14.気ぶり王宮
「ぐすっ……! ひっく……!」
「は~い、姫様いい子ですね~」
ジェーンが泣いてしまった。
あまりにも色々と言われてしまったので、きっと心労から泣いてしまったのだと思う。
可哀想に……。
今は俺の腕から離れて、青髪の女性騎士に慰められていた。
「レイル君、話を戻すわ。あなたがジルを女と認識したのは一昨日のこと。そうよね?」
「は、はい! そうです!」
ジェーン──ジルアのお姉さんであるストラスさんがそう確認をする。
どうやらそこは重要な点らしかった。
「それまであなたはジルのことを女と思いもしてなかった。合ってるわね?」
「はい……申し訳ないことに考えもしてなかったです……」
本当に申し訳ない。
正体が分からなかった頃のジェーンは、はっきりと言ってマスコットキャラか何かにしか見えなかった。
でも、あれはあれで可愛かったと思う。
「だけど今はジルが女の子だという事を知っている。そしてジルがあなたに好意を抱いている事も知っている」
「……」
なんだか、面と向かって言われると照れ臭いな……。
ありがたいことに、ジェーンが俺の笑顔が好きだって言ってくれた。
俺の顔のどこが良いのかはさっぱり分からなかったけど、そう言ってくれてとても嬉しかった。
俺だってジェーンの笑顔が大好きだ。
「ここから導き出される答えを、あなたの口から聞かせてほしいの」
「……導き出される、答え……?」
「そうよ! あなたがジェーンをどう思っているかについて、包み隠さず、はっきりと!!」
俺がジェーンをどう思っているか……?
それなら答えは決まっている。
俺は彼女のことを──、
「俺の、最高の相棒だと思っています!」
「ちっがあぁぁぁぁぁう! そうじゃないっ! そうではないのッ!」
「えっ!?」
俺は答えを間違ってしまったのか……?
いや、でも本当のことだし……。
いつの間にか、背後では怒号が飛び交っていた。
「おいあれマジで言ってるのか? ボケでなく?」「鈍すぎるっ! なんだあの鈍感男は!?」「おぉ姫様おいたわしや……!」
「このクソボケがーーーっ!!!」「ああっ姫様、あんなにも顔を真っ赤にしてしまわれて……可愛すぎますわ!」「姫様! あんな男より私の方にしときませんか!?」
「私こういうツンデレとにぶちんのカプ大好きなのよ! も最っ高!」「王道よねぇこの手の男側が全く気付いてないってパターン」「王道過ぎてつまらなくもありますけどね。まぁ供給があるならありがたく頂きますが」
「ひぇっ……」
何を言っているのか分からないが、怒っているということは分かる。
だけど……なぜ……怒られている……!?
「……レイル君。あなたのそういうところが皆に信頼されたのだけれど、事ここに至ってはもはや鈍感なのは罪よ!」
「え……ど、どういうことです!?」
「いいことレイル君。ここで問われているのは男女の関係についてなの。分かるかしら?」
「だんじょのかんけい……?」
「あっダメっ、この人予想以上に理解できてないわ!? ……えぇと、そう! レイル君、ジルの笑顔が好きって言ったわよね! どういうところが好きなの!?」
「どういうところ、ですか」
ジェーンの笑顔を見たのは一昨日が初めてだったけど、それ以前から俺はジェーンが笑ったところを見るのが好きだった。
それはなぜか。
「……ジェーンが笑うと、胸の奥から何かが湧いてきて、心が温かくなるんです。そうして、俺も不思議と笑顔になれる」
そうだ。
俺はその瞬間がたまらなく好きなんだ。
ジェーンが笑う時、俺はいつも幸せな気持ちになっていた。
「そうよ、それなのよレイル君!」
「……どれですか?」
「それはもう好きってことなの! レイル君は、ジルのことが大好きということなのよ!!」
「へ? あ、はい。好きですけど……?」
「!! 皆!? 聞いた今の!? 認めたわ! ついに認めたわ! この広間に集うレイ×ジェンの民たち!! 今日がレイ×ジェン記念日よ! 祝杯をあげましょう!!」
「「「「「「「「「おおぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」」」」」」」
「えっ!? 何!? 何だ!?」
玉座の間に沸き立つ黄色い声。
訳が分からず戸惑っている俺を他所に、騎士や貴族、そしてご婦人方が手にグラスを掲げていく。
何だ!? 何が起ころうとしているんだ!?
「さぁ皆様、ご一緒に! レイ×ジェンの未来に乾ぱ──」
「ちょああああぁぁぁぁっ!!!」
「はぐぅっ!?」
突然ストラスさんにジェーンが飛び込んできて、謎の乾杯を妨害した──……!
「ジェーンッ!?」
「さっきから黙って聞いてりゃ……何を謎の祝杯をあげようとしてんだ!!!」
「ジ……ジル……強くなったわね……! もうお姉ちゃんあなたのこと抱っこできないかもしれないわ……」
「できてたまるかっ! それよりさっきから言ってるそのれいじぇん? ってのはどういう意味だ! とんでもなくアレなワードなことは分かるけどちゃんと説明してくれ!」
ジェーンはやっぱり流石だ。
さっきまで泣いてたっていうのに、もうあそこまでのツッコミを入れられるなんて凄い。
ズバズバとものを言えて、あらゆる状況に対応しようとしている。
俺はジェーンのああいったところも好きなんだ。
「そう……そうね。まずはそこから説明しましょう」
ストラスさんが立ち上がって俺たちを見据えてきた。
すごく真剣な目をしている……!
「まず、レイ×ジェンというのは
「……カップリング?」
「そう。好きあった者同士を表す言葉よ。分かりやすく言うなら、夫婦の男女と同じような関係のことを指すの」
「夫婦!?」
「そして、
「…………意味は分かったけど、それがなんだってこんな大勢で楽しむような娯楽になってるんだよ!」
「そんなの決まってるじゃない!! 皆恋愛事を傍から見るのが大好きなのよ!!!」
「「「「「「「「「「Yeahhhhhh!!!!!!」」」」」」」」」」
ストラスさんの一言で、皆が歓声を上げる。
なんだかよく分からないが皆めちゃくちゃ楽しそうだった。
いや、それにしても夫婦って。恋愛事って。
俺としては言いたいことがあったのだけど、場の熱気が異様すぎてとても口を出せるような雰囲気ではなかった。
ジェーンの方はというと、顔を覆っていた。
今どういう感情なんだろうか。
「……いつの時代も、人は他者の色恋沙汰に興味津々な下世話な生き物よ」
王様が頭を抱えてくたびれていた。
その姿は妙に哀愁漂って悲しげだった。
「そうですね王。こやつらは根本的に間違っております」
スッ、と王様の横に控えていた男が前に出た。
王と同じくらいの年に見える年配の男性だった。
「参謀……そうだ! この色ボケした者共に言ってやれ!」
「えぇ、王の御心のままに」
参謀と呼ばれた男がこちらに視線を向ける。
「ストラスお嬢様は少々勘違いなさっているようですね」
「……私が間違っているですって?」
「えぇ、間違っております」
どよめきが起こった。
よほど参謀と呼ばれた人が信頼されているのか、周りの反応を見る限りほぼ全員が参謀に注目していた。
「私の何が間違っているというのですか!?」
「受け攻めです」
「受け攻め!?」
「えぇ。受け攻めは重要な
「参謀……貴様もか!」
参謀が拳を握りしめながら、カップリングについて熱弁していた。
王様は裏切られたかのような絶望した表情を浮かべていた。
俺には何が何だかよく分からなかったが、ジェーンが攻めというのは正しいと思う。
うん。
「た……確かにっ! 私には考えが足りていませんでした……!」
「分かればいいのです。
「……私にできるでしょうか。
「えぇ、出来ますとも。道を誤らなければ必ず至ります。……それに、私たちは同じ
参謀が壁際に集ったご婦人たちを指差した。
どうやらご婦人たちはカップリングに造詣が深いらしい。
あの周辺にだけ凄まじいオーラが渦巻いている気がする。
なんというか、雰囲気が尋常じゃない。
俺には良く分からないが、きっとあのご婦人達はプロの人たちなんだ……。
「あの人らどっかで見たと思ったらお偉いさん方の奥さん達だ……。井戸端会議とかでそういう話でよく盛り上がってるんだよ……!」
「ジェーン……もう大丈夫なのか?」
「大丈夫なわけあるか……。なんかもう色々麻痺してんだよ……!」
「ジェーン……」
ジェーンは魂が抜けたようにうなだれている。
俺はかける言葉が見つからず、ただ黙って見ていることしかできなかった。
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