第40話 海よりも深い愛
日が沈み、夜になる頃にはすっかり人が集まってきており、男どもの中には既に飲んでるのか出来上がってる人もいて、奥さんに叱られていた。
ああいう楽しげな夫婦も悪くないわね。
賑やかな雰囲気に思わず笑みを零していると、いつの間にか仕切りを任せることになっていロベルトが踏み台に乗って、よく通る声で告げた。
「皆の者、よく集まってくれた!今宵は我らが領主様である、カトレア様主催の宴。存分に生きてる喜びを分かち合おうぞ!」
……あの、ロベルトさん。キャラが違いません?
そんな事を思っていると、ロベルトが私に視線を向ける。
それはまるで、乾杯の音頭を取れと言われてるように取れたけど、何で私に振るのやら……って、領主だからよね。
仕方ないと私は壇上に登ると、集まる視線に応えるためにも声を上げた。
「今日は存分に飲んで、食べて、笑いましょう。乾杯」
『乾杯!』
簡潔な言葉でそう言うと、私の言葉を合図に宴は始まる。
初めて見るクラーケンの料理に皆が興味津々だけど、私が手につけるまでは待っているような感じだったので、空気を読んでリナリアに持ってきてもらう。
「カトレア様、まずはシンプルにクラーケンのイカ焼きです」
「ありがとう、リナリア」
分厚いクラーケンのそれを焼いて、熱々にしたイカ焼きを食べると凄く美味しい。
苦労して倒した甲斐があったわねぇ……って、まあ、水の精霊のサラーキアのお陰でそんなに苦でもなかったけど。
まあ、それそれとして美味しいものは美味しいので頂く。
「美味しいわ、ありがとうリナリア」
「良かったぁ……他にも作ってみたのでどうぞ!」
リナリア作のクラーケン料理に舌鼓を打ちながら、リナリアと話して、時々領民たちの喧騒を眺める時間。
悪くないわね。
「嬢ちゃん、今いいか?」
そうしていると、奥さんの元に返したガルドが今度は奥さんを連れて戻ってきていた。
「あら、久しぶりね」
「ご無沙汰しております、カトレア様。それと、ウチの夫がいつもお世話になってます」
妊娠したことで、前に会った時よりも心做しかふっくらしたような感じのガルドの奥さん。
無事に妊娠したとガルドからは聞いてたけど、実際に見ると微笑ましくもなるものね。
「今日はごめんなさいね。体調は大丈夫だった?」
「はい、カトレア様のお陰で問題ありません。守って下さり本当にありがとうございます」
「私の領地だもの当然よ」
照れ隠しも含んでいたけど、リナリアが優しく微笑む辺り見抜かれてるわね。
「ふふ、カトレア様は本当にお優しいのですね」
「あら、私としては日頃そちらの旦那様から聞く奥様のエピソードから、私なんかよりもよっぽど優しと思えるわよ?」
思わず笑いあってしまうけど、相変わらず穏やかそうな人だなぁと思った。
「楽しんでるかしら?」
「はい、クラーケンって美味しいんですねぇ」
「妊婦さんなんだから、栄養あるもの食べないとね」
「そうですね、この子が生まれたらカトレア様も是非会って頂けますか?」
「ええ、楽しみにしてるわ」
そうして私がガルドの奥さんと話していると、アカネがふと気になったようにガルドに尋ねた。
「ガルド殿はお酒を飲まれないのですね」
「ん?ああ、禁酒中だからな」
「あら、優しい旦那様ね」
「まあな」
照れ隠しに頷くガルドだけど、明らかに妊娠している奥さんのために禁酒してるのだろう。
「もう、たまには飲んでいいのよ?」
「いや、それじゃあお前が辛いだろ」
「少しくらい平気です。宴の席なのだから楽しんでいいのよ」
「……そうかもな。ただ、気分じゃねぇから今はいいや」
「ふふ、分かったわよ」
おぉ……これがガルドと奥さんのイチャイチャかぁ……見てて凄く微笑ましいけど、こういう熟練の関係は私も憧れるかもしれないわね。
「アカネの嬢ちゃんは飲まねぇのか?つうか、アカネの嬢ちゃんは歳いくつなんだ?」
「それは秘密ですよ」
「レディに歳を聞くのは野暮じゃないかしら?」
「かもな。まあ、構わんが。そういえばさっきお前のお気に入りの喫茶店の店員が女と話してるの見かけたぞ」
「なんと!?どちらに!?」
「あっち」
ガルドが指さした瞬間に、消えるようにそちらに向かうアカネ。
結構マジで狙ってるようなので、本人としてはクラーケンよりも一大事かもしれないわね。
「もう、意地悪が過ぎますよ」
「いや、ついな」
そんな事を思っていると、奥さんに注意されるガルド。
「嘘だったとか?」
「いや、違うさ。女は女でも確か姉だから、これを機に仲良くなるのもアリだろ?」
あー、なるほどねぇ。
「まあ、アカネの嬢ちゃんなら大丈夫だろう。邪魔して悪かったな」
「では、カトレア様、これで」
「ええ、楽しんで頂戴」
妊娠中の奥さんを慮って、早々に切り上げるガルド。
過保護の匂いがするけど、将来お父様みたいに不器用にならない事を願っているわ。
それはそれで萌えだけど、まあ、ガルドなら心配無用かしら?
「さて、リナリア。お腹も膨れてきたし何かデザートを貰えるかしら?」
「はい!」
嬉しそうにお世話をしてくれるリナリアさんは最高にキュートでございます。
夜も深まり、酔いつぶれた男たちが荷物のように回収されていくか、面倒なので放置される二択になっている中、酒に強い人やノンアルの人なんかはまだチラホラ残っていたりした。
なお、ガルドは奥さんと楽しんでから比較的すぐに、家に戻ったようだ。
アカネも目当ての喫茶店の店員さんの姉と仲良くなったようで、姿を消したし、ロベルトも友人と静かに飲んでおり、私の傍には少しお眠なリナリアしか居なかった。
「リナリア、先に戻っててもいいのよ?」
「いえ……だいじょうぶれふ……」
うっつらうっつらと船を漕ぐリナリアに微笑みつつも、私はのんびりとジュースを飲んで領民たちを眺める。
リナリアのためにも早く帰るべきと分かってはいても、この景色をもう少しだけ見たいと思い、暗い海とそれを照らす月をバックに領民たち満足そうな様子を見ていた。
謎の充実感があるわね。
『ふふ、慕われてますね』
そんな事を思っていると、三度目になるその綺麗な声に少し驚いてから、それが水の精霊のサラーキアであり、私の加護を通して話していると分かり、心の声で会話をしてみる。
『根のいい人が多いからでしょうね。こんな小娘に従うのだから心底お人好しだわ』
『それだけカトレアさんが魅力的なのですよ。それよりもその口調の方が親しみがあっていいですね』
そういえば、思わず普通に話してしまった。
敬語が抜けるとは、我ながら情けないなぁ……。
『すみません、不思議なくらいに親しさが感じられてつい……』
『それだけ馴染んでいたのでしょう。それよりも先程のように砕けた口調で大丈夫ですよ』
『……分かったわ』
相手が良いと言うのだから、断るのも失礼だし私は頷くことにする。
『それよりも、そちらの方……リナリアさんでしたか?その方がカトレアさんの想い人なのですね』
『ええ、そうよ』
『その方と話したり、触れ合う時にカトレアさんは凄く輝きます。余程想っているのでしょうね』
加護の繋がりで、多少なりとも互いに心が分かるのか、サラーキアは心底微笑ましいといった様子で声を弾ませる。
『当たり前よ。私にとって、最も大切な人だから』
『ええ、分かっていますよ』
『そういえば、聞きたいことがあったのだけど……』
『何でしょうか?』
『私は精霊について良くは知らないけど、サラーキアってただの水の精霊じゃないわよね?』
水中での無双に何の違和感も持たない訳もなく、私は可能性としてサラーキアが水を司る精霊の上位の存在なのではと考えていた。
『そうですね、多少古くから居ますけど、私が水の精霊なのは間違いないですよ』
『そう……分かったわ』
深く聞くべきか少し迷うけど、やんわりとはぐらかした様子を見るにまだ教える気はないようなので、今はすんなりと引くことにする。
サラーキアの秘密には、悪意や害意は感じられないし、クラーケンの時に力になってくれたのは間違いないので今は静観で大丈夫でしょう。
『あ、そういえば先程のクラーケンのお料理美味しかったですよ』
『えっと……もしかして味覚も伝わるの?』
『ええ、私もびっくりしましたけど、リナリアさんはお料理が上手なんですねぇ』
なるほど、ならお供えとははあまり必要ないのかしら?
精霊の敬い方をよく知らないので、こうして味覚が伝わるならリナリアから美味しい料理を貰えば自然とお供えになるでしょう。
……お供えの定義とは?
「うぅん……カトレア様……?誰かとお話されてますかぁ……?」
そうしてサラーキアと話していると、リナリアがムクリと起きてそんな事を言う。
声に出てない、心の声の会話なのに……まさか無意識に話してたのかしら?
そんな事を思っていると、リナリアはまたしてもうっつらうっつらとしてから寝息が聞こえてくる。
『限界みたいね……ごめんなさい、お話はまたの機会に』
『ええ、そうしてあげてください』
サラーキアとの会話を片付けると、私はリナリアをお姫様抱っこして持ち帰る。
……いえ、持ち帰るは語弊があるかしら?
でも、屋敷にお持ち帰りは間違いないし否定する気もないので部屋まで運ぶ。
非力なご令嬢な私ではあるけど、念の為に多少の運動で鍛えており、リナリアだけなら何とかお姫様抱っこくらいは出来なくもない。
ただ、マッチョ女と呼ばれたくないし、その辺は悩みどころねぇ……ガルドみたいに筋肉質になるのも悪くないけど、綺麗で凛々しいカトレア様をご所望なリナリアのためにイメージは保たないと。
そんな事を思いつつも、ベッドに静かにリナリアを降ろすと、メイド服を脱がせて、寝巻きに着替えさせる。
リナリアの肌を見るとドキドキしてしまうけど、このままメイド服で寝させるのもあれなので仕方ないと正当化して言い訳をして行うけど、好きな人に触れるのが嫌な人なんて居ないと私は声高らかに言うことにするわ。
そうしてリナリアを寝巻きにしたら、今度は私のターンなのでサクッと着替えて一緒のベッドに入る。
しかし中々に濃い一日だったわねぇ。
屋敷の完成を見に来たら、クラーケンが現れて、倒そうとしたら海に引きずり込まれて、そこで水の精霊に会って、加護を貰って、クラーケンをその力で倒して、リナリアとイチャイチャして、皆でイカ焼きパーティー……ふむ、言葉にすると中々に濃いわね。
まあ、リナリアとのイチャイチャは日常だし当たり前だけど、毎回濃いのは間違いないと謎のキメ顔をしたくなるけど、一人でやっても寂しいので止めておく。
それにしても、よもや、屋敷の完成の日にそのまま新しく作った領地の屋敷に泊まることになるとは思わなかったわね。
ロベルトや使用人さん達のお陰か、豪華な天蓋付きのリナリアとの愛のベッドはシーツも新品で綺麗だし、部屋の掃除も抜かりはない。
いい仕事をありがとうと、明日は伝えましょう。
「カトレアさまぁ……」
そうして、リナリアとさり気なく手を繋いで寝ようとすると、リナリアが寝言のように呟いた。
「わたしは……どんなカトレアさまでもぉ……だいすきれすぅ……」
……もう、もう、もう!本当に可愛すぎるわ!
何なのリナリアったら、これ以上私をたらしこんでどうしようというのよ!
「だからぁ……もっと……」
「むぎゅ」
気がつけば、寝ぼけたリナリアに抱きしめられてしまう私。
あぁ、リナリア柔らかいなぁ……
「あまえてもぉ……いいんれすよぉ……」
リナリアは普段寝相が悪いはほとんどないけど、今日は寝ぼけているせいかえらく積極的だった。
こういうリナリアも可愛くて最高によねぇ……なんて思いつつも、しれっと私の頑張りを見抜いて、優しく受け入れると言ってくれるリナリアさんのヒロインちゃん力に思わず白旗を上げてしまう。
うん、敵わないわよねぇ……この娘には。
リナリアから溢れ出るその母性的な魅力に私は抗えないとよく知っており、その日はリナリアの胸に抱かれて眠ることになった。
海のように広大で、どこまでも柔らかく落ち着くリナリアのその様子は、海よりも深くて雄大な愛を感じさせた。
私はそんなリナリアを益々好きになってしまうけど、リナリアが可愛いから仕方ないわよね。
そんな言い訳をしつつも、高鳴る胸の鼓動とは裏腹にリナリアの母性に徐々に眠りへと落ちていく私。
混乱とトキメキと安らぎが混じり合い、結果としてリナリアに身を任せてしまうのだから、私は誰よりもリナリアが好きだし、リナリアに愛されていると実感出来て嬉しくなる。
そうして、私は頑張ったその日のご褒美のようにリナリアに身を任せて安らかに眠るのだった。
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