた。
年齢はばらばらの40~50人近くは、そろって目が死んでいた。誰一人と声を発する者はおらず、大半が俯いている。さらに、数人が加えられ、待つこと10分程、俺たちに声がかけられた。声の方を見ると、朝礼台のような物の上にどえらい美人がいた。
声を出したのは隣に控えている、高そうな服に身を包んだ初老のナイスガイ。それはもう見事な筋肉ということが服の上からでも分かる。身長も高く威圧感が凄い。白髪に白い髭、一体どんな死線をくぐり抜けてきたんだよとツッコミたくなる鋭い眼光、引き締められた表情からは只者ではない気配が感じられる。
それに引き換え、壇上の美人は、それはもう可憐だ。可愛らしさも兼ね備えた、どちらかというと綺麗と表現できるそのご尊顔は最早芸術の域に達しているような気がする。光輝く金髪は綺麗に纏められており、詳しくは分からないが、手間がかかりそうな髪型だ。若干釣り目な大きな瞳は髪の毛と同じ金色で幻想的な光を放っている様に見えた。この距離からでも吸い込まれそうなその瞳にはどこか特別な力を感じた。
身長は160cmくらいだろうか? 豪奢な服に身を包んでいる。それにも関わらず、その体のラインは出すぎず、出なさすぎず、どこか作り物めいた完璧なスタイルをしていた。
あまりにも作り物めいた美女の出現に、ぼーっと眺めてしまった。見惚れてしまうとはまさにこのことだと思う。歳は10代後半くらいに見える。まつ毛長いなーと、恐らく天然物のまつ毛に感心していると、目が合った。その目には、何か珍しい動物でも見つけたような、そんな好奇な感情が含まれているような気がする。確かに、黒髪黒目のおっさんはこの中では珍しい、というより俺だけなようだ。
ふと、彼女の視線が俺の下半身に向けられた。俺も一緒に目を下半身に向けると。
『こんにちは!』
俺の代わりに息子があいさつしてくれているようだった。
天にそびえ立つ息子は、いつの間にか随分素直になっていたようだ。
おお!! 息子よお帰り!! お前が反応したのなんて何年ぶりだ!?
俺が息子の復活を喜んでいると、前方より身の毛がよだつ視線を感じた。
ああ!! 息子が!!
ブルっと身を震わせて顔を上げる。そこには先程の好奇の視線はどこにやら、まるで腐った生ごみでも見るような、そんな凍てつく視線の美女がいた。
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