第38話 水精霊の加護

「あらぁ……マジでクラーケンね」

「そのようですね」


私の言葉に深刻そうな表情で頷くロベルト。


兵士の言葉を受けてから、ロベルトに避難指示を出すように伝えて、リナリアを真っ先に退避させてから海を見れば、そこには確かにクラーケンと思しき魔物がいた。


前に相手をした、ドラゴンと似たり寄ったりの大きさに思わず出てしまった言葉だけど、あっという間に指示を終えたロベルトもその姿を捉えていた。


「奥様はもう避難を?」

「ええ、凄く心配そうだったし少し抵抗されたけどね」


『カトレア様だけが危ない目にあうのはダメです!私も残ります!』と珍しく強く言われたけど、私の必死の説得とお父様へと報告をお願いすると渋々頷いてくれた。


ただ、『決して無理をせず、何かあったらすぐに逃げてください』と言われて、あと『絶対に私の元に帰ってきてください』と指切りで約束をしたので私としてはリナリアとの約束を守るだけだ。


「カトレア様、まさか戦うなどと仰られませんよね?」

「本当はしたくないけど、魔法で飛べるのは私だけだし仕方ないわよ」


水系統の魔法は使えるし、海上戦はまだ想定内だけど……水中に潜られたら打つ手がないわね。


何個かは無くはないけど、海の魔物はクラーケンだけでは無いし、漁夫の利を狙ってる狡猾な魔物や野生動物も居ないとは考えられない。


困ったものねぇ……。


「話によると、漁に出ていた船乗りが最初に発見したそうです。負傷者は出ていますが、そちらは先程カトレア様が治して頂いたようなので問題ないかと」

「海に入ると敵対と取られるのかしら?」

「そのようですね。浅瀬でも攻撃が来たらしいですが、距離の関係でそちらでは怪我人はおりません」


弱ったものね。


このままクラーケンに居座られたら、新鮮な海の幸が取れなくなってしまうし、船乗りの仕事も無くなってしまうわ。


それに、海に入らなくてもそのうち襲われる可能性は少なくない。


早めに解決しないとダメね。


そんな事を思っていると、遠くから高速で何かが飛んでくる。


黒い砲弾のようなそれを、私は魔力壁で受け止めるけど、ドラゴンのブレス並に重い攻撃に少し顔を顰めてしまう。


「遠距離もあるのね……ロベルト、直ぐにここを離れなさい」

「お一人で行かれるですか?」

「そうしたい所だけど……」

「主君!」

「嬢ちゃん、非常事態だな」


影での移動で来たのか、アカネが飛び出てくると同時にガルドもやって来た。


恐らくこの領地で最強格の2人の登場は有難いけど、二人には空中戦と水中戦の術がないのが辛いわね。


「アカネ、ガルド。クラーケンよ」

「クラーケンというと海の……すみません、拙者ともあろうものが他の任務に向かっていて気づかなかったなどと」

「俺もだな。避難指示が出るまで嫁さんとのんびりしてたからな」

「2人は悪くないわよ。一応聞くけど、海でクラーケンを仕留めるのに着いて来れそう?」


その言葉に2人は首を横に振る。


でしょうね。


「船の上だと俺の場合は足場が消えたらアウトだからな」

「拙者も忍術で多少は水中歩行や水遁の術も使えますが、あの大きさでは難しいでしょう」


サラッととんでもない事を言うけど、でもまあそれが普通というか、むしろアカネがそんな事まで出来るとは想定しておらず少し驚いた。


「一応、海ごと割る覚悟で斬撃でも飛ばしてみるか?運が良ければ当たると思うが」

「津波になっても困るし今はいいわよ。というか、そんな事もできるのね」

「ただの力技だがな」


斬撃で海を割るとかバトル漫画で見たことある気がするわね。


「ならば、拙者の忍術でクラーケンの動きを鈍らせましょう」

「そんな事できるの?」

「ええ、ただあまり長くは持ちませんが……その前に主君なら仕留められると信じております」

「そうね、それが一番可能性が高そうかもしれないわね 」


私1人では、その方法は出来ないのでアカネの力を借りてクラーケンにダメ元で挑むのが最前かしら。


「術を使っている間、拙者は無防備になります。ガルド殿、護衛を頼んでもよろしいでしょうか?」

「任せな。後ろは俺らが居るから、嬢ちゃんは好きに暴れてくるといい」

「頼もしいけど、いつもと逆ね」


思わず笑いあってしまう。


そんな私たちにロベルトはどこか驚いていたけど、それを見て確信したように頷く。


「ロベルト、皆のことは任せるわね」

「畏まりました。カトレア様、ご武運を」

「ええ、まだリナリアを愛でたいから生きないとね」









アカネが術を出す前に、まずは私が出来るだけクラーケンに近づいておくことにする。


しかし……


「この遠距離攻撃は厄介ね……」


近づく度に増えていく、砲弾のような黒い攻撃を魔力壁でガードして進むけど、一撃一撃が重くて面倒くさい。


ドラゴン線での反省を活かして、魔力をケチらないで守ってはいるけど、それでも大変なものは大変であった。


「わぁ……でかいわねぇ……」


どうやら、クラーケンの触手の範囲内に入ったのか、足での攻撃が始まるのを横目にその間近で見ると、下手したらドラゴンよりも大きなクラーケンの姿に思わず呟いてしまう。


「さて、早めにケリを付けないといけないわね」


襲ってくる触手を避けつつ、アカネに合図を送ると、アカネは術を発動した。


すると、クラーケンが痺れたように動きを鈍くする。


凄いわね、本当にクラーケンを鈍らせるなんて、流石はアカネね。


そんな事を思っていると、クラーケンはまるでその発生源を分かっているように、私をスルーしてアカネの方へと黒い砲弾の攻撃を出す。


その攻撃に動けないアカネが危ないと思ったのは一瞬のこと。


私が魔力壁で防いでいるそれを、ガルドは大剣で真っ二つに割ってアカネを守った。


(わぁ、カッコイイなぁ……)


主人公ばりの活躍に思わずそんな言葉が出るけど、無論私やアカネはそれではときめかないのでただそんな感想しか出なかった。


「とはいえ、チャンスね」


私は海水を氷に変えると、鋭くしてクラーケンに発射する。


しかし、クラーケンの硬い鱗を貫くには少し足りなかった。


(もっと強くしないとダメね)


先程よりも魔力を使って、確実に貫ける氷の槍……『アイスランス』という魔法を使い、クラーケンに発射すると、今度は命中してクラーケンが暴れ出す。


深く貫通したお陰で悪くないダメージなのでこのまま攻めようかと思っていると、シュルりと私の足にクラーケンの足が絡みついてくる。


「なっ……わ!」


抵抗するように、私を海へと引きずり込むクラーケン。


油断していなかったし、確実に気をつけていたのに気づけなかった。


恐らく、クラーケンの特殊技か何かで触手をステルスにして探知から消したのだろう。


凄まじい技だけど、万全の状態で無かったのは幸運かもしれないわね。


とはいえ、問題は問題だけど。


(取れない……というか、まさか窒息を狙ってるの?)


明らかに私を溺れさせるようにしか見えないけど、アカネの術の効果で鈍っていながらこんな真似が出来るとは恐ろしいものだ。


風魔法と水魔法を応用して空気を何とか集めるけど、僅かな時間しか無かったのであまり猶予はない。


そんな事を思っていると、水性の魔物が複数、私に向かってきていることに気がつく。


クラーケンの弱体化を察して、漁夫の利を得に来た?


だとしたらとことん知能が高いので嫌になるわね。


魔法で迎撃つつも、クラーケンの触手を解こうとするけど、全然取れない。


完全に守りに入り、私の窒息を待つクラーケンは恐らく攻めよりも守りに特化しており、その守りはドラゴンよりも圧倒的に厄介であった。


(こうなったら大技で……って、ええ!?)


津波の心配もあるけど、そこは何とかしてクラーケンを倒そうかと思っていると、クラーケンが私の魔力を吸い始めたのだ。


(いやいや、それはズルいってば……)


まさか触れた相手から魔力を吸えるなんてことも出来るとは、クラーケンとは厄介な生き物だと嫌になってくるけど、何とかしないといけない。


(どうしましょう、こうなったら……)


最後の手段を使おうかと私が考えていると、ふとどこからか声が聞こえてくる。


『――――――』


空耳か、クラーケンかと思ったがクラーケンは守りに徹して私から魔力を吸うことに集中していた。


では、今のは一体……


『―――目を―――閉じて――』


途切れる声に私は従ってみる。


クラーケンの魔力の吸収は比較的ゆっくりで、私の呼吸ももうしばらくは持つので、ためにし声に従うと、今度は近くから声が聞こえた。


『もういいですよ』


不思議な浮遊感を覚えて目を開けると――景色が一変する。


先程まで暗い海の中でクラーケンに捕まっていたはずの私は、気がつくと豪華な神殿の中にいた。


目の前には、青色の衣を待とう美女がおり、その髪の色は海のように深い碧色であった。


「えっと……ここは竜宮城でしょうか?」


はて、何故に声が出るのやら。


魔法の効果も何故か切れているのに、普通に声を出せて話せていた。


これは一体どいうことなのかしら?


『竜宮城というと、確か浦島太郎という昔話でしたね。なるほど、やはり貴女は異世界人さんでしたか』


驚く私は美女のそんな言葉に余計に驚いてしまう。


まさか例えの竜宮城のネタが異世界で通じるなんて……という気持ちと、私が転生者であると分かっているようなその余裕が凄く驚く。


『ああ、ごめんなさい。驚かしてしまったようですね。まず初めに言っておくと、貴女の肉体は絶賛クラーケンと戦闘中です。意識の一部をこうして借りて私の空間に持ってきただけだから、話が終わったらすぐに返してあげますからね』


サラッととんでもない事を言う美人さん。


「貴女は神様か何かでしょうか?」

『ふふ、そんなに大層なものじゃないですよ。こういう事が出来るのも私のフィールドである水場だけなので』


悪意のない笑みに、不思議と親近感がわくのでびっくりする。


直感が、目の前の人物から害されないと言ってるように思えてますます困惑するけど、美女はそんな私に自己紹介をした。


『初めまして、私はサラーキア。水の精霊です』


水の精霊……え?精霊ってあの精霊さん?


ゲームとか二次元ではよく出てくるあの精霊さんなら凄いけど、確かに人の領域から外れた美を感じさせる人なので有り得るかもしれないわね。


まあ、私は可愛いリナリアがタイプなんだけど……それでも綺麗すぎてびっくりしてしまうのは仕方ないと思う。


「えっと……初めまして、カトレア・アンスリウムです。サラーキア様……で宜しいのでしょうか?」


精霊となれば、当然のごとく敬うべきかと思っての問だけど、それに対してサラーキアはくすりと微笑むと優しく言った。


『敬称は要りませんよ。カトレアさんと呼んでもいいでしょうか?』

「ええ、勿論」


にしても、まさかクラーケンと戦ってる最中に精霊と出会うなんて……これがファンタジー世界では常識なのかと首を傾げたくなるけど、それにしても綺麗な人だ。


まさしく水を司るような透き通るような美人さんなので見惚れそうになるけど、リナリアという愛しい人が居るから見惚れる程度で済んだといえた。


『それにしても、こうして私の声が聞こえた人は何百年振りでしょうね。ゆっくりお話したいけど、今は大変なようだし要件だけ済ませちゃいましょうか』

「要件?」

『ええ、簡単に言えば私は貴女に加護を与えたいのです。ダメですか?』

「いえ、貰えるなら嬉しいですけど……私が貰って大丈夫なんですか?」


加護というと凄く神聖なものに思えるので、私のような元悪役令嬢が貰っていいのか戸惑っていると、サラーキアは優しく微笑んで言った。


『私は、精霊の中でも少し変わってましてね。最も大いなる愛を持つ人が好きなんです。カトレアさんの心には一人に捧げたとてつもない愛情に溢れていました。一目で気に入りましたよ。貴女になら久しぶりに加護を渡してもいいと思えたのです』


リナリアへの気持ちが評価ポイントでしたか。


それなら有難く受け取ることにしましょう。


「分かりました。よろしくお願いします」

『ええ、では』


そっと私にサラーキアが触れると、不思議な力が流れ込んでくる感覚になる。


まるで、サラーキアと繋がったような温かさを感じながら、それが私に馴染むのを実感する。


『凄いですね、これまでの誰よりもすんなりた加護が馴染みました。カトレアさんの愛の深さゆえでしょうね』


いやー、それ程でも無いこともないけど……なんて、照れそうにもなるけど、サラーキアは深く頷くと言った。


『私の加護があれば、クラーケン程度ならすぐに対処出来るでしょう。早く片付けてまたお話しましょうね』


その言葉と共に私の意識は遠ざかるような感覚になる。


笑顔で手を振るサラーキアは実にご機嫌で、次に話せるのがいつなのかは不明だが、色々聞けそうなのでワクワクしながりも私は現実へと引き戻されるのであった。























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