第44話 冬の訪れ

「ふむ。相変わらず見た目だけはまともだな」

「殿下こそ、外面だけは素敵ですね」


貴族向けの私の誕生日パーティーには元婚約者ということになってる転生レオンも毎年参加しているのだが、相変わらず擬態が上手いものだ。


「そろそろこちらに出なくてもいいのでは?」

「そうしたいが、まだ形式上公爵の保護を受けてるうちは顔を見せておかないとな。安心しろ。成人してお前が領地に行ったらフリートの時だけ参加するつもりだ」


出来れば弟にも関わらないで欲しいが……次期アンスリウム公爵家の当主のフリートにはこの転生レオンの補助が必要かもしれないので多少は目を瞑ろう。


さっきもリナリアが着飾ってくれた私を見て「ねえさま、きれいです!」と可愛いことを言ってくれたあの純真な笑みをこれに汚されたくはないものね。


「そうそう。来年の年明け頃にお前の爵位を子爵から伯爵に上げるから。覚えておけ」


世間話でもするようにそんな事を突然言う転生レオン。


「嫌がらせがお上手ですね、殿下は」

「お前の功績を考えると子爵では足りないと思った俺の善意を嫌がらせというのはお前くらいだろうな」


いや、どう考えても嫌がらせでしょ?


何を企んでるのやら。


「また面倒事ですか?」

「近いものはある。フリートの婚約者の件は?」

「祖父からの縁談という形で来てるのは聞いてます」

「それ関連でお前には色々あるだろうから念の為な」


めちゃくちゃ不穏なことを言い出した。


ていうか、やっぱりこいつが裏で動いてたのね。


「私は弟の選択を尊重します。それにフリートはまだ3歳ですよ」

「名門公爵家の跡取りとしては割と平均的な年齢だろ。ブラコンもいいがうるさい小姑にはなるなよ」


ブラコンにブラコンと言われるのは納得いかないが、貴族的価値観だと若干正論なのが腹立つわね。


「安心しろ。おそらくあの王女はフリートと相性がいい。お前も気に入ると思うぞ」

「私のチェックは厳しいですよ」

「それを折り込んでない俺だと思うか?」


だからムカつくのよ。


「というか、それこそ殿下が他国の王女様を娶るべきでは?」

「必要ならそうするさ。今回はフリート向きだからパスだ。まあ、正直、生涯未婚で弟とその家族のために金を使うのも楽しそうだから結婚という選択肢については迷ってるがな」


ドブラコンめ。


「弟と結婚すると言い出さないだけマシですか」

「前から言ってるだろ?俺は家族として弟を愛してるんだ」

「ではその弟さんから迫られてもすっぱり断れると?」

「……無論だ」


だからその間はなんなんでしょうね。


絶対押されたら弱くなるやつでしょうに。全く。


「それで、肝心のお前の婚約者はどうしてるんだ?」

「リナリアはこのパーティはパスです」


必要な時にはパートナーとしてリナリアをこういった場所にも連れ出すけど、無理をして欲しくないし、それに誕生日パーティとはいえこの貴族向けは私的にはただの義務なのを皆知ってるのでお父様と私以外の家族は本命の誕生日パーティの準備を優先してくれてる。


転生レオンが居るからこそ出来る技でもあるんだけど。


これの存在がデカすぎて主役よりも皆が寄ってくるしで目くらましにはうってつけね。


「お前も大概俺を上手く使ってるだろうに。よく言えたものだ」

「私の方が扱き使われてますから。愚痴くらいは言っても文句は受け付けませんよ」

「流石は英雄様だ。それで?飛行機や飛行船なんかの目処はたったか?」

「頑張ってるみたいですね」


グレマとの共同研究?となってる飛行機などについては私は少し手伝うくらいでほとんど自力で色々と見つけてるようだ。


楽でいいけど、本当にこれ共同名義でいいのかしら?


まあ、必要なら私の名前消せばいいだけよね。


「早ければ早いほど助かるがな」

「空爆でもやりたいんですか?」

「そんな非道な真似はしないさ。表向きはな」


つまり裏でならいくらでもやると。


悪辣王子め。


「それよりもお前を放り投げた方が空爆よりもコストも効果も高そうだ」

「高い場所は苦手なので」

「ほう?ヒロインと空を飛んでるくせにそんなセリフが出てくるとはな」


どこまで調べてやがるのかしら。


まあ、知らないことも多いでしょうしこの程度気にしても仕方ないわね。


「さて、そろそろ俺は行くとしよう」

「ええ。是非とも貴族を上手く騙してきてください」

「人聞きが悪いな。弟のために友好関係を築いてるだけだ」


その割には騙し慣れてるようだけど、何にしてもこれが居る間は楽ができるわね。


「誕生日プレゼントはいつも通り送っておいたから楽しみにしておくといい」

「欲しい魔道具の要望書や面倒な指令書が混ざってなければ受け取りますよ」

「ほほう。そんなものが混ざってるとは世の中物騒なものだ」


貴様だよ貴様。


まあ、いいけど。


お互い利益になる間は協力するつもりだし、お父様たちの負担を減らせる意味でも受ける意味があるのも分かるし。


ただ、この腹黒ブラコンにいいように使われてばかりなのは腹立つので少しの嫌味くらい許容範囲よね。


「フリートと王女の顔合わせは来年の前半くらいになるだろう。それとなるべく身の回りに気をつけておけ」


最後にそう言い残して、転生レオンは貴族達の中に混ざりに行く。


不穏なことばかり言うものね。


まあ、でもああ言うからには何かしら掴んでるのかしら。





『サラーキア。起きてる?』

『起きてますよ』


パーティが終わり、ゆっくりしながら私は自分の内に繋がる加護から水の精霊のサラーキアに話しかけていた。


加護を通して、いつでも話せるのは便利だけどリナリアに変な嫉妬をさせても悪いので普段はしないのだけど……少し気になることが出来たのでこの時間に聞いてみることにした。


『さっきのは聞いてた?』

『元婚約者さんでしたか?なんだか随分と賢そうな人間さんでしたね』

『賢いのかもだけど、あれはただのブラコンよ』


脳のリソースを全て弟王子に全振りしてるただの変人なので賢そうな人間では無いと思う。


それよりもよ。


『最後に言ってたあの言葉。どこまで本気なのか分かる?』

『少しだけしか見てませんでしたけど、カトレアさんの感じてる通りだと思いますよ』

『……そう。分かったわ。ありがとう』

『いえいえ。それにしても随分と仲良しなんですね』


あれと私が?


『それはないわよ 』

『そうなんですか?いえ、そうなんでしょうね。カトレアさんの中はリナリアさんで埋まってますし』


心を覗かれてもそれ程困らないけど、言葉にされるとちょっと照れるわね。


『そうだ、カトレアさん。お誕生日おめでとうございます』


ふと、そんな事を言うサラーキア。


『ありがとう。サラーキア……というか精霊って誕生日あるの?』

『無いこともないとは思いますよ。私は覚えてませんが』

『そうなのね』

『あ、もし祝って頂けるなら私とカトレアさんが出会った時をその日としてくれてもいいですよ』


そんなのでいいのかしら?


でも、サラーキア的にはそれくらい軽いのでしょうね。


『そうね。それでいいなら、来年はちゃんお祝いするわね』

『楽しみにしてますね』

『何かリクエストあれば食べたいものを食べるけど?』

『クラーケンは美味しかったですね。あ、昼間食べた猫ちゃんのプリンも好きですよ』


私の周りは猫好きが多いみたいね。


『分かったわ。リナリアに用意してもらうわね』

『ありがとうございます。私からカトレアさんに誕生日プレゼントを贈りたいのですが……そうだ!』


サラーキアは少し考えるような様子を見せてから、ポワンと私の頭の中に何かを映し出した。


『これは?』

『初級の水の精霊魔法の使い方です。簡単なのなら今のカトレアさんなら使えるかもしれないので』

『精霊魔法?魔法とは違うものなの?』

『そうですねぇ、カトレアさんに分かりやすい例えなら自転車とバイクくらいの違いですかね』


なるほど、結構違うわね。


『私にも使えるのかしら?』

『才能はあると思いますよ。あとは努力ですかね』


それなら空いてる時間に試してみようかしら。


『ありがとう、サラーキア』

『いえいえ。お誕生日の本番、楽しんできてください』

『ええ。料理も楽しみしててね』


そう言って目を開けてサラーキアとの話を終える。


丁度リナリアが呼びに来たタイミングなので癒されつつ、家族での誕生日パーティを楽しむのでした。


こうして心から祝って貰えると本当に嬉しいわね。


前世は色々あったし、望まれて生まれてきてはなかったのかもしれない。


でも……今世はリナリアが私を祝ってくれた。


心から私が生まれてきてくれて嬉しいと言ってくれた。


不器用なお父様もお母様そう思ってくれてるって今なら分かる。


だから……私はもう大丈夫。


前世のお母さん。苦しんでも私をなんとか育ててくれてありがとう。私はもう大丈夫。だから……次は次こそは幸せになってね。


私は私でリナリアと家族と――幸せになるよ。






ーーー






楽しい13歳の誕生日を終えて数日後。


「あら?寒いと思ってたけど……ついにきたわね」


魔道具制作が一段落して外を見ると、曇天気味な空から小さな雪が降り始めていた。


今年初雪ね。


「今年も降りそうですね〜」

「そうね。リナリアは雪好きだったわね」

「はい!なんだかカトレア様みたいで綺麗なので……」


……私も照れそうになるけど、なんとか柔らかい余裕の笑みを浮かべる。


「私みたいって嬉しい理由ね」

「……それに、カトレア様が告白してくれた時もこの時期でしたから」


もうもうもうもうもう!照れながら言うなんて可愛すぎるんだってば!


「私、今でも夢なんじゃないかって思うくらいにあの時は凄く嬉しかったんです。カトレアさまが私と同じ気持ちだと知って、お傍に居ていいと行ってくれて――私は本当に幸せ者です」


そう微笑むリナリアについつい見惚れてしまう。


内心悶えたり、見惚れたり私の情緒がぐっちゃぐちゃだけど、リナリアさんは私の心をかき乱すのが上手すぎるので今更ね。


「私こそ幸せ者よ。リナリアが私と同じ気持ちで私を受け入れてくれた。そして――」


そっとリナリアの手を取って微笑む。


「こうして今も隣にいてくれる。それだけで私は生きてて良かったって思うくらいに幸せなのよ」

「カトレア様……」

「とはいえ、それ以上もたまに望みたくなるけどね」

「そ、それ以上……」

「言わなくても分かるわよね?」


そう聞くと照れつつこくりと小さく頷くリナリア。


ベッドに座ってから、膝をポンポンするとリナリアは少し赤くなりつつも嬉しそうに隣に座ってくる。


そして、ゆっくりと私の膝に頭を乗せる。


膝枕ね。


「私がやるのは久しぶりね。いつもはリナリアの膝に乗せてもらってばかりだから、乗り心地悪くないといいのだけど」

「凄く落ち着きます。それに……ドキドキします」

「ふふ、私もよ」

「カトレア様もなんですか?」

「ええ、こう見えてもやっぱりドキドキしちゃうのよ。好きな人に甘えてもらった時はね」

「はぅ……」


その台詞で真っ赤になって黙り込むリナリア。


ポンポンと優しく撫でると、リナリアの目が少しとろんとなってうとうとしはじめる。


「少し休んでてもいいわよ。今の時間は私のお世話なんでしょ?」

「うぅ……それは贅沢過ぎますよぅ……」

「いいじゃない。婚約者なんだし、仕事中でも今はプライベートってことで。休憩みたいなものね」

「……カトレア様らしいですね」


そう言ってからリナリアはゆっくりと眠りに落ちていく。


疲れていのだろう。


私の誕生日パーティのセッティングでも色々頑張ってくれてたし、誕生日プレゼントの制作も頑張ってくれたみたいだし、それにリナリアはいつだって頑張り屋だからね。


こうしてたまに私が甘やかしても罰は当たらないわよね。


私もリナリアの膝で一休みしたい気もするけど……こうしてすやすやと私の膝枕で眠るリナリアをいつまでも見てたい気持ちになる。


リナリアったら可愛い寝顔しててついつい悪戯したくなる。


「これくらいなら許してくれるわよね」


そう小さく呟いてから私はリナリアの頬に軽く口付けをしてリナリアの頭を優しく撫でる。


今夜はフリートと添い寝するでしょうから、リナリアとは明日になるかしら?


その日が待ち遠しいわね。


ふと、外を見ると雪がしっとりと降り続いていた。


積もるかしら?積もったら色々できそうね。


そんな事を思いながらリナリアの寝顔を眺めて過ごす時間……プライスレス。


起きてからも可愛い反応を見せてくれるのだけど、この時の私はただ単純にいつもは甘やかしてもらってばかりだからたまには甘やかしたいターンだったとだけ言っておくわ。


私だって好きな人の癒しになりたいもの。


それにこうしてリナリアの可愛い寝顔を見てるだけで不思議と心が満たされる。


やっぱりリナリアってば天使ね。

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