24.王女様はアドベンチャラーの夢を見るかⅢ

夢を見ている。


***


リシアの街にある、冒険者ギルド『龍の金鱗』。

商業区からは反対側の街の端に位置し、大通りからは少し外れた場所にあるその建物には、朝夜問わず沢山の冒険者で賑わっている。

しかし今の時間帯は、ちょうど冒険者たちが依頼を受けて出て行った頃合いなのか、ギルドの中の人影はまばらだった。


「まずは、依頼掲示板クエストボードの確認からだな……っと」


階段を二段飛ばしで降りていく。こんなこと城でやろうものなら、もれなくお小言を貰うところだ。

けど今の私は自由! 誰に文句を言われることもないのだ!


「よっと、到着……お」


無事に一階に降りて、目当ての依頼掲示板の方を見れば、昨日ぶりに見た大男の後ろ姿。


──レイルだ。


依頼掲示板を見て難しい顔をしている。何やら悩んでいるようだった。

正体がバレてはいけないからあんまり親しくなる訳にもいかないけど、昨日の恩もある。世間話するくらいはいいだろう。

近づいて、声を掛けてみる。


「よう」


レイルがこちらに気が付いて、私に視線を落としてくる。

やっぱりでかい。身長差のせいで首が痛くなるくらい見上げないと目が合わない。

相手からしたら私の目の位置も分からないだろうけど。


「お。よう、ジェーン! 遅かったな。寝坊でもしたか?」

「ほっとけ。お前だって人のこと言えないんじゃないのか? まだここにいるってことは、そっちも遅れてきたんだろ?」

「ん? あー……いや、俺は依頼が張り出される前からずっと居たさ」

「……どういうことだ? 何か悩むようなことでもあるのか?」


そう言うと、ちらりと掲示板に視線を移したレイル。どうやら、今ある依頼の中でどれを受けるべきか迷っているような、そんな素振りをしている。

私も追って掲示板に目を移す。

掲示板に張られている依頼は、既に冒険者たちに取られた後で、疎らになっていた。


──依頼掲示板に張られている依頼は、上から高難度のものが順に張り出されていく。一番下には報酬の安い、いわゆる雑用依頼が張られる。依頼を受けるには冒険者等級も関係してくるので、新米は雑用依頼から、というのが定番だ。


(私が受けられそうなのは……碌な依頼がないな)


昨日冒険者として登録されたばかりの私に受けられるのは、一番下の雑用依頼からなんだけど……正直言ってどれもあんまりな感じだ。

薬草や鉱石なんかの素材納品、農園の害獣駆除、街のお手伝い……。どれもこれも、冒険とは言い難い。

もっとこう、迷宮の探索! モンスターの討伐! 未知の遺跡の調査! とか、そういう冒険冒険したものを想像していたのだけど……。


(まぁ、新米にそんなもん任せるわけにはいかないだろうけどさ)


こればかりはどうしようもない。

最初は地道に頑張るしかないだろう。


一番下の雑用依頼から目を離して、中段の依頼の段に目を通す。


「……オマエが受けられる依頼なら、結構残ってるじゃないか。確か四爪って言ってたろ、等級」


昨日、道案内してもらう時に聞いた話を思い出す。

レイルの冒険者等級は確か四爪だと言っていたはずだ。


──冒険者等級というのは、冒険者ギルドによって決められた等級制度だ。ギルドの査定によって等級が上がっていき、受けられる依頼も等級によって変わってくる。等級は、冒険者認識表ドッグタグに刻み込まれる爪痕の数で決まる。一から十まであり、数が多いほどその等級は高い。


なぜ爪痕で区別しているのかというと、冒険者認識表ドッグタグに使われている技術に関係している。

冒険者認識表は竜鋼ドラゴメタルと呼ばれる、人工的に製錬された特殊な鋼から作られる。その硬度は竜の鱗並みに高く、実際かどうかは知らないが、竜の爪や牙でしか傷がつかないと言われている。

ギルドは竜の爪を加工した尖筆を使って、認識票に文字や爪痕を彫っていく……らしい。

全部本の知識だ。


自分の認識票にはまだ自分の偽名しか彫られていない。最初の依頼をこなすことで、初めて一つ目の爪痕を残せる。

レイルの四爪等級というと、冒険者として中級層に位置する。受けられる依頼の数もここから飛躍して増えていく。


(依頼を任せるのなら、ズブの素人よりも評価がある奴の方が誰だっていいからな)


現に、掲示板に残ってる依頼は、四爪以上からという条件付きのものが大半だった。


レイルにそう問うと、頭を掻きながら恥ずかしげに溢してきた。


「あぁ、えぇと……実は俺、字の読み書きが出来なくてさ。依頼書が読めないんだよな」

「……そういう事か」


冒険者になるのに資格はいらない。例え山奥の秘境からやってきたとしても、言葉の疎通と身元が証明できるものがあれば、誰でもなれてしまう職業だ。読み書きが出来ずとも、冒険者にはなれる。

が、当然不便ではある。現にこうやってレイルは依頼が読めなくて困っているのだから。

けど、そんな人たちにもちゃんと依頼が理解できるようにギルド側の整備もされている。

例えばギルド併設の代書屋。そこに依頼書を持っていくと依頼の詳細説明から代書、依頼の受付までスムーズに行える。その分代金は割増だけど。

それに、そもそもの依頼書にも細工はされてあるはずだ。


「枠の色と絵でどんな依頼かは分かるようにしてるって聞いたけど、それで分からないのか?」

「あぁ、うん。モンスターの絵が描かれてる奴が討伐依頼だよな。それは分かる」

「詳しく言うと、枠の色で討伐か生け捕りか変わってくるけどな」

「……そうなのか?」

「……そうだよ」


神妙な顔をして尋ねてきたレイル。

うん。中々にお馬鹿らしい。

これで2年も冒険者やってるんだって言うんだから、今まで大変だったろうな。

……それにしても。


「もしかして、この時間まで待ってたのって、邪魔にならないように気を遣ってたのか?」

「おぉ、よく分かったなジェーン。俺、身体がデカいから邪魔になるし、そんなに急いで受けたいものもないからさ」


ははは、と朗らかに笑って答えたレイル。

昨日もそうだったけど、コイツは筋金入りのお人好しだ。良い奴すぎて少し心配になってしまうくらいに。


「はぁ……昨日の礼だ。わた……俺が代わりに依頼を読んでやるよ」

「え。い、いいのか?」

「いいよこのくらい」

「すまん! ありがとうジェーン!」


ずずいと寄られて感謝される。

大柄な体躯が迫って、思わず一歩引いて身構えてしまう……!


「い、いいって言ってるだろ! ほら、何を受けたいんだ? 希望を言え」

「あぁ! えっと、やっぱりモンスター討伐だな」

「モンスター討伐ね……」


さもありなん。

見た目通りの前衛職らしく、モンスター討伐がメインだろう。

……失礼だけど、頭使うような種類の依頼は向いてないだろうしな。


「後、なるべく硬くない奴がいいなぁ。倒すのに疲れるからさ」

「硬くない奴か」


確かに、筋力全振りの前衛職に硬い相手はキツいだろう。見たところ武器は剣のようだし、剣が効かない相手に苦戦するのは目に見えている。

魔術の掛かった武器でも持ってれば別だけど。


「これだな。ユレアイトの迷宮……に住むワーウルフの討伐……」

「ワーウルフ──人獣型か。うん、それなら良さそうだ!」


その依頼を読み上げた時、私の頭にある考えが浮かんだ。


──通常、中級向けの依頼は下級位には受けられない。けれど、中級位の冒険者がリーダーのパーティに入ることで、下級位の冒険者でもその依頼に同行できる。

もちろん、私みたいな爪痕一つない新米であっても、だ。


(この依頼に同行すれば、かなりの経験点を稼げる……)


私の目的は、なるべく自分一人の力で、冒険者として生きていけるようになることだ。

人に頼ってしまうというのはそれに反するけど……。

雑用依頼を受けてちまちま稼ぐよりも、遥かに目的に向かって近道できる。

私の力も、どちらかというとモンスター討伐に向いているからな。

さっさと等級をあげて、一人で討伐依頼を受けられるようになる方が建設的だろう。


何より、場所が迷宮だ。内容がモンスター討伐だ。

──これぞ冒険と言わずして何を冒険と言うのか!


「なぁ。少し相談があるんだけど──」


考えは決まった。

後はコイツの依頼に同行させてもらえるよう、私という冒険者せんとうりょく売り込みアピールを行わねばなるまい──……!


***


「うん、分かった。いいぞ」

「本当か!? いや、オマエ! こっちが言い出したことだけどもうちょっと考えて返事しろ!?」

「えっ」


私の頼み事を聞いたレイルは、最初は驚いてたもののあっさりと承諾してしまった。

あまりにも呆気なさ過ぎて思わず突っ込んでしまう。

普通、もっとこう……渋られるものじゃないだろうか?

命を懸ける場に、冒険者登録したばかりの新米なんて連れて行きたくないだろ。


「話ちゃんと聞いてたか? オマエの依頼にわた……オレも付いていくんだぞ? 本当に問題ないんだな?」


念押しするように確認すると、レイルは能天気そうな顔で答えた。


「おう、俺は大丈夫だよ。依頼の仕組みがどうなってるかはよく知らないけど、いけるなら行こう!」

「同行については認められるはずだけど……いいんだな本当に……?」

「あぁ。これを受けたらジェーンは助かるんだろ? なら手伝うよ。俺、暇だからな」

「暇だからって……オマエなぁ……」


閉口してしまう。

この男は人を疑うということを知らないのか。

……詐欺師のカモにされてないだろうか、こやつ。


「それに、ジェーンは強そうだ。なんとなくだけど分かる」

「──ん。ま、まぁー、そこらへんの魔術師よりかは強い自信はあるぞ? 冒険者としては新米だけど、魔術師としては期待してくれていい……と思う」


強さを認められて悪い気はしない。……いや、むしろ、かなり嬉しい。

顔がニヤけそうになるのを抑えながら──いや、抑えなくてもいいのか。見えないんだから。


「頼もしいな! 俺は見ての通り斬ったり殴ったりくらいしかできないからさ、魔術が使えるやつと一緒なら心強いよ!」

「……お、おう。任せてくれ」


顔は隠せていても、声色は隠せない。

努めて平静を装い、内心の嬉しさを悟られないように答えた。


*** ***


「おーおー楽しそうに。姫さん、アイツのこと気に入ったみたいだな」

「何ですかあいつ不敬ですよ不敬!! なに姫様と仲良くなっちゃってるんですか!? あいつしょっ引きましょう団長!!」

「落ち着けミセラ。別に今のところ何の問題も起こしてねぇだろ」

「団長は甘いです!! あの男絶対何か企んでますって!! 姫様の可愛さに我慢できなくなって誘拐しちゃうかもしれませんよ!?」

「顔も分かってないのにそんなことになるわけあるか……っと、諜報部からの連絡きたぞ。あの男の身元が分かったみてぇだな」

「!! 早く見ましょう団長!! 絶対あいつ前科もってますよ前科!!」

「落ち着けってば……どれどれ……えー、名前はレイル・グレイヴ、年齢は19歳。出身はリュグネシア北東部、ルチル村──農村だな。二年前に冒険者登録して、現在は冒険者等級四爪。犯罪歴もなし。うん、善良な一般市民だな」

「ぜぇーったい嘘ですよ!! あーいうのに限って何か重大な秘密を隠してるものなんですって!!」

「創作物の読みすぎだお前は……。お、姫さんが依頼を受けるぞ。レイルの依頼に同行して経験点を荒稼ぎする魂胆だな。姫さんらしい」

「あいつとジルア様が二人きりになるんですか!? やばいですよ団長!! ストラス様も絶対止めますって!!」

「ストラスは姫さんの下着問題で手一杯だ。妹の発育が把握出来てなかったって大騒ぎしてるぞ。今頃アルルも巻き込まれてるだろうな」

「うわ……ちょっと団長セクハラですよその発言……」

「事実を述べただけだろうが。それよりもギルドに手ぇ回してこい」

「はぁーい」


「あ、それと宿部屋の変更も加えてな。浴室付きの部屋。ストラスがうるせぇのなんの……別に風呂くらい数日入らなくったって死なないだろうに」

「女の子は身だしなみが大事なんですー!! もー、何も分かってないですねお兄ちゃんは……そんなんだから毎日ストラス様にお小言もらうんですよ?」

「お兄ちゃんいうな。いつまで妹弟子のつもりだお前は……。ほら、さっさと行ってこい」

「承知いたしました団長殿!! 不肖ミセラ!! 必ずや任務を遂行して参ります!!」

「あんまりふざけるようなら任務から降ろすぞ」

「あぁん、ごめんなさいぃ~!!」

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