23.王女様はアドベンチャラーの夢を見るかⅡ
夢を見ている。
***
「……んぁ……?」
目を覚ますと、見慣れない天井が目に飛び込んできた。
……。あれ、ここはどこだ……。
「ふわあぁ……! んむ……?」
ぼんやりとした意識のまま、伸びをしながら起き上がり、周りを確認する。
自分の寝ていたベッドの他には机と椅子だけという、何とも質素な部屋。
いつもの王城の自室でないことに違和感。
「どこだここ……?」
狭いし、ところどころ汚れているし、ベッドが固くて身体中が痛い……。
昨日は一体何をしてたんだっけ……?
朝は頭が回らない……。いつものように、用意されている熱いハーブティーを飲まないと、脳が起きてくれない。
けど、辺りを見回しても、そんな用意なんてされていなかった。
「誰かー……? いないのかー……?」
呼びかけても返事は無い。いつもなら誰かしらが部屋の外に待機しているのに。
……そもそも自分で起きるというのが何かおかしい。大体は侍女に起こされて、身支度を整えたら朝食を食べに行くという流れのはずだ。
イマイチ脳が動いていないまま辺りを見渡すと、壁に安物の魔晶計が掛かっているのを発見した。
魔晶計は、いつも起きている朝の時間帯を、2時間も過ぎていることを示している……。
…………朝食に遅れる!?
父上に怒られる!!
「やばっ! ……あっ」
サアァーッと血の気が引いて慌てて飛び起きた拍子に、今の状況をようやく思い出した。
「……そっか。もう私は、冒険者なんだった」
そうだ。リュグネシアの王女という身分は(一方的に)捨てたんだ。
世話をしてもらう侍女なんかいるはずもないし、朝は自分で起きないといけないし、ハーブティーが飲みたければ自分で淹れなきゃいけない。
誰かに頼ることなく、自分のことは自分でやる。それが、身分を捨てて、冒険者となった私の日常になるんだ。
「よし……っと! んん……やっぱりベッド固いな……身体がバキバキする」
ベッドから立ち上がり、凝り固まった身体を伸ばすように腕を大きく回す。
窓を開けると日光が差し込んできて眩しい。今日も晴天だ。
そして服を着替えようとしたところで、あることに気が付いた。
「昨日着てた服のまんまだ……」
それに気が付いたところで、色々と昨日のことを連鎖的に思い出していく。
そうだ。昨日は宿を見つけられずに途方に暮れていたところを、レイルと名乗る冒険者に助けてもらったんだった。
それからギルドまで案内してもらって、宿の取り方を教えてもらって、ようやくこの部屋に辿り着いた時には、既にいつも寝ている時間帯を3時間もオーバーしていた。
疲れ切った私は、湯を浴びることも着替えることもできず、ベッドに倒れるように眠ってしまったんだった。
「うわぁ……どうしよう……。今日はこれ着たまましかないのか……?」
湯も浴びずに寝てしまったせいで、身体がベトついている……気がする。
服の匂いも気になるけど、着替えなんて用意していない。性別を隠しているのだから香水だって使えない。
何か、乙女として大事なものを無くしてしまったような気分になる。
「とりあえず身体だけでも綺麗に…………浴室がないぞ……?」
(元)王女としてのプライドがズタボロになりながらも、せめて湯だけでも浴びようと浴室を探す……けど、この極小の宿部屋にそんなスペースはあるわけなかった。
せいぜい顔や手を洗うのに使ってくださいって感じの水瓶があるだけ。
まさか、これで身体も洗えってことなのか……?
「うそぉ……?」
あまりの衝撃に裏返った声が出る。
湯浴びすらできないって、どんな生活だよ! と叫びたかったけどなんとか堪えて飲み込んだ。
冒険者にとっては、これが普通なのかもしれない。
一般常識のない私にとっては衝撃の事実だけど、実際用意されてるのがこれなのだから仕方ない。
でもこれはさすがに……なんて悩んでいる間に時間が過ぎていく。
今日は依頼を受けると決めているのだから、こんなことで時間を浪費していられない。
「仕方ない……よな」
覚悟を決めて、昨日から着通しの服を脱いでいく。
姉さんからの贈り物であるどこぞ(お高い店らしいが名前は忘れた)の
一糸纏わぬ姿になって、水瓶から掌で水を掬い、ぱしゃりと顔に掛ける。
「~~~ッ! つべたいっ!!」
身震いする冷たさ。思わずぶるりと身を縮めた。
暖期から寒期に変わりかけの時期でまだ暖かい方とはいえ、早朝は冷え込む。
用意されていた手拭を取って、水に沈めて固く絞る。水分を含んだ手拭で身体を軽く拭き、髪を撫でるように濡らしていく。
石鹸なんて置いてあるわけもないから、これで我慢するほかない。
「うぅ~~~っ寒い寒い寒いぃ……」
冷たい水が体温を奪っていき、寒さで震えが止まらない。
冒険と全く関係ないところで心が折れそうになってるけど、こんなことで挫けてる場合じゃない……!
「……よしっ。早く杖っ、杖っと」
急いで身体を清め終わり、かじかむ手で杖を取った。
急いで身体を温めなおさないと、冒険に出る前に風邪を引いてしまう。
「
三小節詠唱の火属性魔術を省エネで発動。
何とも贅沢な乾かし方だけど、今は四の五の言っていられない。
杖先に灯した火がうねり、熱風を生む。暖かな風が身体を包み込み、徐々に温まっていく。
想定以上に燃え広がらないように気を付けながら、髪と身体を乾かしていく。
「はふぅ……」
全身が乾き終わって、ようやく人心地。
かなりスッキリした。水で拭っただけとはいえ、気持ち的には随分と違う。
脱ぎ捨てていた下着を手に取り、再び身に着けていく。
するりと脚に通して、腰のラインにフィットするように引き上げる。
「んむ……」
少し感じる違和感。……いや、キツさ。
それを意識的に無視して、今度は胸を下着に収めていく。
邪魔な肉の塊をぐっと押し込んで、後ろのホックを何とか留める。
「ん……んん~っ! きっついぃ……」
今度は無視できないほどの違和感。胸がキツくて息苦しい。
…………サイズが、合ってないんだよなぁ……。
年々育っていく自分の身体が気恥ずかしくて、下着を新調する際もサイズは変えずにいたけど、流石にもう限界らしい。
むにりとお尻の肉を摘んでみる。座ってばっかりだったから、お尻に脂肪が溜まりやすいのかもしれない。
けど、胸の肉の方も最近留まることを知らないくらい増量してきて……。
「動くのに邪魔なんだけどなぁ……」
はぁ、と溜息混じりに誰に向けてでもなく愚痴ってみる。
これから冒険者として活動するというのに、動きにくいのは非常に困る。
いよいよ下着のサイズ新調も含めて、本格的に対策を考えないと……。何にしても下着も服も一着しかないのは問題大アリだ。
この ”冒険者になろう!” 計画はかなり前から計画していたとはいえ、突発的に出奔してしまったので、手持ちの荷物は極最小限だ。
換金用の宝石類だけは服の随所に縫い付けてあるけど、その他の持ち物は小さなポシェット一つに収まってしまうほど少ない。
「これから色々と買い揃えなきゃダメだな」
……なんてことを考えていると、一つ問題があることに気付いた。
「……私、このままじゃ女物の品買えないのでは……?」
人前に出る時は変装で不審者になっているので、その状態で女性向けのお店なんて入ると通報されてしまう。
かといって素顔で出歩くのはリスクが大きい。今頃城でどういう騒ぎになっているか知りようもないけど、流石に捜索願いくらいは出されていると思う。
そんな状態で素顔でなんて出歩けない。もうあの場所に戻る気はないのだから、間違っても連れ戻される羽目には陥りたくない。
かといって、必要なものは必要だし……。
女は色々と入用になるものが多くて困る。
「全然考えてなかった……どうしよ…………って、あっ」
全身黒一色のローブに袖を通そうとした時に、じゃららっ、と固い何かが当たる音がした。服に縫い付けた換金用の宝石だ。
それに気付いて、一つの対応策に思い当たった。
「そっか、アルルがいたな」
この服に縫い付けた宝石は、アルルのやつが『こうして服に縫い付けておくと、お財布を落としたり盗まれたりしても安心ですよ』なんて言われて、勝手に縫い付けられたものだ。
私はそんなヘマはしない! って言ったけど、なぜかアルルは私がドジだって勘違いしてるみたいだからな……。
アルル──私と同い年の、オンボロ骨董品店の店員の顔を思い出す。
アルルは私の唯一といってもいい友人だ。向こうがどう思っているかは知らないけど……。
そして、私の ”冒険者になろう!” 計画を唯一知っている人物でもある。
この変装用の衣服、それに偽の身分書まで用意してくれたのは全てアルルだ。もちろん対価と引き換えにだけど。
なんで偽の身分書なんてものが骨董品店に用意できたのかは謎だが、その辺はあまり深く突っ込まない方がいい気がする。
「アルルに手紙出して、必要なものは送ってもらおう」
『これ以上厄介な事には巻き込まないでくださいね?』なんて言われてたけど……ごめん、もうちょっと頼らせてくれ。
持つべきものは友っていうしさ。お金もちゃんと払うから……。
「おっと、時間がないぞ!」
魔晶計の針が、起きてからそろそろ一周しようとしている。
冒険者の受けるクエストは、ギルドが開くとともに張り出されて早い者勝ちで受注される。
早く行かないと良い依頼が無くなってしまう。……といっても、昨日登録したばかりの新人が受けられる依頼なんて、たかが知れているだろうけど。
「んしょっと……ヨシ!」
ローブを着て、姿見の鏡の前でくるりと回ってみる。
うん。不審者。けどまぁ変装なんだから仕方ない。
指輪をするりと撫でて魔術を起動すれば、顔にもやが掛かっていく。
これで私の存在を、誰も気に留めなくなる。
「行くか。──本日も、地母龍様のご加護がありますように」
今日こそは、冒険者としての第一歩を踏み出すんだ。
お決まりの地母龍への祈りを捧げて、部屋を後にした。
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