第32話 転生レオンの頼み事

「では、今日はここまで」


慣れたもので、臨時講師のお仕事も順調にこなせている私は意外と適応力が高いのかもと思いながら、今日の授業も無事終える。


「先生、あの質問が……」

「私もお聞きしたいのですが」

「私も」


授業が終わっても、学習意欲が高い生徒たちは自主的にそうして質問をしてくる。


勿論、時間が惜しくないとは言わないけど、ここに居る間は私は彼女達の先生なので、生徒のために多少の時間は割くことにする。


「では、課外授業といきましょうか。参加したい人達のみ屋外に来てください」


そう言うとほとんどの生徒が付いてくるので最初はびっくりしたけど、魔法を学ぶ若人達がこうして日々高みを目指すのを見てるのは悪くない。


実習を含んだ課外授業は二時間程度で終わるけど、居残りまでする生徒たちのやる気にはこちらとしても頭が下がる思いになるわね。


「自己管理も良い魔法使いの基礎よ。それは忘れないようにね」


居残りの生徒にそう軽く釘を指すと、素直に返事をするので私はそれを見守ってから、今日のお供……待っていていてくれたリナリアの元へと歩み寄る。


「ごめんなさいね、退屈だったでしょ?」

「いいえ、カトレア様が先生なのが見られて凄く楽しかったです」


回復魔法を高いレベルで使えるリナリアからしたら、受ける必要のない講義なのでそれを見ていて退屈じゃなかったかと問うと笑顔でそんな事を言われてしまう。


本当に天使なんかじゃないないかと日に日に思う頻度が上がりつつも、私はニッコリと微笑んで言った。


「でも、魔法の一番弟子はリナリアかもしれないわね。カトレア先生って呼んでもいいのよ?」

「カトレア先生……なんだか、カッコイイです」


『一番弟子』と『カトレア先生』に大いに嬉しそうな表情を浮かべるリナリア。


女教師カトレアと可憐な女学生リナリアとの禁断の恋……燃えるわね!


一瞬でそんな妄想が出来てしまうハッピーな自分に呆れつつも、リナリアの手を取ると私は言った。


「遅くなったけど、何かスイーツ食べてきましょう。学園の近くは良い店が多いそうよ」

「はい」


素直に頷くリナリアと手を繋いて学園の門をくぐって、外へと繰り出す。


生徒たちからの好奇の視線を感じて、リナリアは少し恥ずかしそうだったけど、同時に嬉しそうでもあった。


私との関係を知られて、私がリナリアのものだと言ってるような行動に嬉しくなったのだろうと推察できる。


私もリナリアを自分の物だと自慢したい気持ちとこの可愛い生き物をどう愛でるかでウキウキしながら近くの喫茶店に入る。


「おや、カトレア殿。奇遇だな」


女の子が沢山の、大繁盛のお店の中。


カウンター席に座るお髭が素敵なご老人がお一人。


しかも私が見知っている人であり、向こうも当然こちらを知ってて実に軽く声をかけられた。


誰であろう、その人はそう、私の学園での雇用主であり、お父様のお知り合いの学園の長である、学園長その人が甘そうなイチゴのパフェを食べていたのだった。


にしても、誰もそれに何も言わない辺りこの人かなりの常連さんなのかしら?


何にしても、女の子だらけのお店に一人で来る度胸は男気があると私は思った。


「学園長、ご機嫌よう」

「そちらが噂の婚約者殿か?」

「ええ、私の最愛の人であるリナリアよ」

「なるほど」


一瞬リナリアに視線をやってから、学園長は納得したように頷くと言った。


「優れた魔法使いのカトレア殿に相応しい人のようじゃな。店主、未来ある恋人たちにワシからの奢りじゃ」


そう言ってから、ポンと明らかに多めの額を渡すと学園長は颯爽と学園へと戻って行った。


あまりにも鮮やかな奢られ方に、店の数名がウットリした視線を学園長が去った扉に向けていたけど、確かにあれは渋くて素敵ね。


「何だか凄い方ですね」

「そうね、でも、せっかくだからご好意に甘えましょうか。リナリア好きなものを頼みましょう」

「分かりました」


それなりに学園長という人の人柄を、臨時講師になってから知ったような気にもなってたけど、渋いご老人は精神まで成熟しており、普通のイケメンよりと人柄として素敵に思えるから不思議だ。


まあ、それでも私が惚れることは有り得ないのだけど、ああいう本物の人が上の組織なら今の若者は健やかに育つのだろうと私は思うわ。


人を育むには見本となる人がそれに相応しくないと難しい。


反面教師なんて言葉もあるけど、全ての子供たちがそれを実践できるのかといえばそれは難しいので、正しく導ける人は希少だ。


故に、私もそういった人になれるようには努力したいわね。


その後は、リナリアと楽しいスイーツタイムを楽しむけど、学園長のインパクトに負けないようにリナリアとイチャイチャしたのは対抗してではなく、私の存在を刻みつけたかったのだという言い訳はさせて貰うわ。


まあ、リナリアも私も相思相愛なのはお互い分かっていても、それを口にするのは凄く大切なので私は実践する。


リナリアもそれを分かっているのか、恥ずかしそうにしつつも受けて入れてくれるのでベリーキュートなのは間違いなかった。


リナリアは最高だなぁ。








「主君、ご報告が」


学園長の渋さに影響された訳では無いけど、新しいインスピレーションを貰えて私は帰ってくると自室で魔道具の設計図を描いていた。


リナリアはお料理の勉強のために席を外しており、少し寂しいけど一人で集中していると、不意に後ろに出現したくノ一アカネ 。


どうやったのかは分からないけど、この厳重な公爵家ですら自由自在に動き回れるようなので、能力は本当に高いのだと思われる。


まあ、本人は少し性格がちょろ……天然なようなので、ハニートラップとかその手は難しそうだけど、情報収集や護衛には最適と言えた。


身元不明な上に、実力も確かなアカネを受け入れるのには多少手間はかかったけど、周りの心配も最もだったので、アカネが無害なのを確認するために研究途中の魔道具を使ったりもしたけど……それのお陰で、晴れて私の忍になったのでそれは今はいいかしら。


「どうかしたの?」

「はい、先程、君主の領地にて不審な商人を見つけて捕縛しました」


アカネは、空間魔法の転移は使えないけど、影を使った忍術でそれに近い真似をする事が出来るらしい。


万能ではないらしいけど、そんな事が出来る忍術は興味深いのでそのうち解明して見たい所。


「不審ねぇ……もしかして前の連中の生き残りかしら?」

「ロベルト殿に確認を取ったのですが、その可能性が高いかと」


そう言ってアカネが取り出したのは、私が領地を貰って初めて訪れた時に最初に片付けた厄介事……麻薬の一種である、『アファブロシロン』という薬その物であったので思わずため息をつく。


確かに組織を潰したし、関連してそうな商人はほぼ全て対処したけど、やはり何処かに生き残りが居たようだ。


「にしても、また私の領地で再起しようなんて随分と舐めてるわね」

「灯台もと暗しと言いますからね」

「人の流入が増えたからむしろチャンスに思われたのかしら?」

「それはあるかと」


だとしたら浅はかだこと。


「にしても、流石ねアカネ。貴女の腕を疑ってた訳じゃないけど、そういう観察眼もあるとは思わなかったわ」

「いえ、事前に聞いていたので対処は容易かったです。それに忍の私はそういった任務もよくこなしていたのでこの程度なら問題ありません」

「頼りにしてるわ」


受け取った薬を跡形もなく魔法で消し去ってから、少し思案する。


杞憂だろうけど、生き残りが動いたのだとすれば、私の領地だけとは考えられない。


(念の為、お父様にはお話しておきましょう。それと……)


若干の重い気持ちを抱きつつも、私は部屋の外で待機しているメイドさんに告げて出掛けることにした。


あんまり行きたくないけど……貸しを作るのはアリよね。







「――という訳で、ご注意を」

「急に来たと思えば……なるほどな」


王城に空間魔法の転移で飛ぶと、目的の人物にはすぐに会えた。


こういう時に、最も便利なのはやはり転生レオンであろう。


「事情は分かった。なら俺の網にすぐにかかるだろうからその件は――っと、おっと。どうやら読みはあってたらしいな。俺の密偵が件の連中を抑えたようだぞ」


古代の簡易的な通信に近い機能を持つ魔道具が光り、その光で転生レオンの手の者が麻薬組織の生き残りの一部を捕えたという情報が転生レオンにもたらされる。


しかし、魔道具の光信号はパターンが多くて覚えるのが面倒なのによくつかいこなせるわねぇ……


私の報告が無くても、恐らくは勝手に捕らえて存在を把握していたでしょうけど、今回は小さくても貸しを作れたので良しとしましょう。


「それにしても、驚いたぞ」

「何がです?」

「俺よりも速く情報を得ていた事だ。小さくても貸しを作れた機会だったが……まあ、いい」


同じようなことを考えていたと知って、ゲンナリしそうになるけど、転生レオンと無駄に相性がいいのは不本意ながら今はプラスなので放置する。


まあ、私の1番はリナリアでないと我慢できないけどね。


「とりあえず、残党の出そうな範囲は大まかに見当がつく。全く、俺の可愛い弟の国で汚らしいゴミを売りやがって……拷問して処刑じゃ足りんな。一族郎党皆殺しか、コンクリートに詰めて島流しのどちらかを選ばせるとしよう」

「流石殿下、鬼畜ですね」

「そう褒めるな。照れるぞ」


真顔で返事をするあたり、本気度合いが伝わって恐ろしくなるわね。


というか、コンクリートに詰めて島流しって、斬新ね。


汚染の進んでない綺麗な海を汚されたくはないものだけど、まあ私には関係ないしスルーが吉ね。


「アンスリウム公爵の協力のお陰で王都は楽が出来て助かるが、フリートにもしっかり弟を支えて貰わないとな」

「大丈夫でしょう。ウチの弟は優秀ですから。でも、殿下とはなるべく関わらないで貰えると助かりますわ」

「それは無理だな。弟に必要な人材にはそれなりに会わねば」


パチリと火花が散りそうになるけど、フリートがこの男の影響を受けるのは嫌なのでそこはハッキリさせておく。


すると、転生レオンはそれを理解してため息をついてから、ふと何かを考えついたのかニヤリと黒い笑みを浮かべて言った。


「なら、電話なら構わないだろ」

「おや、お城の魔道具職人が開発に成功したとは伺っておりませんが?」

「心配もない。宛がある」


そう言いながら、ごほんと口調を改めてると転生レオンは厳かな声で言った。


「カトレア・アンスリウム、我が国の英雄、『白銀の氷姫』よ。そなたに命じる。早急に連絡のための魔道具を開発せよ」

「謹んでお断り申しあげますわ」

「そう、逸るな」


ヤレヤレとムカつく表情を浮かべる転生レオンだけど、次の言葉に私は驚いてしまう。


「どうにも、この前の麻薬の一見の前から国外にも薬が流れてた可能性があったんだが、今回のことで凡そ把握出来た。これからはそういったゴミ処理にもっと速くて確実な連絡手段が欲しい。秘密裏に外交を進めていたが、今回の件で目障りだった連中の処分も捗るだろう。報酬として、俺のまだ作ってない前世の料理レシピを纏めてた本を渡す約束もしよう」


色々とツッコミどころが多いけど、転生レオンの核とも言える前世の料理レシピを纏めた本というのは、確かに魅力的だ。


「私がそれを悪用するとは思わないので?」

「悪用されても、既に十分な資金はあるからな。恒久的な資金獲得も可能になっている。それにヒロインにそんな真似を見せられる悪役令嬢ではないだろう?カトレア・アンスリウム嬢」


悔しいけど、確かに私はリナリアという愛しい人が居るので、そんな恥ずかしい真似は出来ない。


というか、お父様やお母様、フリートにも顔向け出来ないし、そんな真似をしてまで得なくても私は魔道具だけでかなり稼げてしまっているので問題なかった。


なるほど、それらを踏まえても私に渡してもデメリットは皆無だと考えてるのだろう。


「では、もう一つだけ条件を」

「聞くだけ聞こう」

「先程、随分と趣味のいいメイド服を着た方が後宮に向かわれたのを確認しました。あのメイド服を融通してもらっても?」


おそらく、今の国王陛下の愛妾だろうけど、使われている生地に覚えがなかったのと、中々に可愛いメイド服だったので伝手とそれを貰いたいと言うと、リナリアに使うと分かったのか、転生レオンは呆れたような表情を浮かべる。


「本当におかしな奴だ」

「お互い様では?」

「まあ、いいだろう。その程度で通信の……いや、電話が出来るならな」


後日、私の奮闘で基礎設計が完成した通信の魔道具……いえ、電話の初号機は転生レオンの支配力をより高めたらしいけど、私はリナリアに料理レシピの本を渡せて、新しいメイド服とその伝手を得たので問題はなかったりする。


薬の件は言わなくても分かるとは思うが、転生レオンが勝手に解決したらしい。


本当こういう時には便利だとしみじみ思ったのだった。













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