15.特別を手放して
ジェーンがストラスさんと青髪の女性騎士に拉致されて、女性隊員の群れに放り込まれてしまった。
俺には何もできず見送るしかなかった。
王様とスヴェンは何事かを内密に話し合っていた。
なんだか急に手持ち無沙汰になってしまった。
俺はどうしたらいいのだろう。
「冒険者レイル」
「っ! はい!」
参謀さんだ。
俺に何か用があるみたいだった。
参謀さんはそのまま歩み寄ってきて、俺のすぐ横に近づいてきた。
どうやら他聞をはばかる話をしたいようだった。
「君が先ほど話した内容ですが、一つ間違いがありますね。……いや、君の場合は気付いていないというべきか」
「間違いですか……?」
「そう、間違いです。……あなたは先ほどストラスお嬢様の問いに肯定した。ジルアお嬢様のことが好きだと」
「……えぇ、俺はジェーンの事が好きです」
そうだ。
俺はジェーンのことが好きだ。
そんなの当たり前だろう。
だって、一年もパーティを組んだ仲間なんだ。
ジェーンだって俺のことを好いてくれていると思う。
だって、嫌いな奴とわざわざパーティなんて組んだりはしないはずだ。
「君の好きはきっと皆が想像している答えとは違っている。……そうだな、君は先ほど夫婦や恋愛といった言葉で場が盛り上がっていた時に、そうではないと思っていたのではないかね?」
「!! た、確かにそうです!」
そうだ。
俺の言った好きは、皆が言うような恋や愛なんてものじゃない。
それは違う。決定的に間違っている。
「……君の好きは親愛や仲間意識といったものから来る好意だろう。だが、夫婦や恋愛といった異性としての好意は、本当に持ったことはないのかね?」
「……それは」
──夫婦、恋愛、異性。
どれも、俺には縁がないものだ。
だって俺は じゃないんだ。
……それに、ジェーンだって、
「ジェーンは……ジルアは、この国の王女様です。そんな方に、俺のような奴が愛や恋なんて恐れ多いことを想えるはず、ないでしょう」
そうだ。
俺みたいな奴にそんなことを想う資格もない。
だけど、俺とジェーンには相棒という関係性がある。
これだって十分に特別な関係だ。
だからそれで満足だ。
これ以上を望むつもりなんてない。
特別を手に入れられただけで、俺はもう十分に満たされている。
「……なるほど。君の考えは分かりました。ですが、それは君の考えであって感情ではありません。感情は考えよりも先に出てくるものなのです」
「感情……?」
「そうです。感情というものは、どれだけ理屈を捏ねても時として制御できなくなってしまう、人の持つ厄介な力の一つです。……先ほど君はジルアお嬢様を相棒だと答えました。いいじゃないですか、相棒。良い響きですね。……ですが私には、そこまでの関係で満足だと。……それ以上を求めたら贅沢だと、まるでそういう風に聞こえたのです」
「……そんな、ことは……」
ない。
ないんだ。
だって、俺は──……
「君は少々自尊心が低いように思えます。……あなたがどのような環境で育ったのかなど私は知る由もありませんが、もう少し自信を持ってもよいはずです」
「……」
なんだか、心の中をそのまま覗き込まれたかのようだった。
この人は俺の何もかもを見透かしているのかもしれない。
「それに……こういう
「最後に……?」
参謀さんはそれっきりで俺から離れて行ってしまった。
……最後って、これが最後だろう。
これでもう終わり。
それっきりで会うことはないだろう。
それでお終い。
「それで……いいはずなんだ……」
本当に?
それでいいのか?
──やっと出会えた特別を、手放してしまってもいいのか?
「……」
……もういいんだ。
俺に出来ることはない。
どうせもう残り少ない だから、ここで笑って別れよう。
それで──、
「失礼しますじゃ」
「……!」
突然、何もない王の背後の空間から老婆が現れた。
総白髪で、腰が曲がり、杖を突いている小柄な老婆だった。
かなりの高齢と思われるが、どうしてだか生命力が溢れているように見える。
もしやあの人がさきほど話に出ていたアプレザル婆という人だろうか。
老婆は王に近づいて何やら耳打ちをしていた。
王はアプレザル婆に何度か尋ね返すと、こちらを振り返り、立ち上がった。
『静まれ』
それは小さな声だったが、妙にはっきりと聴こえた。
広間がまるで水を打ったかのように辺りが静かになった。
これは、魔力を用いて言葉を相手に伝える魔術だろうか。
前に何度か体験したことがある。
『これより国家機密に関する会議を行う。当初の取り決め通り、傾聴するに値しないものは退室せよ。そして騎士団員は陣形を取れ。』
その言葉で広間にいた全員が動き出した。
広間から退出していく人たち、陣形を整えていく騎士たち。
ジェーンとストラスさんと話し合っていた女性騎士たちは、彼女たちを守るように隊列を組んでいた。
これが一体何の事態なのか分かっていなかったのは、俺とジェーンだけのようだった。
「お、おい! どういうことだ!? 一体何するつもりだよ!?」
ジェーンの声が遠くに聴こえる。
物理的にも遠いし、騎士たちが幾十にも壁になって音が届きにくいのだろう。
──俺は、騎士たちに囲まれていた。
「……すまんな、レイル。できれば落ち着いて、抵抗はしないでほしい」
スヴェンが王の前に立ちはだかってそう言った。
まるで俺から王様を守るように。
別に不思議なことではない。彼はずっと俺を警戒していたから。
「……冒険者レイル。私が最初に聞きたいことが二つあるといったのを、覚えているか?」
「……はい」
そう、確かに王様は言っていた。
質問が二つあると。
「……最初に言った通り、私は、私たちは、其方の事を信頼している。……いや、信頼していた。其方の、嘘偽りが分かるまでは」
偽り。
俺の、嘘。
「だからこの場を設けた。……其方には嘘偽りがある。この場で釈明を行い、我々を納得させてほしい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます