11.姉さんは壊れていた
王都アウルム。
リュグネシア王国の首都であり、国の中心地。
早朝の閑散とした通りを抜け、竜車は王宮の中へと向かう。
「こっちだ二人とも」
竜繋場で竜車から降りたところで、スヴェン義兄さんが待っていた。
その後ろには──、
「ジル!!」
「姉さん……」
ストラス姉さんがいた。
姉さんは私を見ると、すぐに駆け寄って抱きついてきた。
「うわっぷ!」
「あぁ久しぶりねジル会いたかったわ元気だった? 怪我はない? 大丈夫? 背が少し伸びたわね身体も成長したみたいだし良かったわでもすこし痩せたかしらちゃんと食べてる? あぁ髪がこんなにも痛んじゃってるわ駄目じゃないジル髪は女の子の命なのよ? 綺麗にしてあげないとそうだお風呂に入りましょうジルとっておきの椿油があるのよそうあなたのお気に入りの入浴剤だって新しいのを用意しているんだからあっジルお腹すいてない? こんな朝まで竜車に乗っていたんだからきっとおなかペコペコよねさっそくご飯にしましょう今すぐ用意させるからちょっと待っていて頂戴ねそれからそれから──」
「姉さん! 分かった、分かったから! 一つずつ話して!」
「ストラス、落ち着け」
姉さんの怒涛の言葉の嵐を、スヴェン義兄さんと二人掛かりで何とか宥める。
よくそんなに口が回るな姉さん……。
「あぁ、ごめんなさい私ったら……ついジルの顔を見て感極まってしまって」
ストラス姉さんは全く変わらないように見えた。
月のような黄金色の長くて綺麗な髪。
透き通るような白い肌。
ほっそりとした体躯に、すらりと長い手足。
温和で優しい雰囲気を纏った、皆が思い浮かべるであろう王女の姿そのもの。
私とは似ても似つかない。
内面だって。
姉さんは、物心つく前に亡くなった母上の代わりに、私の面倒を率先して見てくれた。
自分のことよりも私を優先させて、常に心配してくれていた。
──私とは、大違い。
「ふぅ……、落ち着いたわ。……改めて。おかえりなさい、ジルア」
「……うん。ただいま、姉さん」
私の頭を撫でながら微笑むストラス姉さん。
前はよくこうされていたけど、一年ぶりだからか、なんだかくすぐったい。
「二人とも、積もる話はあるだろうが後にしてくれ。まずは王と謁見して欲しい」
「分かってるわよもう。スヴェンったら本当に野暮なんだから!」
「後がつっかえてるのはストラスも分かってるだろうが……」
「それでもですよ。少し待たせるぐらいはいいじゃないですか。まったくあなたは昔から──」
「あーもう悪かったから説教は後にしてくれ後で!」
「……姉さんと義兄さんの仲も相変わらずだな」
姉さんが唯一我儘を言う相手である、旦那のスヴェン義兄さん。
口ではなんやかんやと姉さんが義兄さんをこき下ろしているけど、実際は砂糖を吐くぐらいの仲であることは周知の事実だ。
……まぁ、そんなところも含めて、二人はお似合いだと思う。
二人が仲良くじゃれ合ってるところを見ると、いつも羨ましくてしょうがなかった。
私には持っていないものを全部持っている姉さんのことが、私は──……。
「それで、後ろの人がレイル君で会っているのかしら?」
「えっ、あっはい。俺がレイルです」
「まぁっ、想像通りの人だわ。いつもあなた達のことは聞いていたのよ?」
「そっ、そうなんですか……」
「っ!」
姉さんがいつの間にかレイルの目の前にいて、レイルの手を握っていた。
その光景を見て、胸の奥底にドロリとした黒い感情が広がる。
やめて、その人はダメだ。
「姉さんっ!」
「ストラス」
私と義兄さんが動いたのは同時だった。
私が姉さんとレイルの間に入り込んで、義兄さんが姉さんを後ろに下がらせた。
「きゃあっ! ……ちょっと、二人ともどうしたの? 驚いたじゃないのもう」
「ジェーン!? どうしたんだ?」
「……」
「……」
義兄さんに目配せをすると、同時に溜息を吐いた。
この人は、本当に……!
義兄さんが姉さんを腕で制しながら、言葉を続けた。
「レイル、こちらは第一王女のストラス様だ」
「あっ、申し訳ございません、自己紹介もまだで……。私はストラス・クヴェニールと申します。ジルアのお姉さんなんです」
「あぁぁ、王女様が俺なんかに頭を下げないでください! 俺はただの冒険者なんですから……!」
「何を言いますか! 王女である前にジルアの姉なんですから、お世話になった人に挨拶するのは当然のことですよ」
「そんな、俺の方こそジェ……ジルアにはお世話になりっぱなしで……!」
レイルが女の人にあたふたしている姿を見ていると、心が無性に苛立つ。
例えそれが姉さんだとしても嫌なものは嫌だ。
「はいはい、とりあえず移動しながらだ」
……私のそんな様子を見かねたのか、義兄さんが手を叩きながら皆を促した。
***
スヴェン義兄さんが先導して、私たちは王宮の中を進む。
王宮の中は記憶から寸分も違わず、昔のままの姿を保っていた。
だだっ広い廊下に、高い天井、至るところに飾られた美術品の数々。
煌びやかなシャンデリア、床一面に敷かれた赤い絨毯。
私が誤って割った年代物の壺の代わりに置いた、オンボロ骨董品店で買ったよく似た壺もそのままで変わっていなかった。
「これから二人には玉座の間で国王陛下と会っていただく」
「……えっ!? 俺もですか?」
「レイルも? いや、それよりも何で玉座なんだ? 謁見の間じゃないのか?」
「王の意向です。……まぁ、入れば分かりますよ」
父上は何を考えてるんだ……?
てっきり謁見の間かと思っていたのに、何故か連れて行かれたのは玉座の間。
用途的に大人数でしか使われないはずのそっちに案内される理由が分からない。
それに、いつもはっきりと物事を言うスヴェン義兄さんにしては珍しく、歯切れの悪い言葉なのが気になる……。
「少しお小言は頂くでしょうが、できる限り俺たちがフォローしますよ」
「大丈夫よジル! 皆あなたの味方だからね」
「……皆?」
嫌な予感がした。
その言葉が、義兄さんと姉さん以外を指しているのなら、この先に待っているのは──……。
「ジェーン、大丈夫か?」
思わず立ち止まってしまった私をレイルが心配そうに見つめていた。
……何が大丈夫か、だ。
自分の方が全然大丈夫じゃなさそうな顔をしてるのに。
この国の王の前に呼び出されるとか、そんな経験ないだろオマエ。
……私がしっかりしないと。
父上に何を言われるのかは分からないけど、私のしたことの責任は私が取る。
レイルには何があっても手出しさせない。
──右手に残る温もりは、未だに消えていない。
「大丈夫だ。レイルはオレが絶対に守るから」
「ジェーン……」
レイルの目を見て、はっきりと伝えた。
こいつからは貰ってばっかりだ。
せめて、今の私にできることはきちんとやり遂げる。
さぁ、行こう。
前を振り返って──、
「……何、姉さん」
「いえ、なんでもないのよ……。ただ、尊いなぁって……。ダメね、生で見ちゃうと光が強すぎてヤバ味がスゴイの」
「は?」
姉さんが私たちを見て何か知らないけど感極まっていた。
そしてどこのスラングかよく分からない言語を発していた。
レイルがキョトンとしてる。正直私もよくわかんない。
何、何言ってるの姉さん。
「……ストラス、落ち着け。一応今から王の御前だ」
「あ~んもう、わかってます! 生レイ×ジェンが補給されたからちょっとテンション上がっちゃっただけですぅ!」
「生レイ……なんて!?」
何言ってるのか分かんない!
ちょっと待って、姉さんがおかしい。
姉さんってこんなキャラだっけ。
一年経ってキャラ変わった?
「姫さん。一応言っておくが、ストラスがこんなことになったのは姫さん達のせいだ」
「私たちのせいなの!? なんで!?」
「そうよ! ジル達が尊すぎるのが悪いのよ!!」
「待って!? 意味わかんないから! ちゃんと説明して姉さん!!」
「いや、事の次第は中に入れば分かる。行くぞ、準備はいいな?」
「良くないっ!! 説明しろーッ!!!」
何の準備をしろってんだよ!!
くそっ、何考えてたのか全部ぶっ飛んじまった……っ!
姉さんが壊れちゃった原因が私たちのせいってどういう意味だよ!
何で私たちが関係あるんだ……!?
「ジェーン……お前のお姉さんちょっと変わった人だな……?」
「違うぅ! 昔はこんなんじゃなかった! いつもなら絶対あんな変なこと言わないもん!」
レイルにも変な人って思われちゃってるじゃんかぁ!
姉さんのバカァァ!!
「言っておくが中で待っている人達はストラスより強火の人が多い。油断するな」
「そうよ! 悔しいけれど私のレイ×ジェン考察を大幅に上回ってくる
「分かんない! さっきから何言ってるか全然分かんない!! ひゃあっ!? 離してぇ!? レイルっ、レイル助けてぇ!!」
「ジェ、ジェーン!!」
姉さんと義兄さんに両脇から固められて無理やり引きずられていく……っ!
怖い! 中に入るのが凄まじく怖いんだけど!?
さっき誓った言葉なんて秒で忘れてレイルに助けを求めたけれど、レイルは困っているばかりで助けてはくれなかった……。
そうして、玉座の間は開いて──……。
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