第39話 イカ焼きパーティー
気がつくと、私はクラーケンに海に沈められた先程の状況に戻っていた。
夢だったような感覚もあるけど、間違いなく現実だったとそう心から思えてしまうから不思議ね。
ふと見れば、手の甲に不思議な紋様が浮かんでいた。
淡く光るそれは一瞬で消えたけど、きっと水の精霊のサラーキアの加護が馴染んだからなのだろうと思った。
(さてと……)
私は空気を作っていた魔法を解除すると、絡みついているクラーケンの足を手刀で切断する。
いえ、正しくは水の刃かしら?
魔法ではなく、加護による力だけどクラーケンの触手は意図も容易く切れてしまう。
「あー、あいうえおー……おお、本当に息ができる。声まで普通とは凄いわね」
水中でも普通に呼吸が出来て、発声まで出来るのだから水の精霊の加護とは凄まじいものだとしみじみ思う。
「さて、まだアカネの魔法も残ってるし、素早く仕留めましょうか」
先程までは苦戦していたはずの私が、意図も容易く触手を切って、悠々と水の中で動き回る。
それに明らかに警戒したように固まるクラーケンだけど、残念なことにもう窒息も苦戦も水中というフィールドでは不可能になったので仕方ない。
「ごめんなさいね、あなたが居ると色々困るのよ」
主にお魚を食べられなくなる危険に関してだけど。
漁師たちの仕事を奪う訳にもいかないし、少なからず被害もでてたのだから、倒すしかないわよね。
そうして堂々と正当化してから、私は水に溶けるように泡になって消えると、クラーケンの無防備な背後に回り、触手を切断する。
「凄いわね……まさかこんな事も出来るなんて……」
水中のみだけど、私は魔法無しでも好きな場所に移動が出来るようだ。
水のある場所なら何処にでも一瞬で移動出来るので、アカネの影を使った忍術の上番かしら?
何にしても、水の精霊の力の一端に驚いていると、クラーケンは警戒しながら少し後ずさる。
最初に私を捕まえていた触手は既に回復したのか戻っており、今切った触手も再生しかけている。
再生力に、耐久力、しかも攻撃力もかなりあって、知能まであるのだから、間違いなく強敵だけど、水の精霊の加護を得た今、水中戦ならそうでも無かった。
「じゃあ、終わらせましょうか」
アカネの魔法の効果時間がもうそろそろ終わりそうなので、こちらもケリをつけようと、私は魔法の準備を始める。
『静寂と孤独を極めし王女よ、汝の敵が現れた』
それは数少ない私が詠唱を必要とする魔法の一つ。
水の精霊の加護を得た今だからこそ、気兼ねなく詠唱に集中が出来る故に使えた魔法。
『全てを拒絶し、跳ね除け、その心を安らぎへと導け』
何か大きな攻撃が来ると予測したのか、クラーケンが私に向かって触手や黒い砲弾を飛ばしてくるけど、それらは私に触れる前に減速してやがて消滅していく。
水の精霊の力の凄まじはまさにチートと呼べたけど、使えるものは使うべきだと割り切って、私は準備が出来た魔法を発動する。
『アイスキャッスル』
一瞬にして海面を突き破って、天高く聳えるのは、氷のお城。
『アイスキャッスル』は相手を巨大な氷の城へと閉じ込めて傷つけずに無力化できる上級クラスの魔法と言えた。
クラーケンを閉じ込めたその氷の城は、一度入ればクラーケンだろうと確実に葬れる代物だったが、準備をするのに集中する必要があったので先程までは使えなかった魔法だったのだけど、こうして水中で呼吸が出来て、集中する時間が取れれば問題なかった。
そんな感じで、苦戦すると思われたりクラーケンは、まさかの水の精霊の加護を得た私によって、倒されたのであった。
「大丈夫そうね」
しばらく近くの魔物を間引いてから、クラーケンの反応を探ったけど、完全に絶命したと分かったので私は魔法を解く。
すると、氷の結晶が綺麗に弾けて海の上は幻想的な光景になった。
水中でも透き通るような海が更にキラキラしたので綺麗だったけど、個人的には海上で見ることをオススメしておく。
「回収、回収」
ほとんど無傷で手に入れたクラーケンを空間魔法の亜空間にしまう。
『ふふ、まさかこんなに早く加護が馴染んだ上に、使いこなすとは思いませんでしたよ』
そうして戦利品を回収すると、またしても声が聞こえてきた。
その綺麗な声は、間違いなく水の精霊のサラーキアだろうと、私は念の為目を瞑ってみるが、どうやら今回はこうしてお話だけみたいなので、飛ばされることはなかった。
『まだ完全に馴染んでなくてもここまで私の力を使えた人間は久しく居ませんでしたね』
『そうなんですか』
『ええ、既に加護を通してのお話まで既に出来るのなら、カトレアさんはきっと歴史名を残す英雄にもなれるかもしれませんね』
『あんまりなりたくないですけどね』
ただの悪役令嬢にそんな大役は無理なので、是非とも転生レオンに譲りたいところ。
私はリナリアとイチャイチャしたいだけなのよ。
そんな私の気持ちが加護から伝わったのか、くすりと笑ってからサラーキアは言った。
『たまにこうしてお話しましょう。今は待ってる方もいるでしょうし、続きはまた今度……ですね』
『分かりました。あ、あと、加護ありがとうございます』
『いえいえ、良き出会いに感謝です』
それにしても、加護を通してお話とか、加護から気持ちが伝わるとか、リナリアとなら最高だったなぁ……とアホなことを考えつつも、私はもう少しだけ近くの魔物を間引いてから、海から上がるのだった。
海から上がっても衣服がまるで濡れてないし、水中でも服を着てることによる抵抗などもまるで無い。
本当に凄い加護だと感心しながら浜辺に向かうと、疲れたように座り込んでいるアカネと、まだまだ元気そうなガルドが出迎えてくれる。
「主君」
「嬢ちゃん、無事だったか。海に引きずり込まれたから焦ったが、あの氷の城は凄かったな。それで聞くまでもないがクラーケンは?」
「ええ、倒したわよ」
そう言うと二人も笑みを浮かべるけど、恐らく『アイスキャッスル』の魔法が見えた時から予想はしてたのか驚きは少なかった。
「アカネ、ナイスサポートだったわよ」
「いえ、足止めしか出来なくて不甲斐ないです。もっと修練しないと」
アカネのことだから、そのうち一人でクラーケンを倒せるレベルになりそうで少し怖いわね。
頼もしいくノ一の次は、頼もしい冒険者への労いでしょうね。
「ガルドも、アカネの護衛ありがとうね。にしてもよくあの砲弾を真っ二つに出来たわね」
「あの程度なら問題ないさ。にしても……海の中に居たにしては髪も服も濡れてないが、それも魔法か?」
「まあ、そんな所よ」
「ほー、嬢ちゃんは相変わらずとんでもないな。まあ、何にしても一件落着か」
だといいけど。
いえ、ドラゴンの時は裏で動いていた連中が居たらしいのだけど、今回もそうなら面倒ね……まあ、転生レオンに丸投げするに限るかしら?
「リナリアに会いに行かなきゃ」
「その前に住民達に嬢ちゃんの言葉を聞かせなくていいのか?」
「ええ、リナリアを迎えに行ってからね」
「主君らしいですね」
呆れる二人にこの場を任せて、私は屋敷に転移する。
「カトレア様ー!」
転移してすぐに、リナリアに抱きつかれる。
涙目で凄く心配していたのだろうと予想が出来るけど、時間的に私が諦めて帰ってきたとかそういう想像ではなく、無事に倒して帰ってきたと信頼してそうでそんな所がまたエモい。
「カトレア様、カトレア様〜……うぅ……ご、ご無事で良かったぁ……」
「また心配かけたわね。ごめんなさいリナリア」
「うぅ……もう、本当ですよぅ……」
「本当にごめんなさいね。どうしたら許してくれるかしら?」
そう問いかけると、リナリアは抱きついたままポツリと言った。
「今夜は……一緒に寝てください」
「ええ、分かったわ」
よしよしと頭を撫でて落ち着かせる。
あぁ、やっぱりリナリアとの時間は最高ねぇ……クラーケンのことをすっかり忘れてしまいそうになるくらいには今の私はリナリアを愛でることに夢中になっていた。
そうして、リナリア成分を補給した後、まだ出る前だったお父様に無事を報告したのだけど、お父様ってばフル装備で私の領地に向かおうとしていたので相変わらずの過保護に驚きつつも、無事な様子を見せて不器用に頭を撫でられたので本日も大変な萌え萌えなお父様でありました。
リナリアを連れて領地に戻ってから、避難していた領民たちには私が説明をして、とりあえず平常状態には戻れた。
怪我人はほとんど私が見たけど、何人か黙っていた人も居たのでその人達はリナリアに回復魔法をかけてもらってたけど、リナリアはやっぱり私のよりも回復魔法が得意なので凄い。
クラーケンの攻撃で、被害のあった民家も海沿いだと少しだけあったので、船を壊された人達と共に災害として多少の援助はする予定だった。
場合が場合がだし仕方ないわよね。
「これがクラーケン……大きいですね」
そして、私はリナリアにクラーケンの死体を見せていた。
せっかくなので、生き残った記念に祭りでも……なんて、案が出たらしく、私としても反対する理由もないのでせっかくならクラーケンでイカ焼きパーティーでもしましょうかと、そう思って調理をリナリアに任せていた。
「えっと、ここがこうだから……」
「調理できそう?」
「はい、大丈夫です。ただ、私一人だと解体が難しいので、カトレア様のお手をお借りしたいのですが……」
「ええ、勿論よ」
流石に大きすぎて、解体するにしても人手が必要なのは分かりきっているのでリナリアに指示してもらい、私が魔法でクラーケンを解体していく。
「夫婦の共同作業ですね」
「夫婦の……」
途中、アカネの発言にリナリアが可愛く反応して若干手が止まったけど、私を責められる人は居ないと思うのよ。
リナリアが可愛いのがいけないのよ。
「なるほど、夫婦の共同作業か。なら俺は手伝えないな」
「じゃあ、奥さんの元に居たらどうかしら?」
「それは嬉しいが、いいのか?」
護衛という意味でのセリフだろう。
「ええ、今回の騒ぎで奥さんも身重な時に大変だったでしょ。旦那様が傍で支えなきゃね」
「……そうだな、アカネの嬢ちゃん。嬢ちゃんのことは頼んだぞ」
「心得てますよ、ガルド殿」
アカネに護衛は任せて、ガルドは奥さんの元に戻っていく。
うんうん、ガルドはいい旦那様だねぇ。
人としてはやはりああいうタイプは応援したくなるわね。
「しかし、本当によろしいのですか?クラーケンともなれば売ればかなりの値になるはずですが」
私の無事に安堵しつつも、領民たちのケアをしてくれていた出来る男のロベルトが、少し心配そうにそんな事を言う。
クラーケンでイカ焼きパーティーをすると言ったからでしょうね。
当然のごとく領民にも配るから、本当にいいのかと心配になるのは仕方ない。
そういえば、ドラゴンの時もその素材にはとんでもない値がついてたわね。
クラーケンも同じくらいにはなったかしら?
でも、あの時は手加減が難しくて残らなかった部分もあったし、ほぼ無傷のクラーケンの方が高くなるわね。
まあ、どうでもいいけど。
「ええ、ちょっとしたハプニングがあったし、お詫びも兼ねてね」
「クラーケンのことはカトレア様の責任では……」
リナリアも深く頷くけど、その仕草に萌えつつも私はキッパリと言った。
「誰にも責任がなくても、皆を纏めるが領主の務めよ。まあ、私としてはまた魔道具でも出してお金を稼げはいいし、こうして食べ物を分かち合うことで分かることもあるでしょう」
「カトレア様……」
非常に感銘を受けたような表情を浮かべるロベルトや、リナリア。
ロベルト、そんな感動したような顔はやめてちょうだい。
心が痛いから。
私はただ単に、イカ焼きパーティーをしたいだけなので、後付けの理由で感動されると心がねぇ……。
そんな私に無垢なキラキラした瞳を向けてくるリナリアは可愛いけど、その視線にも良心が刺激されてしまう。
結論、リナリアは無垢で可愛い。
そんな当たり前のことを考えつつも、準備は進んでいき、解体したイカでリナリアが色々料理を作る頃には、日が沈んで辺りは暗くなってきていた。
私達だけに任せるのは申し訳ないと、領民たちが食材を持ち寄り、リナリアのサポートや別で料理を作ってくれるのを見てると、ここの領地の人達の人柄がよく見えてきて気持ちがいい。
リナリアはすっかり、私の奥様として認知されており、治癒魔法や料理の腕もあってすんなりと奥様やお嬢様方と打ち解けていた。
可愛いしいい事だけど、取られないように都度都度リナリアの邪魔をしない程度に愛でた私は頑張ったと自画自賛してしまうけど、大丈夫よね?
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