第31話 末恐ろしい弟ちゃん

山でくノ一のアカネを拾ってから一週間。


アカネの協力もあって山の探索は順調に進んでいた。


Sランク冒険者のガルドと遜色ない動きをするアカネは、この世界に来て初めて見た技術……忍術を扱ったので内心少しテンションが上がったのは私だけの秘密ね。


分身したり、クナイとか謎の道具を使ったりして変幻自在に戦う姿は中々見てて新鮮だったわね。


「忍術ってのはすげぇな」

「拙者の故郷では必須の技術なんですよ。それよりガルド殿こそ、見事な剣技ですね」

「俺は腕っ節くらいしか取り柄がないからな」


そんな謙虚な事を言うガルドだけど、当たり前のように身の丈以上の大剣で敵を切り裂くので本当に謙遜でしかないと思うのよねぇ。


ガタイのいいガルドの一撃を防げる魔物はこの近辺には居ないのは間違いないと思われるけど、それにしたって強すぎる。


4メートル越えの熊を素手で倒したのを見た後だとそう驚かないけど……あれは凄かったわね。


いきなり出てきた熊は縄張りを荒らされたと思ったのかガルドに襲いかかってきたのだけど、それを鮮やかに受け流してワンパンでノックダウンしたのだからSランク冒険者というのは伊達ではないのだろうと思わされたわ。


「前衛のガルド殿に、後衛の主君、そして遊撃に私と完璧な布陣ですね」

「本当は回復役が居ればいいんだが……嬢ちゃんも使えるんだったか?」

「ええ、とはいえリナリアには適わないけどね」


雇うことになってから、私のことを『主君』と呼び出したアカネ。


正しい呼び方なのかは定かではないけど、本人がそれでいいのなら私から言うことはないわね。


「確か、主君の奥方でしたね。まさか外の世界でも同性同士で愛し合うとは思いませんでしたけど、回復魔法が得意とは凄いですね」


アカネ曰く、『くノ一は比較的同性と愛し合う傾向が強いので、故郷では当たり前だった』と私とリナリアの関係に関しては実に寛容に受け入れていたけど、百合百合なくノ一の里……是非とも見てみたいわね。


「奥方殿はお連れにならないのですか?」

「リナリアに危ない思いはさせたくないのよ。それに私の帰りを待っててくれるのが分かるからこうして頑張れるんじゃない」


本当はどこに行くにも連れていきたいけど、流石にこんな危険地帯には連れて来れないし、回復魔法を使えるリナリアを連れてくるメリットは確かにあるけど、私としては私の帰りを待っていてくれるリナリアの存在が凄く頼もしいので、リナリアに早く会いたいからこそ仕事も捗るというもの。


「相思相愛ですなぁ」

「だな」


至極まともなことを言ったのにそんな反応になるのだから不思議だ。


「アカネは誰か特別な人はいないの?」

「拙者はまだ未熟故にそういう人はいませんね。ただ、笑顔が素敵な優しい殿方が居れば夫婦になりたいとは思います」


詳しく聞くと、料理が上手くて、家庭的で包容力のある優しい男性が好みだそうだ。


「家庭的で笑顔がいいってのは分かるな。俺の嫁さんもそういうタイプだし」

「ガルド殿は分かってくださるか。故郷では笑われてしまったのだが……」


閉鎖的な環境で、独特の文化と価値観だとそうなるのかもしれない。


そんな風に三人で探索をするけど、やはり広い山なのでどうしても時間はかかる。


探索だけやってる訳にもいかないなで、手の空いた時に二人を誘うのが効率的だと思い私は定期的な探索をけついするのだった。


本音?


もちろん、リナリアとの時間が欲しいからそちらをメインにしたいだけですよ。


話していたら、リナリアが恋しくなってきたし。









「カトレア様、お疲れ様です」

「ええ、ありがとう。流石に連日は疲れるわね」


愛妻の元に帰ったガルドのように、私も愛するリナリアの元に帰ると、リナリアは予想通りに優しく出迎えてくれたのでそれだけで心が癒される。


「お食事も出来ておりますよ」

「ありがとう、じゃあ部屋で食べましょうか」


未だに領地の屋敷は完成してないので、王都にあるアンスリウム公爵家……まあ、実家に帰ってきているのだけど、家族との団欒よりも本日はリナリアとの時間が欲しかったのでそうお願いすると分かってきたかのようにスムーズに準備してくれるリナリア。


本当に流石は私のヒロインちゃんね。


もう最高!


リナリアと話しつつ自室で食べてから、お風呂に入ってゆったりするけど、流石にリナリアと混浴はまだ早いので自重する。


いつかリナリアとお風呂……ふふふ……。


どれだけ怪しい笑みを浮かべてもバレないカトレアさんフェイスだけど、リナリアや不覚にも転生レオンにはバレそうので一人の時しか油断はしなかった。


転生レオンはどうでもいいけど、リナリアに変な顔は見せられないからね。


そうして、お風呂から上がると、私はリナリアに膝枕してもらって耳かきをしてもらっていた。


疲れもあるけど、リナリアの膝の柔らかさと優しい耳かきで私はうとうとと微睡みの淵を彷徨うことに。


アカン……これはめっちゃ安心して眠くなる……。


「こうして、カトレア様のお世話が出来るのが凄く嬉しいです。ここ最近は昼間は居られない日が多かったですから」

「……そうね、私もリナリアと離れてる時間がとても長く感じたわ」

「カトレア様もでしたか。私もカトレア様のお帰りをどうしても待ち遠しく思ってしまったので……」


恥ずかしそうにしつつも、そんな事を言うリナリアさん。


可愛すぎて眠気が少しだけ緩和される。


この可愛いをもっと見たい!


その意思で私はリナリアを愛でようとするけど、耳かきと膝枕とリナリアの優しい声で睡魔に足を取られるような感覚になる。


ぐっ……離しなさい!私はリナリアを愛でるのよ!


懸命に睡魔と格闘(心の中で)を繰り返すと、それを手助けするようにリナリアが鼻歌を口ずさむ。


あ、これは負けたわね……。


私はその優しい歌声に降参して自分の欲求に従い素直にリナリアに身を任せる。


ベッドの上での耳かきだし、私を退かすくらいならか弱いリナリアでも出来るだろうから安心して寝られる。


それにしても……リナリアさんってば、居るだけで私を癒せるの凄くない?


きっと、彼女は天使なのだろうと何千回目か悟りが開けそうになりつつ私はゆっくりと意識を沈めていくのであった。


リナリアさんマジ最高です。









不思議なもので、私は年々朝には弱くなっているのだけど、明け方や変な時間に起きたり、逆に寝すぎることもあるのだけど、今朝は前者のようだった。


まだ夜が明けきらないくらいの時間帯に、私はゆっくりと覚醒する。


昨夜はリナリアの膝枕で耳かきをして貰って、その途中で寝てしまったのだけど、普通に布団を被って寝ているのでリナリアは上手いこと抜け出してくれたようだ。


今日は一緒に寝てないので一人ぼっちかぁ……なんて思っていると、左手を誰かに握られているのに気がつく。


「むにゃむにゃ……ねえさまぁ……」


弟のフリートがまたしても寝ぼけたのか私の布団に潜り込んでいたらしい。


しかも、その小さな手で私を掴んで離さないので、庇護欲をそそられる。


むぅ……三歳でこれとは、将来はきっと凄いことになりそうだなぁと、弟の未来を想像していると、むぎゅと抱きついてくるフリート。


「ねえさま、ぎゅー……」


……寝ぼけてるんだよね?


これが天然だとしたら、お父様やお母様の萌えという特性が完璧に遺伝したのだろうと確信できるだけの愛らしさはあった。


リナリアの愛らしさとは土俵が違うから素直に楽しめるのもポイントが高い。


それにしても、寝ぼけて人の寝床に入るのはそのうち直るのだろうか?


夢遊病とかではなさそうだけど、他所で泊まった時に寝ぼけて誰か女の子の部屋に入らないか少し心配にもなる。


フリートは可愛いから、将来はきっとモテモテになる愛され系のアンスリウム公爵になると思うけど、転生レオンのような腹黒にならない事だけは切に願うわ。


あのブラコンは異常な程に腹黒なのよねぇ。


まあ、私としてはリナリアや家族に害がないので利害の一致する限りは協力するけど……フリートがあれと関わって汚れないかは心配になるわね。


汚い貴族社会に弟を放り込むのも気が引けるけど、私は既にアンスリウム子爵家の当主となってしまったので、サポートしか出来ない。


そっと、空いてる手でフリートを撫でると、くすぐったそうにするけど表情は嬉しそうにも見えた。


「まあ、私も頑張りましょうか。お姉ちゃんだものね」


長女として、下の弟のフリートやお母様のお腹にいる子、そしてお父様とお母様がこの先もイチャイチャして出来るだろう妹か弟達を導き見守らねば。


そんなことを思いつつ、再び布団を被ってフリートと一緒に夢の世界に入る。


それはそれ、これはこれと二度寝と行くことにしたのだ。


そうして、再びの睡眠を堪能するけど、しばらくすると何やら指が生暖かい感触に包まれて思わず目を開ける。


原因を探るまでもなく、隣のフリートを見れば、私の指をちゅぱちゅぱとおしゃぶり代わりにしていた。


最近は無くなったと思っていたけど、寝ていると、たまにこうして自分でなく相手の指でおしゃぶりする癖があるみたいだ。


お母様もお父様も経験があったようで、お父様は最初ギョッとしてベッドが転がり落ちたらしい。


無論、フリートには一切怪我もなく受け止めたらしいけど、そんなドタバタでも起きない我が弟は中々に大物なのかもしれない。


というか、お父様は初めてフリートが寝ぼけて潜り込んだ時も相当に面白い反応をしてたらしいけど、甘えるのが上手な息子に今ではすっかり慣れたようだ。


フリート自身は、自覚無くやってるようだけど、それでも普段の頑張り屋さんな部分を見るとそうして甘えられるのは嫌では無いのだろう。


さて、私ももう一眠り。







「ねえさま、ねえさま」


ぺちぺちと頬を軽く叩かれて私は意識が覚醒してくる。


リナリアが起こしてくれたのではないとすぐに分かったけど、そうなれば候補は一人だろうと重い瞼を開けるとフリートが実に元気に起きていた。


朝に弱いフリートにしては珍しい様子に少し驚いていると、フリートは嬉しそうに言った。


「ねえさま、きょうはちょこくろわっさんですよ!」


チョコクロワッサン。


いつの間にか転生レオンがチョコを民衆に広く広めて、素材の調達や、加工や製造技術もかなり進んで(というか、私も魔道具作りで手伝わされた)、比較的ポピュラーな存在となったのだが、ウチの弟であるフリートはチョコクロワッサンが大好きなのでその情報で覚醒したと思われる。


「そう、良かったわね」


私も嫌いではないし、むしろ好きではあるけど、それだけでこの微睡みから目覚めるには少し足りないのでそうとしか答えられなかった。


「カトレア様、今朝のスープは私が作らせて頂きました」

「あらそう。なら起きないとね」


先程までのボヤけた頭の中に広がっていた霞が一気に晴れたように覚醒する。


リナリア作という単語だけでこれ程までにやる気が出るとは我ながら現金なものだ。


「ねえさま、いきましょう!」

「準備があるから、先に行ってなさい」

「まってます!」


着替えて髪を整えて、身だしなみをチェックしてとやる事が多いでそう言ったのだけど、『姉様と一緒がいい』とキラキラした瞳で見られたら流石に無下にも出来ない。


本当に我が弟は、父と母の魔性の魅力をダイレクトに引き継いだような凄まじい存在なので、この後に生まれるであろう新しい子もそうなるのではと少し考えてしまう。


まあ、流石にフリートが特別なだけよね。


「ふふ、フリート様は本当にカトレア様に似ておられますね」

「私に?」


髪を整えているリナリアからのまさかの発言に驚く。


私としてはお父様やお母様の遺伝だと思うのだけど……私と似てる要素あったかしら?


「はい、いつでも明るくて、無邪気で、とてもお優しく、心にすっと入ってくるのがお上手です」

「私はリナリアにしかしてないと思うけどね」

「そうだと嬉しいです」


微笑ましそうにそんな事を言われてしまう。


というか、リナリア以外にはそんなに優しくした記憶は無いんだけどなぁ……誰にでも優しいなんて難しいことはしたくないし、私は大切な人にだけ優しい自分でありたいと思ってるし。


とはいえ、フリートに関しては先程の評価も間違ってないだろうし、やはり末恐ろしいほどに魅力ある弟ちゃんなのだろうと確信はできた。


前から分かっていたけどね。


手を繋いで二人で歩くけど、リナリアとは違う意味での手繋ぎなので食堂に着くと、お父様とお母様に微笑ましそうに見られてしまう。


仲良し姉弟ですが何か?


そんな開き直りは出来る程度には、私も弟が可愛いお姉ちゃんなのかもしれないなぁと思ったのでした。
























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