18.竜の心臓
「お前はもう一人前だ。仕事をして稼いでこい」
そう言ったのは、いつも飲んだくれていた父の姿。
4人の弟妹たちの兄だった俺は、弟妹たちの食い扶持を稼ぐ必要があった。
子どもながらに村の色んな仕事を手伝って、貰ったなけなしの金銭で何とか4人を養っていた。
もう顔も名前も覚えていない家族だけど、あいつらのためにいつも必死になって働いていた。
そんなある日、父は俺をまっとうな仕事に就かせると言って、俺をある男の元に連れてきた。
父と男が何やら交渉をして、男から大金を父が受け取っていた。
子どもながらに、そんな大金を前金で払うほど大事な仕事を俺に任せるなんて……と、内心恐怖していたのを覚えている。
俺は馬鹿だから、父と男の話している内容が分からなかった。
人買いに売られたのだと気付いたのは、ずっと後になってからだった。
父と男の話が終わって、俺は男の乗ってきた竜車に乗せられた。
機械仕掛けの竜車なんてものに乗るのは初めてで、少し興奮していた。
「俺はどこで働くんですか?」
能天気にもそんなことを聞いていたと思う。
「ん? あぁ、若くて丈夫な男がほしいって募集があったから、まずはそこに売り込みを掛ける。何をするかは知らんが」
男はそれだけ言って、竜車の操作に意識を向けた。
竜車の荷台には同じような年ごろの少年達がいた。
俺を含めて10人ほどいただろうか。
皆一様に表情はなく、虚ろな目をして座り込んでいた。
どうにも話しかける気にはなれず、俺は荷台の端っこに座って、父から餞別として貰った腐っていないパンに噛り付いていた。
***
暫く進んで、日が落ちて暗くなってきた頃に、ようやく目的地に到着した。
荷台に乗せられていた俺たちはそこで降ろされた。
今まで見たことないほどに大きな、石造りの建物だった。
一体何の建物なのか、想像も付かなかった。
入り口にあった硝子のドアが不可思議にも横に開いて、数人の男たちが出てきた。
皆一様に白い外套のようなものを羽織っていて、少し不気味だった。
白い男たちは、俺たちを運んできた男と話し合っていた。
少し経った後、何かの袋を受け取った男は竜車に戻り、俺たちを置いて去っていった。
どうやら、俺たちはここで働くらしい。
「一列になって付いてこい」
そう言われたので、俺たちは白い男たちの後を付いていく。
よく分からない仕掛けの硝子のドアを抜けて、無機質な白い通路を進んでいく。
建物の中は見たこともないような機械で溢れていて、それらを目にする度に立ち止まっていたので、何度か注意された。
暫く付いていくと、広い部屋にたどり着いた。
部屋の真ん中には何に使うのか分からない大きな機械があった。
「今から検査を行う。列の順番であの機器の上に乗れ」
白い男たちがそう指示して、機械の横に立って何かの操作を行っていた。
一体何の検査なのかなんて聞ける雰囲気ではなかった。
ただ言われるがままに列の先頭の奴が機械の上に立った。
半円形の機械がせり出してきて、機械の上に立った奴の頭の上を通り抜けていく。
それを見守っていた俺たちは一体何が起こるのかと不安になっていたが、どうやらそれだけだったらしい。
「もう降りていい。次の奴、こい」
恐らく、あの半円形の機械が擦り抜けることで、何かを検査しているのだろう。
一人また一人と機械に乗っていく。
そしてついに列の最後、俺の番になった。
「最後だ、こい」
「はい」
機械の上に裸足で立つ。
半円形の機械が頭の上を通過していく。
少し緊張して身構えていたけど、特に何もなかった。
「最後のお前、ちょっとこい」
「俺ですか?」
列に戻ろうとしたところで、機械を操作していた男に呼び止められた。
男は俺の検査結果を見て驚いたようで、同じく機械を操作をしていた男に興奮気味に話しかけていた。
「ダントツで数値がいいぞこいつ。おい、お前名前は?」
「 です」
もはや記憶から消え失せてしまった名前を答えた。
「そうか。おい 。お前は才能がある。付いてこい」
「え?」
有無を言う暇もなく手を引かれて部屋から連れ出される。
背後を振り向くと、一緒に連れてこられた奴らが全員俺のことを見ていた。
羨ましそうに見る目。
妬むように睨みつける目。
何の感情も映していない瞳で見つめる目。
たった数時間の付き合いでしかなかったけど、俺は彼らに親近感を持っていた。
一緒の仕事をするのだし、同じ境遇にいる者同士助け合えると思っていた。
──結局、彼らと顔を合わせたのはそれが最後だった。
***
「ここがお前の部屋だ。好きに使え」
「俺の部屋、ですか?」
あの大きな機械があった部屋から連れ出されて、長い通路を歩き、何度も階段を上り下りしてたどり着いた部屋の前。
少し疲れてきた俺に向かって、白い男はそう言った。
鍵を使って扉を開いたその先は、俺の住んでいた廃屋と比べるべくも無かった。
広くて綺麗な部屋だ。
新品のベッドとテーブルと椅子があって、風呂や便所まで備え付けられている。
こんなところをあてがわれるなんて思いもせず、俺はただ呆然としてしまった。
「風呂と便所はここだ。食い物はこの棚の中にあるものを食え。一日に一度掃除と補給が行われる」
「あ、あのっ……! 俺は一体何をすればいいんですか? それに、さっきの検査で分かった才能って一体何なんですか?」
俺は怖くなって、湧き出た疑問を白い男にぶつけた。
白い男の目はどこか虚ろで、表情からは思考が読み取れない。
「お前は俺たちの研究に協力するのが仕事だ。お前の才能は俺たちの研究に役立つ才能だ」
「研究……? あの、具体的には、何を──」
「難しいことは考えなくていい。指示があるまでここで休んでいろ」
白い男はそう言って、俺の疑問には答えずに去っていった。
何をすればいいかも分からないまま、一人になってしまった。
これからここで生活することになるんだろうけど、不安しかなかった。
……俺は仕事を上手くこなすことができるんだろうか。
父が貰った金額に見合うような成果を上げることができるのか、できなかった場合はどうなるのか。
何も分からない。
ただ、俺の弟や妹たちが、あの金でお腹いっぱい食えるようになってくれればいい。
父の酒癖が悪い時に庇えないようになったのは悪いけど、一番上の弟に下の奴らをちゃんと守ってあげるように伝えたつもりだ。
ぐうぅ、と腹が鳴った。
色んな事を考えるとお腹が空いてしまう。
お腹が空いているのはいつものことだったけれど。
さっき言われた、『棚の中にあるものを食べていい』という言葉を思い出して、早速棚を漁った。
梱包された食料や缶詰がいくつかあったので、それを開ける。
乾パンや何かの肉、魚の油漬けといった豪勢な食事が入っていた。
「すごい……!これ、全部食べていいのかな」
なんだか本当に申し訳なくなってしまう。
俺はまだ連れてこられただけで、何も成していないのに。
けれど、食欲には勝てずに黙々と食べ物を口に運んでしまった。
いつも食べてた廃棄されたパンの切れ端や、虫や野ネズミの肉とは段違いに美味しかった。
久しぶりの満腹感に浸りながら、新品のベッドに寝転がった。
考えないといけないことは色々あったのに、寝転んでいると眠気はすぐにやってきて。
俺は意識をあっけなく手放して、眠りについた。
***
部屋で待機していた俺は、突然女の人に呼び出された。
「今から君には我々の研究の実験体になってもらうわ」
「じっけんたい……?」
赤い髪をした女の人だった。
綺麗な人だったけど、どこか人間離れしたような、異様な雰囲気を感じて少し怖い。
それと、無性に気になる点がもう一つ。
机の上で組んでいた右手の甲に、何か痣のようなものが浮かんでいた。
「えぇ、そうよ0番君。実験を受ける対象になるの。君が初めての実験体になるわ。光栄でしょ?」
赤い髪の女が妖しく口元を緩めた。
言いようもない不安が心の中に湧き上がってくる。
0番君というのは、いつの間にかここの人たちによって付けられていた俺の名前だった。
番号で呼ばれるのがここでの普通みたいだった。
「どうにも反応が薄いわねぇ。もしかして0番君緊張してる?」
「えっと……あの、どういう実験をするんですか?」
何の説明も受けていないから、これからどんなことをさせられるのか見当もつかなかった。
ただ、俺は上手くやれるのかどうかだけが不安だった。
「えぇ、これから説明するわ」
女の人が立ち上がって、壁際の硝子戸の棚に向かった。
棚の中には用途も分からない色とりどりの液体が並べられていた。
そしてその中からある物を取り、俺の目の前のテーブルにコトリと置いた。
薄い緑色の液体の中に、何か脈動する肉のようなものが浮かんでいる。
気味が悪すぎて、ぞわりと悪寒が背筋を駆け巡った。
「……これ、は……?」
「『
……え?
「私が施術するから命の心配はしなくて大丈夫よ。動物実験は何度も成功しているし」
にこりと微笑んで、事も無げに語る赤い髪の女の人。
説明された言葉が頭に入ってこない。
現実味のない物語の設定を聞かされている気分だった。
あまりにも突拍子が無かった。
俺の頭では到底理解できない。
それを俺の心臓と取り換えて、どうしようっていうんだ……?
「これが成功すれば我が帝国は新たな技術を得られるのよ。君はその礎となれる」
帝国、の……。
俺は正直言って国がどうとかあまり関心がなかった。
隣国とずっと戦争をしているだとか、そんなことは知っているけど、俺の世界はあの村の中だけだった。
「……本当に反応が薄いわね。ちゃんと理解してる? 知能レベルが足りていないのかしら」
「……あの」
帝国がどうとかは関係ない。
今は俺が役に立てるかどうかが重要だ。
「それを……心臓を取り替えたら、俺は父の貰った金額に見合う成果を出せますか?」
「は?」
俺の言葉を聞いて、今度は女の人が呆気に取られた顔をしていた。
「あの、ここに来る前に、父が大金を貰っていたんです、前金で。その、俺がそれに見合う働きができないと、俺の下の弟や妹たちが困ってしまうんです」
女の人は目を丸くして俺の話を聞いていたけれど、すぐに元の笑みを取り戻した。
「ふぅん……そう来たかぁ」
何かを考え込むように呟いてから、「そうね」と言葉を繋げた。
「あなたのお父さんが貰った金額以上の成果は出せるわよ。それも、もっと上げてもいいくらいよ」
「ほ、本当ですか!?」
父が受け取った金額に見合う成果が出せると聞いて、嬉しさのあまりに思わず身を乗り出してしまった。
それに、あの金額以上にもらえるなら、弟妹たちはもっと豊かな暮らしができるはずだ。
「君は可哀想な子ねぇ0番君。その優しさも献身も、もっと真っ当な家に生まれていれば無駄にならなかったでしょうに」
「え……?」
その言葉がどういう意味かは分からなかったけれど、今の言い方には憐れむような含みがあるのは分かった。
なんだか違和感を覚えて、女の人の顔を見る。
「いいえ、なんでもないわ。それじゃあ、説明を続けるわね」
***
身体を切開されるというのは一体どれほどまでに痛いのだろうか。
俺は痛みには慣れているほうだと思うけれど、きっと想像も付かないほどの痛みに違いない。
それも、心臓を切って取り出して、別のものに取り換えるって言うんだから。
「施術中に痛みを感じることはないわ。君は意識のない状態になっているから」
「そうなんですか……?」
「えぇ。寝て、起きたらもう全ては終わっているのよ」
台の上に寝かされて、手足や胴体に何重にもベルトを巻き付けられた。
これから実験を始めるのだという。
赤い髪の女の人の他に、白い男の人が何人も俺の周りに立っていた。
怖い。
怖いけれど、これを受けないとお金を貰った対価に合わない。
家族のためにもこんな所で逃げ出す訳にもいかない。
「それじゃあ今からこれを被せるから、ゆっくりと深呼吸をして」
女の人の声に従って、言われた通りにする。
ゆっくりと息を吸って、吐く。
何か、甘い香りがする。
……なんだろうこの匂い。
……嗅いでいたら、なんだか……眠く、なる……。
「お休みなさい、0番君。次に目覚めた時には地獄にいるわ」
***
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!!!
痛゛い゛い゛た゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛っ゛っ゛っ゛っ゛!!!!!!
あ゛か゛っ゛く゛ぇ゛き゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ゛!!!!!!
い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛い゛た゛い゛痛゛い゛痛
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
死
死。
***
「適合が終わるまではずっとあのままにしておいてね。0番君の精神が壊れるか、適合が終わるかのどっちが先か、ちゃんと観察しておくこと」
「了解です。……あいつずっと血反吐吐きながら叫び続けてますけど大丈夫なんですか?」
「死ぬほどの苦痛を味わっているでしょうけど、大丈夫よ。竜の心臓の効力で強制的に回復させられるの」
「はぁ……。しかしこうも四六時中叫ばれてちゃ気が滅入ってきますよ。あいつの口塞ぐことはできないんですか?」
「身体に掛かるストレスを軽減するために叫ぶというのは大事なのよ。それに、痛みに耐えかねて叫ぶということは、あの子の意識がまだ正常だという証左なのだから必要なの」
「はぁ……あっ、気絶しましたね。いや、死んだんでしたっけ」
「えぇ、痛みに耐えかねてショック死したのよ。数分したら蘇るけれど」
***
地獄の中にいた。
痛みが絶え間なく体中を駆け巡って、叫ぶことしかできなかった。
あまりの痛みで頭が割れそうで、目の前の全てが赤く染まって前が見えない。
喉が破れるほどに叫んで血を吐き出しても、痛みからは逃れられなかった。
痛みと苦しみが頂点に高まったとき、ようやく痛みから解放されたけど、それも長くは続かない。
少ししたらまた地獄の中に放り出されて、また絶叫を繰り返すだけの存在になる。
痛みと苦しみしかない地獄を永遠に彷徨っている。
いつまで俺はここにいればいいのだろう。
いつになったら俺は家に帰れる?
そういえば、いつまで働いていればいいのか父は教えてくれなかった。
いつまで我慢してればいいんだろう。
早く帰りたい。
帰りたい。
帰りたい。
帰して。
………
……
…
***
「……ぁー……ぃ……」
あれから何日経ったのだろう。
未だにギシギシと体中が軋んで痛みが走る。
けれどもう、この痛みも慣れてしまった。
ずっと痛み続けるのなら、この痛みと共に生きていくしかなかった。
「0番君、起きてる?」
「ぁ……」
目だけ動かして周りを見渡す。
いつものように薄暗い部屋の中に、赤い髪の女の人がいた。
誰だっけ。
「おめでとう0番君。よく適合して戻ってこれたわね」
「……」
何を言っているのか理解できない。
俺は何でこんなところにいるのだったっけ。
ギシギシと体中が軋む。
ザラザラと目の前が揺らいで、ボロボロに景色が崩れていく。
思考に常に痛みが入り混じるせいで、まともな考え事ができない。
「私は信じていたわ。きっと君こそが運命の子だと。他の子は全滅したからね」
他の、子。
誰、だっけ。いつのことだろう。
痛くて分からない。分からなくて、痛い。
「君は選ばれた子。私達帝国の希望の光なのよ」
「ぃ……」
手を握られた。痛い。
何をしなくても痛いのに、動いたらもっと痛い。
「君のおかげで研究は飛躍的に進んだわ。本当にありがとう」
ありがとうって、俺は何で褒められているんだろうか。
分からないけれど、よかった。
これでやっと帰れる。
……どこに?
「もう少し回復したら、次の実験に進みましょうね。まだまだ君には頑張ってもらわないと困るもの」
まだ、ダメなのか。
まだ、
一体いつ終わるんだ。
「あぁ……我らに叡智の火を授けた
きんきんと響く金切り声。うるさい。耳鳴りもひどい。頭が割れる。
お願いだから、せめて静かにしてほしい。
***
まだ、地獄の中にいる。
実験と称して、俺は手足を され続けた。
痛みでまた意識が吹き飛んだけれど、次に起きた時にはもう元通りに戻っていた。
俺の胸に埋め込まれた
なんで、そんなものを、埋め込まれたのだろう。
そんなものを埋め込まれなかったら、こんな地獄は見ずに済んだはずなのに。
「今のところこの子しか上手くいっていないのは非常にまずいわ。心臓以外に条件があるのかもしれない。早く見つけ出さないと」
赤髪の女がブツブツ呟きながら、何かを書き留めている。
女が俺に近づいてくる度に、体が軋んで悲鳴を上げる。
「あなただけが特別だったからなんて理由は笑えないわよ?
俺の頬を掴んで、赤い髪の女が何事かを言っている。
ただただ、俺はぼんやりと聞いていた。
意味なんて理解できないし、理解できたところでこの地獄からは抜け出せない。
「……。そうね、まずはそっちを確認した方がよさそう」
俺の頬から手を放して、机の上にあった何かの紙を確認し始めた。
お願いだから、今日はどうかこのまま終わってほしい。
***
地獄にいる。
「君が特別だったことが証明されたわ。ありとあらゆる年代の子供で試してもダメ。竜の別部位を植え付けてもダメ。……あなたの血族を使ってもダメだったわ」
「あ……ぁ……」
思い出した。
思い出した、思い出した、思い出した!
俺は、あいつらのために、弟や妹たちのために、ここにいたはずなのに!
「試しに君のお父さんも使ってみたのだけど全然ダメね。心臓入れた瞬間にショック死しちゃったわ。やっぱり子供しか使えないわね」
全部忘れていても、顔を見れば分かった。
思い出してしまった。
4人の弟妹たちの と、もはや何が何だか分からない肉の塊が、部屋の真ん中に積み上げられていた。
「なんで、なんで……こんなことを……」
どうしてこんなことになっているんだ。
痛みと混乱が混ざり合い、思考がぐしゃぐしゃになって溶けていく。
痛みで視界がぼやける。
こんなの意味がない。
生きてほしかった人に死なれたら、俺がこんな事された意味がなくなってしまう。
「なんでって、最初に言ったでしょう。帝国のためにって。それよりも大幅にプランを変える必要が出てきたわ。君だけが特別だったのなら、それを有効活用できるようなプランにしないと」
「! やめてっ! もうやめてくれっ! こんなのもうやだッ!!」
痛む身体を無理やり動かしてドアを叩く。
何度も、壊れそうなほどに強く、強く。
けれどいくら叩こうとも頑丈な鉄の扉が開くことはなかった。
ただ拳から流れる血が増えるだけ。
それでも、痛みなど気にならなかった。
今すぐここから逃げ出さなくては死んでしまう。
「ダメよ。逃げ出すことは許されない。だって君はまだ役に立っていないのだから」
***
どうやったらこの地獄から出られるのだろう。
「おめでとう0番君。君の有効活用法が発見されたわ!」
俺はもう部屋に戻ることすら許されなかった。
壁に貼り付けられて、体中にいろんな管を付けられて、無理やり生かされていた。
昆虫標本みたいだ。
ならせめてそれと同じように、殺した後で飾って欲しかった。
「君の血はとても希少な効力を帯びているわ! 見てごらんなさい!」
大きな硝子窓の向こうで何かが蠢いていた。
人間のような、怪物。
「やはり血自体が生物の本質という理論は間違っていなかったようね! 君の人の因子と竜の因子が混ざった血には、人を竜に変容させる力がある!」
女が嬉しそうに叫んでいた。
何が楽しいのかさっぱり分からなかった。
「竜と同じような強度の外皮に、爪牙は確認済み。後は知能レベルと、臓腑がどうなっているのかを確認しないとね!
左腕に着けられた管から赤い血が流れだしていく。
俺の血は化け物を作るために使われるようだった。
俺のせいで、あんなことになってしまうのか。
ごめんなさい、俺のせいで。
俺なんかがいたせいで。
死んでしまいたい。
でも、繋がれているから、死ぬことはできない。
誰か、お願いだから、俺を殺してほしい。
………
……
…
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