12.王に向かって唾を吐け

王都アウルム。

王宮内、玉座の間。


見渡す限りの人、人、人。

何で朝っぱらからこんなに人が集っているのか分からないくらい、多くの人がいた。


「はぇ」

「すっげぇ……」


私の口から変な声が出たのと、レイルから驚嘆の声が出たのは、ほぼ同時だった。


人が、多い。

騎士団の隊員や玉座の周りにいるお偉いさんの塊は分かるけど、壁際にいるご婦人方の団体は一体何なんだ。


「来たぞ……」「おお、あれが」「くそっ、俺の姫様が……!」「爆発しろ!」

「やはり私の見立て通り恋愛感情の鈍そうな純朴で優しい大男タイプでしたな」「なるほど……ふむ」「体格差やばくない? 致す時大丈夫?」

「あっらぁ~、いい男じゃないの!」「生で見るとやっぱりお似合いだわよ!」「生を摂取してしまうと筆に鈍りが出てしまうので私はあくまで音声だけ楽しみます」


わいわい、がやがや。


…………。

……………………。


口々に話す言葉が耳を突き抜けていく。

内容の大半はよく分からなかったけれど。


(これ、この人たち、全員、私たちの、今までの事情を知っているのか……?)


ひくりとひきつった頬を無理矢理抑え込んで、平静を装う。

装えてるかな。

出来てるといいな。


「行きますよ姫さん、レイル」


スヴェン義兄さんに促されて何とか足を進める。

義兄さんの後ろにレイル、姉さんの後ろに私の並びで、玉座の間に入った。

赤い絨毯の敷かれた玉座までの長い通路を、両脇の騎士団員の列から剣礼を受けて進んでいく。


どうしよう。頭真っ白なんだけど。

レイル、レイルはどうしてる?

あ、駄目だあいつ。

ガッチガチに緊張して顔面固まってる。

左右の手足が一緒になって動いてるし。

でもごめんレイル。

私もどうしたらいいか全然分かんないんだ。


そんなことを考えていたらもう玉座の前まで来てしまった。

玉座に座っているのは、龍珠をあしらった王冠を戴く、紛れもないこのリュグネシアの王の姿。


(……老けたな、父上)


もうずいぶんと頭髪が白色に近づきつつあるその姿は、記憶の中の姿よりもずっと老け込んでいた。


「国王陛下、お連れしました」

「うむ」


スヴェン義兄さんが片膝をついて頭を垂れた。

それを見たレイルが慌てて義兄さんと同じポーズを取った。

ちょっと珍妙な感じがして面白い。

姉さんは洗練された膝折礼カーテシーを披露していたけど、私は棒立ちだった。


「顔を上げよ。楽にしてよい」


頑張って威厳出してんなぁ。

裏だともっと適当だろ、あんた。


「……ようやく戻ったか、放蕩娘が」

「……」


父上がようやく私を視界に入れた。

発した言葉が予想していたものと一言一句同じだったので、少し笑いそうになってしまった。


「事の次第は聞いておるだろう。見よ背後を。お前の所業のおかげで、要らぬ任務に就かされた者が大勢いる」


やっぱり。

後ろの騎士団員が私たちの監視に付いてたのか。

そうじゃなければわざわざここに呼ばれる訳ないもんな。


「まずは謝罪だ。お前の我儘でどれだけの迷惑を多方に掛けたか、自覚していない訳ではあるまい」

「……分かってる」


当たり前の話だ。

私がした事の責任は取らないといけない。


震える手足を何とか動かして、背後に向き直る。

玉座の間を満たすほどに居る沢山の人々。

私の我儘で巻き込んでしまった人達。

──しょうもない任務に就かせてしまって、本当に申し訳ない。


「この度は──」


「姫様は悪くないっ! 王が姫様とちゃんと話さないからこんなことになっちゃったんでしょ!!」


「──……へ」


突然割り込んできた女性の声は、騎士団の列の中から聴こえてきた。

周りの屈強な隊員とは二回りも背の低い、青髪の女性騎士隊員。


──ミセラか!


(あいつ、何を……っ!)


見知った隊員の乱入に思わず動揺してしまう。

だけど事態はそれだけに収まらなかった。

ミセラのそれを皮切りに列のあちこちから野次が飛んできた。


「そうだ! 元はと言えば王が姫様に当たりが強いのがいけないんじゃねーか!」

「男のツンデレは見苦しいだけですよ王!」

「王は娘を愛していないの?!」

「いい加減ちゃんと話し合えよ!」

「そうだそうだ! 悪いのは全部王様だーっ!!」

「そうだーーーっ! オレもその意見に賛成だーーーっ!!」


言いたい放題の騎士団の隊員達。

野次飛ばしてる相手は仮にもこの国の王だぞ、おい。

どうなってんだこの騎士団。


「俺たちは姫様の味方だーーーっ!」

「謝ることはありません姫様っ!」

「姫ーーーっ!! ジルア姫ーーーー!!! ひ、姫えぇーーー!! 姫ぇーーー!!!」

「姫様を信じる心は永遠に不滅ですわーーーっ!!」

「姫様ぁああああああっ!!!」


なんでこんなに私を庇う団員が多いんだ……?

……っていうか、どうすんだよこれ!?

完全に収拾つかなくなってんじゃん!


思わず背後を振り返ると王様ががっくりと項垂れて頭を抱えていた。

嘘だろおい、あんたこの国の王だろ!

なんで部下たちの野次に圧倒されてるのさ!


「ね、姉さん! どうしたら──」

「静まりなさい! 皆の者!!」


一喝。

どこからそんな声が出たのか分からない姉さんの一声で、騒いでいた者たち全員がピタリと口を閉ざした。


ね、姉さんがそんな大きい声を出したところなんて、初めて見た……!

普段はあんなにおっとりしているのに……。


「皆の思いは分かりますが、ジルアが迷惑をお掛けしたのは事実。本人からの謝罪は必須でしょう」


やっぱり、姉さんは流石だ。

私と違って落ち着いている。


「さぁジル前に立って皆に謝罪を。できるだけ短く簡潔にしてください。後が使えてるのでこのような些事に時間を使ってる場合ではないのです」

「えっ。あ、はい」


これ些事なんだ……。


「えと、大変ご迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした」


姉さんの謎の気迫に押されて、出来るだけ簡潔に謝罪して頭を下げた。

頭を下げて少しすると、周囲から拍手が聞こえてきた。


あれ? もしかしてもう許された感じ?


「ありがとうございます。これでジルアが迷惑を掛けた人達への謝罪は終わりました。──話を前に進めましょう」


姉さんが父上の方へ振り返った。


「……まだ色々と言いたいことはあるので勝手に終わらせないでほしいんだが……まぁ、いい」


諦め混じりのため息を吐いた王様。

私も正直これで終わっていいのかって疑問はある。


「──冒険者レイル。前へ」

「……はっ、はい!」

「!」


父上がレイルを……!

まずい、レイルを守らないと!


「待って、ジル。大丈夫よ」

「姉さん……!」


慌ててレイルの前に出ようとしたら、姉さんに抑えられた。

大丈夫ってどういう……?


「冒険者レイル。……私の至らぬ娘が長期に渡って世話になった。まずは礼を言わせてほしい」

「へぇえっ!?」


父上が玉座から立って、王冠を手に取り、──レイルに深くお辞儀をした。


嘘だろ。

父上がレイルに頭を下げるの……?

レイルめちゃくちゃ挙動不審になっちゃってるじゃん……。


「あぁあっ、いえ! 俺はその、特に何もしてませんので……!」

「そう謙遜するな。其方たちの今までの冒険の日々全てを、ここにいる皆が知っているのだ」


やっぱり……。

反応から分かってたけど、ここにいる人全員私たちの事情を知っているのか……。


「其方が娘を何度助けたか、もはや数え切れぬ。一人の親として感謝を。本当にありがとう」

「あわわわわ……! いや、待ってください王様! 俺の方こそ何度もジェーンに……!」


「──それはそれとして、冒険者レイルよ。私は其方に聞きたいことが二つある」

「……へ?」


王冠を被り直した父上が玉座に座った。


「私は基本的に其方を信頼している。そちらはこちらの事情など知ったことではないだろうが、監視されていた期間の報告から鑑みて、其方の人間性をこちらは信頼しているのだ」

「…………」


レイルがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

何だ……? 何を父上はレイルに聞こうとしているんだ?


「そう、信頼している。信頼はしているが、一人の娘の親として聞かなければならぬことがある」

「お、俺に答えられることでしたら、何でも」


「そうか、では聞こう。──其方は、私の娘ジルアと、一度でも淫らな行為をしたことはあるか」


「……えっ」

「…………はぁっ!?」

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