【完結】相棒の秘密なんか知らなくても、冒険はできる!

黒い映像

1.知らなかったそんなの…

俺の名前はレイル。

どこにでもいる普通の冒険者だ。


突然だけど、俺には仲間が一人いる。

魔術師のジェーンっていうんだ。

口は悪いけど、心根はとっても優しい奴なんだ。


冒険者としてパーティを組んでたった一年の仲だけど、もう何年来の仲間みたいな感じだ。

俺は前衛の戦士で、ジェーンは後衛の魔術師。

オーソドックスな組み合わせだけど、その分相性もバッチリだ。

俺一人じゃとてもこなせない依頼だって、ジェーンと二人なら何とかなる。

恥ずかしいからまだ口に出したことはないけど、最高の相棒だと思っているんだ。


……そんな、最高の相棒と思っているジェーンが、まさか、まさか──……、


「まさか、女だったなんて……!」

「気付くのが!!! 遅い!!!!!!」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


Drancohnia:Flagments... The secret hearts, dragon and princess.


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「えっ」

「気付くのが!! 遅いっつってんだよ!!!」


──冒険者ギルド『龍の金鱗』二階の宿部屋。


レイルが思わず漏らした呟きに返ってきたのは、ジェーンの怒声。

二人は向かい合って立ち尽くしていた。


「なっ、何怒ってるんだよ!?」

「これが怒らずにいられるかってんだ!!!」


吼える美少女。縮み上がる大男。


艶のある綺麗な金色の髪を振り乱しながら、人形のごとく美しいかんばせに似合わない鬼の形相で、ジェーンがレイルに詰め寄っていく。

自分より頭一つ分以上に低いジェーンの進撃に、レイルはただただ追い詰められるのみであった。

大股で一歩、二歩と詰め寄られるごとに、後ろに向かって下がっていくことしかできない。


「一旦落ち付こ!? な? 俺、鈍いから! 何に怒ってるのか言ってくれないと分かんないから!」

「鈍すぎるんだよお!!」


わっ! と、ジェーンの感情が爆発する。

そのあまりの剣幕に、遂にレイルはベッドサイドまで追い詰められた。

後ろに向かって下げた足がベッドに当たり、姿勢が不安定になる。

その隙をジェーンは逃がさずに畳みかけた。


「オラッ!」

「うおっと!?」


ボフンと、ベッドの上に仰向けに倒れたレイル。

そこに覆いかぶさるように、ジェーンがレイルの上に乗り上げて、所謂馬乗りの体制になった。

そして右手を腰に当てると、人差し指をビシッとレイルに突き立てる。


「一年だ!」

「へ!?」

「オレとオマエが組んでから、もう一年も経った!」


ジェーンの言う通り、二人が組んで今日で一年が経とうとしていた。

レイルの方はこのような記念日を大切にする性質だったので、言われるまでもなくしっかりと覚えている。

なんならサプライズを用意するほどに、今日という日を心待ちにしていたのであった。


「お、おう、そうだな! ちゃんと覚えてるぞ! 実はこの後お祝いで高い肉でも食いに行くかとか──」

「それは! ありがとうな! ちゃんと覚えててくれてて! でも違う! そうじゃない!」

「な,何なんだよ一体……! っていうか、ジェーンで合ってるんだよな……? 俺、お前の顔初めて見たぜ」

「それだよ!!!」


ビッシィ!!

と、レイルの目ん玉につっこまれそうなほど近距離で人差し指が突き立てられた。


「なんで一年も一緒に居て! オレの顔も、性別も知らないんだよ!!!」

「えっ」


レイルは心底意外だという顔をした。


「だってお前、顔も声も隠してたじゃないか」

「隠してたけども!」


レイルの言う通りだった。

レイルの身体の上でマウントを取っているこの少女は、実に一年もの間、顔も声も隠してレイルと接していた。

そしてつい先刻、宿のベッドで武器の手入れをしていたレイルの目の前で、己の本当の姿を明かしたのだ。


──ジェーンの右手の人差し指には、禍々しいほどに黒い宝石を誂えた指輪が填められている。

これは、とある魔術を宿した指輪だった。銘を韜晦の指輪という。

指輪を付けた者の個人情報に関わる全てを隠蔽──認識阻害魔術を自動展開する効果を持つ、龍器アーティファクトと呼ばれる類の希少なアイテムであった。

彼女はこの一年間ずっとこれを付けたままレイルと接してきたのだった。


「普通は隠されたら知ろうとするもんだろ!!」

「そ、そうなのか……?」

「そうだよ! なのになんだオマエは!こんな意味の分からん謎だらけの奴と組んで、丸一年もの間何も知ろうとしてこないとかどうなってるんだよ!!」

「えぇ……」

「挙句の果てに自分から正体バラしにいくとか、どこの少女文芸でも見たことない展開だぞ!!」

「それは知らないけど……ていうかそんなの読むんだなジェーン」


威嚇する金髪の猛獣。

ガルルルル!! と猛獣の唸り声が聞こえてきそうなほどだった。


レイルは恐怖に震えた。

噛み付きそうな勢いの猛獣が身体の上に乗っかっているのだ。

こんなに怖い思いをしたのは冒険者になってから初めてかもしれなかった。


「オマエ、オレに少しも疑問を覚えなかったのか!?」

「や、だってさ……本人が隠そうとしてたんだから、無理に知ろうとするのはダメだろ?」

「そういうとこだぞ!!」


遂に猛獣の牙は放たれた。

ジェーンの小さな手がレイルの胸板に叩きつけられてしまった。

……ポカポカと可愛い擬音が付く程度のものであったが。


「知るタイミングとか何度もあったろうが! この一年ずっと一緒の部屋で寝泊まりしてただろ!!」

「それはそうだけど……」

「着替えとか風呂とかさぁ! この部屋の洗面所鍵付いてないんだから色々見る機会あっただろ!?」

「いや、わざわざ覗かないだろ……」

「もしかしたら覗かれるかもしれないって警戒しながらこの一年間生活してたオレの気苦労を返せよぉぉぉ!!!」

「あばばばば」


ガクンガクンと前後に揺すられる大男。

ジェーンの感情は最早振り切れているようだった。

なんとかジェーンを落ち着かせようと宥めるものの、この一年間で積もり積もった感情は、この程度では収まりそうにも無かった。


「最近なんて寝てる間の認識阻害の自動展開もやめてたんだぞ! もしかしたら今夜こそは正体に気付かれるかもってドキドキしながら寝てたんだからな!」

「俺、夜はグッスリだから! 快眠派だから!」

「知ってるけどちょっとは起きろよおぉぉぉぉ!!!」


激昂する猛獣。

もはやレイルにジェーンを止める術は無かった。

止める術は無かったので放っておく他ない。


ジェーンは暫くレイルの胸の上で暴れていたが、ほどなくして疲れたのかその動きを止め、レイルの身体の上にぱたりと倒れこんだ。


「ぜぇ、はぁ……はぁ……!」

「あーもう、体力ないのに暴れるから……」


ふと、レイルの嗅覚に花のような香りふわりと広がった。

発生元は、もちろん胸の上に倒れ込んだ少女から。

認識阻害魔術は嗅覚にも及んでいたようだ。

ジェーンがいつもそのような甘い匂いを漂わせていたことすら、レイルは今初めて知ったのだった。


「……オマエ、本当にオレが女かもしれないとか考えたこともなかったのかよ……?」

「え、ごめん。考えたことなかった」

「即答するな!?」

「だってお前、普段の姿どんなのだったか分かってるか? いつもバカでかい三角帽被って、顔も身体も黒いもやもやしたのが覆ってるから、男か女かどころか、人間かどうかすら怪しい恰好してただろ」

「ぐ、ぐぬぅ……!」


ごもっともな指摘だった。

レイルの言う通り、認識阻害魔術を展開していたジェーンの普段の姿はかなり怪しい。

顔を覆う黒いモヤは常に彼女の顔と体格を隠し続けていたし、服装も魔術師が好んで使うようなゆったりとした黒一色のローブだ。

どこぞのモンスターかと疑われるような怪しい風体ではあったが、認識阻害魔術の効果で怪しいと思う気持ちすらも阻害される。

そもそも冒険者及び魔術師という存在自体が世間ではかなり胡散臭いもの扱いされているため、ジェーンの特異な風体も特別気にされるようなことはなかった。


「どっちかというと、人間じゃないのかもとか思ってたぞ。声もほにゃほにゃしてて、なんかマスコットキャラみたいで妙に愛嬌あったし」

「マ、マスコット!? お前そんな目でオレのこと見てたのか!?」

「あの姿だと仕方ないじゃんかぁ……」

「よく見ろっ! ちゃんと人間で、女だ!!」

「……」

「なんで目を逸らすんだよ!!」

「いや、だって……」


レイルはジェーンを直視できなかった。

心の底から信頼してた相棒が、実は女性だったと言われても困るというものだ。

しかも見た目は超の付くほどの美少女。

あんなみょうちきりんなゆるキャラの中の人がこんな女の子だったなんて、レイルは想像すらしていなかった。


気持ちの置き所も見つからぬままに、こんなに密着されてしまっては──……。


「ちゃんと! こっちを! 見ろ!」

「むりぃ~……!」

「無理じゃねぇ見るんだよオラッ! ……てめコラっ抵抗すんなっ!!」

「やめてよぉっ!」


レイルの身体の上に馬乗りになったまま、顔を両手でひっ掴んで無理矢理正面に向けようとするジェーン。

見る人が見ればすわ暴行現場かと思われるだろうが、微笑ましいやり取りでしかない。


「無駄に力強さ発揮すんなこのっ! ……クソッ! びくともしねぇ!」

「そんな無理やり見せなくてもジェーンが人間で女の子なのは分かったから!」

「こっち見て言え!」


そんなやり取りを何度か続けた後、再度体力が尽きたのかジェーンがへたり込んだ。

レイルは内心で息を吐いた。これ以上は心臓が持たない。


「はぁ、はぁ……クソッ、何なんだよ……。そんなにオレの本当の姿なんて見たくなかったかよ……!」

「──! そんなことはない!」

「じゃあなんだよ!? なんでそんなにオレを見てくれないんだよ!!」


ジェーンの悲痛な叫びを聞いて、ようやくレイルはジェーンの顔を真正面から見た。


──宿の魔灯の光を乱反射する、艶のある綺麗な金色の御髪ミディアムヘア

尋常ではないほどに流麗に整ったかんばせ

彼女の顔のパーツは、どれもこれもが宝石のごとき美しさ。

まるで、物語のお姫様がそのまま現実に出てきたら、こんな感じになるといった容姿だった。


けれど、その中でもレイルの視線を奪ったのは、その瞳だ。

気の強さをそのまま表したかのような、切れ長で目尻の上がった瞳。

淡い翡翠色の瞳が放つその輝きは、本来ならば強い光を湛えていたのだろう。

だが、今は──……。


「ジェーン」

「……やっと、こっち見たな」


今は、潤んで、滲んでいた。


「なんで泣くんだ……」

「泣いて、ねえよ」


嘘だ。

どう見ても泣いていた。


レイルは、まさかジェーンが泣き出すとは露程も思っていなかった。

あの気丈な性格の相棒が涙を流すところなど、見たこともなかったし、想像もしていなかったからだ。


「泣かないでくれよジェーン……俺、ちゃんとお前のこと見るからさ」

「泣いてないっていってるだろ……!」


ギュウゥ、とレイルの胸元の服を掴んで、顔を埋めたジェーン。

レイルはそんなジェーンを慰めようと手を伸ばし──……、


「(女性に軽率に触れるのはいけないことでは?)」


という考えが脳裏を過ぎり、その手は宙を彷徨った。


「なぁ、ジェーン。教えてくれ、どうして急に正体を明かしてくれたんだ?」

「なんでって……」

「今まで隠してたのに、一体どういう心境の変化があったんだよ」

「……」


ジェーンは何も言わずに俯いたままだった。

レイルは言葉を続ける。


「お前が正体を明かしてくれるのなら、俺、ちゃんとお前のことを知りたいよ」

「……」

「……ダメか?」

「……」


長い沈黙の後、ようやくジェーンが口を開いた。


「大体、ジェーンって名前はそもそも偽名だ」

「……なに!? そうだったのか!?」

「そうだよ! 思いっきり偽名だろ! 名無しのジェーンだ! ……ってかジェーンって女の名前だろ! そこで気付けよ!」

「い、言われてみれば……!」


がばっと起き上がり、再度捲し立てるジェーン。

彼女が調子を取り戻したことにレイルは心の底から安堵した。

相棒の泣く姿など見たくはないのだ。


「それで、本当の名前はなんて言うんだ?」

「……ジルア。ジェーンじゃなくて、ジルア」

「ジルア──ジルアか」

「でも、今まで通りジェーンって呼んでくれ。……冒険者としての私は、ジェーンだから」

「──……分かった。今まで通りジェーンって呼ぶよ」


強い意思を感じる、澄んだ瞳。

そこにはもう、涙の痕はなかった。


「それで、オマエに正体を明かした理由は……言わない」

「……え?」

「言わないったら言わない」

「え、なんで!? どういうこと!?」

「うっさい! オマエが鈍すぎるのが悪い!」


ぴょんとレイルの身体の上から飛び跳ねて、床に降り立ったジェーン。

そのまま部屋の隅に行き、荷物を漁り始めた。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 今の話してくれる流れだったんじゃないか!?」

「やかましい。それより、高い肉食いに行くんだろ? オラ、さっさと行くぞ」

「なんなんだよぉ……」


トレードマークの大きな三角帽子を荷物から引っ張り出すと、ジェーンはくるりと振り返った。

その表情は、頭の中でいつも妄想していた──きっと笑ったらこんな顔をしているだろうな、と想像していた、勝気な笑み。


(……ジェーンは、ジェーンだ)


例え、男だろうが女だろうが、人間だろうが人間じゃなかろうが。

一年も一緒に居た相棒としてのジェーンに、きっと変わりはない。


そのことを再確認したレイルは、自然と頬が緩むのを感じた。


「何ニヤニヤしてんだ。ほれ、ぼーっとしてないでさっさと支度しろ」

「おう。……あ、ちょっと待ってくれ」

「ん? どうした?」

「えーっと……あった。ジェーン、ほら」


レイルの手から渡されたのは、古木でできた棒──杖だ。

魔術師の必須武器、魔杖だった。

ご丁寧にも白いリボンが巻かれ、贈り物であることを如実に表していた。


「……え? どうしたんだオマエこれ……」

「ほら、この前新しい杖欲しいって言ってたろ? ちょうど良いかと思ってさ。魔術のことはチンプンカンプンだったんだけど、ちゃんと店員のお姉さんに聞いて一番いいやつ選んでもらったんだぞ?」

「……オマエ、それで……」


ジェーンはそれを聞いて、何かに合点がいったようだった。


「どうだジェーン? 使えそうか?」

「えっ。あ、あぁ。ちゃんといいヤツだぞ、これは……」


突然の贈り物に驚いたのか、ジェーンは杖を見つめたまま硬直していたが……やがてぎゅうと力強く杖を握りしめた。

そんな相棒の嬉しそうな姿を見ると、レイルも自分のチョイスが間違っていないことを確信して嬉しくなる。

そして──、


「……ありがと。ずっと、大切にする」

「!」


輝かんばかりの、彼女の笑顔。

かの虹の龍の如き煌めきが宿ったそれに、レイルは一瞬で心を奪われてしまった。

こんな安宿に到底似つかわしくない、あまりにも鮮烈で可憐な輝き。

目が潰れてしまいそうなほどの眩しさを幻視してしまう。


──今までに見た、どんな綺麗なものよりも、美しいと。


レイルはそう思ってしまった。


……思わずじっくりと見つめてしまっていたことに気付いて、レイルは慌てて視線を逸らす。

幸いジェーンは贈った杖に気を取られていて、レイルの挙動不審な態度に気付くことはなかった。


「そ、それじゃ、改めて肉食いに行くか!」

「あ、そうだな! 早く行かないと席が無くなっちまう!」


ジェーンは三角帽を被り、指輪をするりと撫でて、認識阻害魔術を発動する。

いつもの見慣れた姿ゆるキャラになったことを確認し、レイルはほっと一息吐いた。


「行くぞレイルっ!」

「おう!」


そうして。

二人は揃って部屋を出て、足早に階下へと降りていった。


……結局、ジェーンが正体を明かしてくれた理由や、なぜ自分の顔や声を隠していたのかは分からなかった。

けれど、それでも構わないとレイルは思った。


今は、相棒との冒険が、楽しくて楽しくて、仕方がないのだから。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【$あとがき$】


読了頂きありがとうございます。

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https://kakuyomu.jp/works/16817139557133235355/reviews

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