2.女の子は誰でも

「……ん」


まどろみからふと意識が覚醒した。

目覚めた瞬間に感じる怠さだけはいつまで経っても慣れない。

ぼーっとした頭のまま周りを確認する。

隣には空のベッド。

レイルは既に起きて、部屋を出ているようだった。

魔晶計の針が指し示していたのは、いつもよりだいぶ遅い時間だった。


(城にいた頃じゃ考えられない生活だな……)


昨夜は遅くまで起きていたので、普段よりかなり寝坊してしまったようだった。

カーテン越しに差し込む日差しの強さから考えると、どうやら今日も快晴らしい。


──レイルは自分を起こしてくれたのだろうか?


あいつより遅く起きるのは結構珍しいことだけど、あるにはあった。

もちろん、正体を隠していた時のことだ。

けれど今は。

女としての自分を明かして初めての朝。

寝ている自分の姿を見て、レイルは果たしてどう思ったのだろう。


(……)


念のため、粗相の痕がないことを確認する。

ないとは思うけど。一応。一応ね?


(……ま、あるわけないよな)


体にも衣服にも異常なし。

あいつがそんなことするわけがないとは分かっていても、男は時として狼になるものだ。

大体そういうものらしい。

多分そう。

少女文芸にもそう書いてあった。


なので、昨日は結構──いやかなり念入りに準備してベッドに入ったのだが、結局何事もなし。

あいつはそういうやつだ。

鈍くて、朴念仁で、天然で、よく寝て……。

そして、優しい。


(そういうやつだからこそ、私は──……)


「……はぁ」


秘めた想いを再確認して、現状を改めて認識すると溜息が出る。

やっぱりあのバカは朴念仁だし、私は私で重要なことを伝えられていない。


(といっても、昨日よりはずっと進展してるけどな……)


──先日のこと。

魔道具店の女店員と仲良さげに話しているレイルの姿をたまたま見かけて、頭が破裂してしまいそうなほどの嫉妬を覚えてしまった。

あの時の気持ちを思い返せば返すほど、胸の奥底がズキズキと痛む。

自分で自分が嫌になるほど、醜くて浅ましい感情。


……あいつに、姿も性別さえも隠していた私に懸想などそんなことを想う資格なんてない。

……ないけれど。

姿を隠していたとはいえ、もう1年にもなる仲なのだ。

ぽっと出のヤツなんかに渡してたまるものかと、猛烈な嫉妬の炎が燃え盛った。

まごまごした気付いてほしいアピールなどしている場合ではない。

あの鈍い男には自分からいかないと駄目なのだということをようやく理解し、私は覚悟を決めた。


そんなことがあり、ようやく昨日、自分の秘密を打ち明けるという重大イベントを実行した。

あいつは呑気にも、組んで1年のお祝いだなんて浮かれたことで頭がいっぱいだったようで(それはそれでとても嬉しかったのだけれど)。

一悶着あった末に、ようやく自分の本当の姿を見せることができたのだった。


……結局疑念は勘違いで、あいつは私へのプレゼントの助言を女の店員から貰っていただけだった。

けれど、そのことを知って、それだけでもう安心してしまった。

姿は明かしたけれど、気持ちは……伝えられなかった。

本当は勢いに任せて行くところまで行ってしまうかと意気込んでいたのだけれど、あいつから貰ったプレゼントでそんな考えは全部吹き飛んでしまった。


ベッドサイドに置いてあったポーチの鍵を開け、貰ったばかりのプレゼント──魔杖を取り出した。

まだ包装の白いリボンが付いたままのそれを恭しく両手に取り、丁寧に解いていく。

リボンを解いた杖を右手に構える。

魔術式を構築して、魔力を流すと、杖の先から小さな火が灯った。


「……ふふっ」


思わず笑みが零れてしまう。


魔術師にとっての杖というものは、何よりも手に馴染むかどうかが重要視される。

杖自体に魔術を増幅させるような特別な効果はなく、ただ魔術を扱いやすくするための照準器としての役割しかない。

だから、自分の身体の一部のように扱えるようになるまで、ひたすらに修練が必要になる。

逆に言えば、自分の手の延長線上のような感覚さえ掴めれば、あとはどうとでもなる。


そして今、私の右手の中にある杖はというと──抜群の馴染み具合。

あいつの贈ってくれた杖が、私の手にばっちりと馴染む。

まるで長年連れ添ってきた相棒のよう。

そう、まるでレイルのような──、


(これって、あいつとの仲もバッチリってこと……だったりして)


いけない、顔がにやけてしまう。

つい少女文芸じみたことを考えてしまう自分に恥ずかしくなる。


……馬鹿なこと考えていないで、早く着替えて朝食を食べに行かなければ。

きっとレイルも下の酒場にいるだろう。


「よっと。……ん?」


ベッドから降りて洗面所に向かおうとした時に、足元にひらりと何かが落ちた。

包装の白いリボンだ。


「ごめんごめん、忘れてた」


これだってあいつからの贈り物なんだ。

大事にしなきゃ。

どこに仕舞おうか悩んだ挙句、ポーチのストラップ部分に巻き付けておくことにした。

我ながら良いアイデアだと思う。


「うん。ばっちりだ」


「なに一人でニヤついてるんだ?」

「わっひゃあっ!?」


突然後ろから掛けられた声。

慌てて振り向くとレイルがいた。


「おまっ!? いつの間にそこに居たんだよッ」

「たった今だよ。それより何が『ばっちり』なんだ?」

「なんでもないってば!」


必死で誤魔化す私を見て、不思議そうにしているレイル。

くそ、コイツは本当に……!!

私が慌てる姿を見て楽しんでいるに違いない。

絶対にそうだ。鬼畜野郎め。


「……それよりオマエもう朝食食べたのか?」

「いや、まだだよ。下で待ってたんだけど遅いから見に来たんだ」

「え? ……あぁ、悪い」


魔晶計の針はさっき見てからもう半刻ほども過ぎていた。

……貰ったプレゼントに浮かれて、ずっと眺めていたせいだ。


(……安い女だな、私……)


「おい、ジェーン? 調子悪いのか? 昨日あんなにたくさん食うから……」

「違うわ! そんなんじゃねぇよ!! ……あーもう、着替えるから外出てけ! ほら!」

「お、おう! あ、下の酒場の席取っとくからな」


慌てて外に出ていく背中を見送って、溜息一つ。


「はぁ……」


扉が閉まったのを確認してから、ようやく私はいそいそと寝巻を脱ぎ始めた。

色気のイの字もない、麻の簡素な寝巻。

冒険者を始めた頃に最初の賃金で買った一着なのだけど、もはやかなりくたびれている。


(……これまでは体形を隠すようなゆったりした野暮ったいものしか買ってなかったけど、正体明かした今ならもっと可愛いやつとか着れるな……?)


いや、絶対着る!

鈍感なあいつに目に物見せてくれるわ!

そうと決まれば、まずは今日の依頼を爆速でこなしてやる。

そしてその後は服屋に直行だ。


「よーし……準備万端」


いつものローブにいつもの三角帽。

仕上げに指輪をするりとなでればいつもの私──いや、オレ。

正体を怪しまれないように男の口調で話すようにしていたら、いつの間にかこっちの方が自然になってしまった。

……本当の自分なんてものに戻りたいとは思わないので、こっちの方が都合が良いのだけれど。


鏡で姿をチェックする。

どこぞのモンスターかと言われそうな風貌。

いささか以上に怪しい風体だが、もはや慣れてしまった。


「……うん。今日も我ながら怪しい」


……あいつが私を人間じゃないと思っていたのも無理はないな。

けど、こんな怪しい奴とパーティを組むなんて大概おかしな奴だよな、あいつも……。


「よーし、行くか」


本日の予定は、適当な依頼をこなして服屋に直行。

私たちならそこらへんの依頼など苦も無くこなせるだろう。


「本日も、地母龍様のご加護がありますように」


お決まりの地母龍への祈りを捧げて、部屋を後にした。

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