25.王女様はアドベンチャラーの夢を見るかⅣ

夢を見ている。


***


無事にユレアイト迷宮のモンスター討伐依頼は受注できた。


「ゼェ……ハァ……ハァ……」


準備を済ませた私たちは、竜車に揺られて数刻、迷宮のあるユレアイト山の麓までたどり着いていた。

そして、私は現在進行形でかつてないピンチに襲われている。


「ジェ、ジェーン大丈夫か……?」

「だ、だいじょぶ……へいき……」

「全然平気そうに見えないんだが……ちょっと休もうぜ」

「いい……はやく……はぁっ……行こうぜ……」

「いやいや、そんな疲れてる状態で行けるわけないだろ。ほら、一旦座って」

「はぁ……はぁ……」


有無を言わさず道端にあった倒木に腰を下ろすように促される。

レイルの言う通り、今の私は疲労困憊でまともに動けない状態だった。

……正直、このまま進むのは自分でもキツいと思っていた。


でも……まだ迷宮にたどり着いてすらいないんだぞ!?


「そんな急がなくても迷宮は逃げないって。ほら、水。落ち着いて飲んでくれ」

「はぁ……んく……ん……ふぅ……」


鉄杯に注がれた水をお礼を言う気力もなく受け取って、息を整えつつ飲み込んでいく……。


現在地は、迷宮の入り口があるユレアイト山の中腹部までの登山道。

歩きやすいよう多少は舗装されているとはいえ、山道を歩くのなんて初めての経験だったので、思いがけず体力を消費してしまっていた。

その上、今の私は大量の荷物を背負っている。

ここに来るまでに買い揃えた冒険道具だ。いきなり迷宮に潜ることになったので、必要なものを急いでかき集めた。

食料飲料、テントに寝袋、ランタン、松明、ロープ、ナイフ、簡易調理器具……等々。

それらを詰め込んだ背嚢は私が背負うには大重量で、身体強化魔術バフを使っても身体が悲鳴を上げている。

竜車を降りて、数十分歩いただけでこれだ。

……それに、サイズの合ってない下着を付けているせいで、息苦しいのも辛い。肩紐も食い込んで痛いし……。


「荷物のせいだろ。俺が代わりに持つよ」

「……や、それは……さすがに……」

「遠慮しなくて良いって。流石にそれ背負ったまま戦闘なんてできないだろ」

「んぐ……」


確かに、一々背嚢を下ろして戦うのも現実的じゃない……。

レイルのされるがままに、背嚢をひっぺがされてしまう。


「おっと、えらく重いな。こんなに一杯何持ってきたんだ?」

「何って……色々だよ。迷宮潜るんだから装備は色々と必要だろ」

「そうか? お……食料が多いな……それに、テントか?これ」

「そうだよ……」

「迷宮でテント張るのか?」

「……」


……………………。

……言われてみると、張らない……。

迷宮の中で周りが見えないテントを張って過ごすのは、あまりにも危険すぎる……。

というか、そもそも寝泊まりするほどの時間を掛けるような依頼でもない。


……バカか私は!

クソッ、迷宮に潜れるって思ってテンション上げすぎてた!!

しかも安い買い物じゃなかったし! 長く使うものだからって高価なの買っちゃったから、当初の生活費の大半は消し飛んだぞ!

今更後悔しても遅いけど、もうちょっと冷静になるべきだった……!


「……もしかしたら……そんな機会も……あるかもしれないだろ……!」

「そうかなぁ」


恐らくそんな機会はないと自分でも思いつつも、何とか誤魔化す方向に持っていくことにした……。

自分の失敗から目を反らして、ちらりとレイルの装備を確認する。

レイルはレイルで装備がおかしいような……。


「……レイルは、何を持ってきたんだ?」

「俺? そんなに大したものは持ってきてないけど……」


言いながら背中に担いでいた背嚢を降ろしたレイル。

中身は……剣、剣、剣、剣、剣、剣。

総勢6本の剣に、少しの食糧、水筒、水薬の入った瓶、毛布、後は……砥石か……?


「……いや、柄が盛大にはみ出してたときから思ってたんだけどさ。何でこんなに剣ばっかり持って来てんだよ」


まさか六刀流の剣士でもあるまいし。

そんな曲芸染みた真似する奴はミセラ一人で十分だぞ。


「これはスペアだよ。よく壊しちゃうからな、多く持ってきてるんだ」

「スペアって……これ全部使い潰す気か?」

「ああ。大体6本くらいあれば経験上足りてるんだ」

「いや、一体どういう使い方してんだオマエ……」


どう考えても普通じゃない。

確かに剣一本で5体とモンスターは斬れないなんて話は聞くけど、刃毀れなら研いで治せるだろう。

……もしかしてこいつ、とんでもなく不器用な奴なのでは……。


「というか一回の討伐で剣を6本使うって、出費がすごいことにならないか……?」

「んー、まあ、そうなるな」

「そうなるな、じゃなくて……。それならもっとグレードの高い剣とか、魔術の付与された剣を使えばいいだろ」

「でも高いだろ? そういう剣」

「毎回剣6本分の出費を貯めればすぐ買えるだろ! それまでハンマーとか棍棒とか壊れにくい武器使ってさぁ」

「うーん……でも剣じゃなきゃなぁ」

「……なんか理由でもあるのかよ」


やっぱり剣士だから剣以外は使えないのだろうか。

剣士のことなんて何も知らないけど、この図体で長物ぶん回してりゃ大抵のモンスターは倒せそうなものに思える。

実際うちの副団長さんがそんな感じだし。


「いや、単に剣に憧れがあるっていうかさ。……目標にしてる人がいるんだけど、その人が剣を使ってたから俺も剣を使いたいっていう、それだけの理由だよ」


──それは。


「……そういう理由なら、分かる」


だって、私も同じ理由だ。

私が魔術を使うのも、敬愛している人──母上の真似をしているだけなのだから。

私が物心つく前に亡くなったせいで、どんな人だったかすら覚えていない。

受け継がれた魔術の素養だけが、母上との繋がりを示してくれる唯一のもの。


……だから、父上であっても、否定してほしくはなかった。


「ごめん……他人に、簡単に否定されたくはないよな」

「いや、いいんだよ。自分でも馬鹿なことしてるって分かってるしさ」


自分が言われて嫌なことは、他人に言うべきじゃない。

そんな当たり前のことなのに、私はどうしてこうも思慮が足らないのか……。


「本当に気にしてないから大丈夫だって! ……あ、そうだ。来る前にさ、これ買ってきたんだ。ほら」

「……?」


そう言ってレイルが背嚢のポケットから取り出したのは……紙に包まれた、白いふわふわした何か……?


「なんだ、これ?」

「わたあめだよ。ジェーン、よくわた……わた……って呟いてるから好物なのかと思って。ほら、やるよ」

「…………そういう意味で言ってたんじゃないぞ!?」


どんな勘違いしてんだコイツ! 勘違いするようなこと言った私も悪いけどさ!

ああもう! それでなんで好物だと思ったからって買ってくれたんだコイツは!?

良い奴かよ!! 良い奴だな!!


「あれっ。もしかして嫌いだったか……?」

「ぅ……いや……好き、だけどぉ……」


甘いものが好きなだけであって、別にわたあめが特別好きな訳じゃあない……。ないんだよ……。

そんな悲しそうな顔で見られたら、文句の一つも言えないだろ……。


「そっか! 良かった! ほら、食べとけ。疲れた時には甘いものって言うしな」

「う、うん……ありがとな」


差し出されたわたあめを仕方なしに受け取って、一掴みちぎって口に放り込む。

舌に触れた瞬間にふわふわは溶けてなくなって、素朴な甘みだけが口の中に残った。

……物足りない。今度は本体を直接齧った。


「それ食ったら出発しようぜ。後もう少し歩いたら着くさ」

「んむ……」


ふわふわにかぶり付きながら、私は頭をこくんと縦に振った。


***


「着いた……! あれが、ユレアイトの迷宮……!」


ユレアイト山の中腹。

切り立った山肌の裂け目に、ぽっかりと大きく開いた入り口があった。

その手前には、門番の待機する駐屯所らしき仮設の建物が見える。


「レイルーっ! こっちだっ! 早く早くっ!!」

「めちゃくちゃテンション上がってんなぁ」


これでテンションが上がらない訳があるかってんだ。

ずっと前から楽しみにしてた冒険が、今まさに始まろうとしているのだから……!


「ほら行こう! すぐ行こう!」

「走ったら危ないぞージェーン」

「子供扱いすんなっ!!」


実際まだ成人してないけど!

でもそれにしたって、子供に言い聞かせるような注意はやめてくれ!


「もうっ! ほら、早くっ! ギルドからもらった通行証は無くしてないだろうな?」

「大丈夫だよ」


急かすようにレイルの背中を押す。

ポシェットにしまい込んでいた通行証を引っ張り出して、門番の待つ駐屯所へと小走りで向かった。


駐屯所に近づくと私たちの足音を聞き付けたのか、一人の男が中から出てきた。


「冒険者か……。二人で間違いないな?」

「ああ、はいこれ通行証」


レイルが通行証を門番に差し出した。私も併せて差し出す。


「うむ……ん? お前、顔を隠してるな。ちゃんと見せろ」

「……あん?」


私の顔を見た途端、門番は眉間にシワを寄せてそんなことを言ってきた。

もちろんそんなこと出来るわけがない。


「嫌だよ。なんで」

「そんなもの怪しいからに決まっているだろう。指示に従えないのなら、通行証があろうと通さんぞ」

「顔を隠してる冒険者なんざザラにいるだろ……。大体、ギルドが通行を許可したからこうして通行証があるのに、オマエの判断でダメとか言える立場なのか?」

「あぁそうだ。それくらいの権限はある。顔を見せないなら通行は許可しない」


……もしかしたら、私はもう既に捜索願を出されていて、検問をしているのかもしれない。

だとしても、そのくらい織り込み済みだ。


「──分かった。じゃあもういいよ帰る」

「えっ! おい、ジェーン!?」

(いいから、話合わせろ)


ぐいぐいとレイルを押し出して、退却する演技をする。


「……フン」


門番が背を向けて建物内へ戻っていく。

──そこだ!


オブ翳りてリヴィ曖昧とオンなる!」

「!?」


反応の隙を与えないように短縮詠唱の忘却魔術をぶち当ててやった。

結果は──……。


「……あれ? ……ん……?」


大成功。ここ数分間の門番の記憶は有耶無耶になる。


「おい、冒険者二人だ。これ通行証な。じゃ」

「ん? あ、ああ」

「えっえっ」

「何やってんだレイル。置いてくぞ」


混乱している門番に二人分の通行証を突き付けて、迷宮への入り口に向かっていく。

──この程度で私の冒険への憧れを止められると思うなよ!


「こ……怖ぁ~……!」


何だかレイルが私にビビっている気がするけど、放っておいた。


*** ***


「う~わ、やったよ姫さん……。衛兵に魔術ぶち当てるのって、一応重罪なんだけどな」

「……団長」

「ん? どした」

「検問なんてやってないですよね、今。なんか引っ掛かって……」

「……確かにやってないが。……諜報部聴こえるか。ユレアイト付近で妙な事件とか起こってないか調べてくれ」

「あーいえ、単に気になっただけなんですけどぉ……」

「単にあの門番が仕事熱心なだけかもしれんがな。……お前の勘は結構当たるからヤなんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る