第37話 クラーケン現る

「外にお風呂とは中々に大胆な発想でしたが、カトレア様の魔道具のお力なら確かに可能でしたね」


リナリアに楽しく案内してから、落ち着いた頃にロベルトが感心したような口調でそんな事を言う。


「でしょう?魔法師団や高ランク冒険者からのお墨付きも貰ってるもの」


物理的に覗こうとしても、侵入どころか柵に触れた瞬間に電気が流れて不審者の存在がバレるし、そのもそも敷地内なので侵入は困難と言えた。


また、大きな建物なのでエスカレーターやその上のステルス休憩所から見えないかもきちんと確かめており、魔法で視力を強めようが、例えアカネの忍術でも覗くことは不可能だった。


空を飛ぶなんて魔法を覗きに使える人は居ないと言っても良かったし、リナリアとの露天風呂のために妥協しなかったからこそ最高傑作になったのであった。


まあ、ざっくり言えば愛の力よね。


「外での温泉というのは確かに素晴らしいかもしれませんね。特に夜は星が綺麗に見えますので」

「そうね、ロベルトも私とリナリアが入ってない時なら使ってもいいわよ」

「いえ、こちらは御二方の憩いの場ですから。それに私どものために使用人用の温泉も作って頂けたのでそちらで十分でございます」


同じ湯に浸かるなんて恐れ多いとのことで、わざわざ使用人用のお風呂も使ったのだけど、私作の大浴場よりも小さめ(とはいえ、そこそこ広い)で種類も少ない(だけど、そこそこある)けど、ロベルトとしてはそちらでも露天風呂は楽しめるので十分だそうだ。


「星空を見つつ、湯に浸かって月見酒もアリかもしれないわね」

「それはいいですな」

「そういえば、カトレア様。あっちこっちに置いてあるこれは何でしょうか?」


ロベルトに大人の楽しみ方を教えていると、キラキラした目で見回していたリナリアがふと置いてある魔道具を指して尋ねてくる。


「ああ、それは水が出る魔道具よ。水分補給は大事だし万が一に備えてね」


風景を壊さないようにデザインを考えつつも、念の為に設置した美味しい水が出る魔道具は長湯したような時のための念の為の措置だった。


「そうそう、最近出来た魔道具も設置したのよ。それも見ましょうか」

「分かりました!」


ワクワクするリナリアを引き連れて、脱衣所に戻ると、私は布を被せてわざと隠していたそれを取ってリナリアに見せる。


「何だか凄いですね……これはどういった魔道具なんですか?」

「自動販売機よ」


電話よりも先に何故か作ってしまったのは自動販売機……自販機と呼ばれる無人で買えるそれであった。


「じどう……はんばいき?」

「簡単に言えば、人が居なくても置いてあればお金を払って中にあるものをお買い物できる魔道具よ。勿論、買えるのは置いてある種類だけだけど……」

「わぁ……凄いです!」

「そして、この屋敷のものはお金じゃなくてこのコインを入れるのよ」


百合の花の柄が入った特注のコインを入れて、ボタンを押すと冷えた牛乳が出てくる。


「はい、リナリアの分よ」

「ありがとうございます」


百合の花のコインの袋を渡すと、リナリアはそのコインに微笑んでから私が試作して渡していたアイテム袋……空間魔法の亜空間を作り出す魔道具で、小型の試作型にそれを入れた。


この自動販売機もそうだけど、アイテム袋も空間魔法の亜空間を作るためにあれこれと頑張ったのだけど、良いのものが出来て良かったわ。


「何だか贅沢ですね。大きなお屋敷に、豪華な温泉、それにカトレア様の魔道具も凄いです」

「そうかもしれないわね」

「でも、一番はカトレア様とこうして想いあって一緒に居られることかもしれません。私にとって今は最高に幸せですから」


ギュッと手を握ってそんな風に微笑むリナリア。


不意打ち気味なそんな可愛い発言にドキッとした私はまたしてもリナリアにときめいていた。


あーあ……もう、この子はどれだけ私をたらしこめが気が済むのかしら?


「なら、病める時も健やかなる時も死ぬまで私はリナリアを離さないと誓うわ」


だからこそ、私も反撃の意味も込めて本音を言うと、リナリアは少し赤くなりつつ言った。


「な、何だかプロポーズみたいですね……」

「実際にそうだからよ。まあ、その前からリナリアは私の物と決まっていたのだけどね」

「嬉しいです……」


最高に可愛いリナリアとまたしてもイチャイチャしてしまう。


どうしても可愛くてついつい愛でてしまうけど、ここでも空気を読んで微笑ましそうに意図的に存在感を消して空気になったロベルトはやはり凄かった。


お父様やお母様がイチャイチャし始めた時にジャスティスも似たようなことをしていた気がするけど、実は親戚とかだったりは……流石にしないわよね。







「それで、カトレア様。こちらにはいつ頃からお住いになるのでしょうか?」


リナリアとイチャイチャし終わってから、ロベルトからそんな事を尋ねられた。


「私は今日からでもいいのだけど……お父様が心配でもするから本格的に住むのは成人後ね」

「承知致しました」

「ただ、泊まりには来ることはあるから、その時は連絡をするわね」

「元より、カトレア様のお屋敷ですから、ご自由にお越しください。いつでも万全にしておきますので」

「ええ、頼りにしてるわ」


お母様は割かし落ち着いているのだけど、お父様は相変わらず娘に過保護なのでこちらに住むとまたしても心配をかけてしまうことになるし、お父様自身も『成人までは屋敷に居ていい』と遠回りな言葉で過保護を発揮しており、相変わらず萌え力の高いお父様なのであった。


それに、私の弟のフリートもまだ私がそばに居てあげた方が良さげなのでその辺はちゃんと考慮していた。


何だかんだと初めて出来た弟が可愛い意味では、私にもブラコンの素質があるのかもしれないけど、流石に転生レオンのような異常さはないのでそこは安心してもいいと思われる。


弟は可愛いけど、あそこまで病的には愛せないし、何より私にとってはリナリアが最高なのでああはならないと思う。


とはいえ、フリートが可愛いのは確かにそうなので色々構ってしまうのも仕方ないのかもしれない。


「あの、カトレア様」

「ええ、分かってるわ」

「ありがとうございます!」


以心伝心とも言うべきかしら?


リナリアのうずうずした様子からOKを出すと、嬉しそうに駆け出していくリナリア。


「リナリア様はどちらに?」

「専用の厨房よ」

「なるほど、リナリア様らしいですな」


料理人たちの調理場の他に、リナリア専用の調理場を用意したのだけど、先程の案内で夫婦の寝室とは別の意味で嬉しそうにキラキラした瞳になっていたのは誰の目に見ても明らかだった。


リナリアは家庭的で、私のお世話が大好きなので早速新しい自分専用の調理場で私のためにあれこれと作りたくなったのだ察した私の合図だったのだけど、子犬のようで本当に可愛い。


子猫のような愛らしさもあるけど、素直なところは子犬っぽいかもしれないわね。


「ロベルトもお茶でもどうかしら?」

「カトレア様のお誘いとあれば」

「いつも頑張ってくれてるから、何かお礼がしたいけど今はお茶で許してね」

「いえ、私はカトレア様の元で働くことが出来て満足しておりますので」


ロベルト曰く、代官職時代よりも今は充実してるらしい。


「この地を任されてからそれなりの年月が経ちましたが、やはり私は上に立つよりも誰かの下に仕える方がしょうに合ってるようでして」

「ロベルト程優秀なら他の貴族家から勧誘とかありそうだけどね」

「無くはなかったですが、この地が良かったのですよ」


亡き妻との思い出が詰まったこの地に骨を埋めたい。


そんな思いがロベルトにはあるらしい。


「息子は外に出ていきましたが、孫がこちらに戻ってきて私の跡を継いでくれます。私が引退しても、孫ならばカトレア様のお役にたてるでしょう」

「それはそうかもしれないわね。でも、私はロベルトにも無理しない程度には期待してるのよ」


代官職の頃から、その優秀さは抜きん出ていたけど、実際に一緒に仕事をするとジャスティスに匹敵するスペックなので最初は驚いたものだった。


まあ、ジャスティスが規格外すぎるだけだけど、これだけ優秀な人材が領地を得ただけで手に入るとは私も運が良かったと言わざる得ないでしょうね。


「まだまだ私は未熟だから、そういう意味でもロベルトを頼りにしてるのよ。だから、これかもよろしくね」

「カトレア様……勿論ですございます」


感極まったように頭を垂れるロベルト。


そんなロベルトと一緒にリナリアの淹れてくれたお茶を飲みつつ、お仕事の話半分、ロベルトの奥さんとの話を半分くらいに聞くけど、ロベルトの奥さんは中々に個性的だったようだ。


「確か元はAランクの名のある冒険者だったらしいのですが、気が強い割に寂しがり屋な所がありましてね。息子も妻によく似てましたな」


私はロベルトの孫には会ったことがある(というか、仕事を色々任せてるし部下みたいなもの)けど、息子さんの方は会ったことはなかった。


「今はどちらに住んでるのかしら?」

「確か、ガストン伯爵様の領地だったかと」


ガストン伯爵……ああ、あの人か。


思い浮かべたその姿は、ぽっちゃり系な穏やかな男性の姿。


腹黒が多い貴族社会において、数少ない良心的な存在で、私も何度か会ったことがある人だけど、新しい価値観や物事への順応が早くて、お父様もその人柄を評価してたように思えた。


そのガストン伯爵の領地はここより少し遠かったと記憶してるけど……まあ、そのうち私が転移で行けるようになるのもアリね。


「ガストン伯爵様には私も何度かお世話になっていて、お誘いのお話もあったのですが、この地を忘れられない私はそれに頷けませんでした。そんな私を見て、息子がその話を受けたのです」


やる気も素質もあったロベルトの息子は、あっという間にロベルトの教えを吸収するとガストン伯爵の元に行ったらしい。


現在はガストン伯爵の元でその手腕を存分に奮ってるというのだから凄いものだ。


「親子揃って本当に優秀ね」

「いえ、あれは妻に似たのでしょう」


奥さんを思い出す度にロベルトは無意識に微笑を浮かべており、本当に愛していたのだろうとよく分かった。


「私もまだまだ道半ばですが、カトレア様のために精一杯お仕えさせて頂きたく思います」

「ええ、頼りにしてるわよ。でも、無理はしないこと」

「ええ、妻の遺言でもありますから、そこは弁えておりますよ」


なんでも、『無理し過ぎて早く私の元に来たら許さないから!』と言われたらしい。


あと、『長生きて渋くなった貴方と向こうで会えるのを楽しみにしてるわ』と笑顔で言われそうだ。


強い人だけど、確かに弱さもどこか同居してして話だけでも不思議な魅力があった。


なるほど、ロベルトが惚れ込むのもよく分かるものね。


私はリナリアにベタ惚れだけど、話だけでもこれだけ人を惹き付けるのだから実際に接していたロベルトはもっと凄かっただろう。


「カトレア様、お茶が入りました」

「ありがとう、リナリア」

「ロベルトさんもどうぞ」

「ありがとうございます、奥様」

「奥様……」


わざわざ奥様予備をしたロベルトに感謝しつつ嬉しそうなリナリアを鑑賞しながらお茶を飲む。


「あら、これは初めて飲むわね」

「あ、実は昨日手に入ったばかりのものでして……どうでしょうか?」

「ええ、美味しいわよ」

「良かったぁ……えへへ……」


私の好みを完璧に把握しつつも、反応を見て嬉しそうにするのだから、本当に尊い以外にボキャブラリーを増やしたいところね。


私ってば、語彙力が低いからもっとその辺を磨いて口説けるデキる女にならいと。


とはいえ、今でさえこれだけ可愛いリナリアが更に益々可愛くなったら人の言葉では語れなくなりそうだし……神様にでも神様語でも習おうかしら?


「カトレア様!カトレア様とロベルト様はこちらに居られるでしょうか!?」


そんなアホなことを考えていると、バタバタと駆け込んでくる兵士が一人。


見覚えのある人ね。


確か、海辺の担当の兵士だったかしら?


人数が多くても、その辺はそこそこ覚えているのでぼんやりと思い出しているとロベルトがその兵士に尋ねる。


「何かあったのですか?」


そのあまりの慌てぶりに、注意するよりも先に何かあるのではと思った様子のロベルト。


私もそうなので、心配そうなリナリアを軽く落ち着かせてから、兵士の言葉を待っていると、その兵士は何とか呼吸を整えてから実に真剣な表情でそれを言った。


「ご……ご報告します!海に巨大な魔物が……クラーケンと思われる魔物が確認されました!」











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