第27話 釣りも悪くない

「カトレア様、工事は順調でございます」

「そう、なら良かったわ」


屋敷の工事進捗を伝えてくれるロベルト。


代官から執事長へと名目は変わったのだが、実質的にはあまり仕事内容に変化はなかった。


まあ、私が成人するまでは代官職メインなのは変わらないだろうけど、成人後も頼りになりそうなので是非ともロベルトには頑張ってもらいましょう。


建築中の屋敷は私の私財でそこそこ大きくて温泉の楽しめる設計にしてるけど、私は建築は素人なのでその辺はプロに任せている。


間取りとか夫婦の寝室、お風呂など拘ることは拘ったけどそれ以外は暮らせれば問題ないのでお任せもあったけど、リナリアからの要望でキッチンに関しては二ヶ所作ることになった。


料理人達の調理場と、リナリア専用の調理場だ。


要望を聞いたら、控えめに「カトレア様のために個人的に作れる場所があれば嬉しいです」とはにかんで言われたら、用意しない理由はない。


リナリアとしても、私と結婚した後で貴族の奥様にもなるので、料理人達の仕事を奪わない範囲で私に作りたいのだろう。


健気すぎで最高よね!


「それと、例のカトレア様がお作りになられたエスカレーターとトンネルは好評のようですね。人の出入りが活発になってきているようです」


エスカレーターとトンネルを作るのに頑張ったお陰で、領地のアクセスは格段良くなり、観光客も増えて税収も上がったらしい。


まあ、領主としては喜ぶべきなのでしょうけど、私としてはリナリアを驚かせたかったのと、屋敷を作るためにアクセスを良くしたかっただけなので目的は既に達成済みと言ってよかった。


今度はエレベーターでも作ろうかしら?


「カトレア様が手を加えた温泉宿も好評ですね。王国でもあまり見ない雰囲気だと来訪した方は驚かれてるようです」

「こことは相性が良いとは思ったけど予想以上ね」


渡された報告書の数字を見れば、大繁盛なのが分かって少し嬉しくなる。


私が手を加えた宿屋は、和風の建築物にしており、海の幸も取れるし和食も出したので本当に前世は日本のお宿みたいになった。


まあ、料理部分はまたしても転生レオンに協力を要請したのだけど、あのブラコン、密かに一件だけ宿屋の部屋の一室を自分専用にしてしまったのだけど、年間費も払うようなので宿としては悪くないのかもしれない。


私としてはお忍びでもあまり来て欲しくないのだけど……料理の件もあり仕方ないと割り切ることにした。


「ロベルト、人手の方は足りてるかしら?」

「ええ、何とかなっております」


密かに、お父様から人手を貰っていたのだけど、主な理由は領地の警備であった。


アクセスを良くしたために、人通りが増えれば当然それだけ不埒な輩も増えるので、お父様に相談して信用のおける人たちを紹介して貰ったのだ。


お父様ってば、娘に甘々なので最初はもっといい人をと張り切りすぎて居たけど、流石にそこまで負担を掛けたくないのでこちらでも鍛えると告げたら、少し落ち着いてくれたので助かります。


お父様ってば、本当に萌え萌えですね。


「そういえば、船の方も準備が出来たようです」


せっかく海に領地を持ったので、自分専用の船が欲しいと思ったので、試作品として作った魔道具を組み込んだ船を発注したのだけど、もう完成したみたいね。


「そう、早いわね。なら、早速明日にでも出掛けましょう」


リナリアとの船にワクワクしていると、ロベルトから待ったがかかる。


「お待ちを。折角なので、お世話になったアンスリウム公爵様などをご招待されてはどうでしょう?親子の親睦も深まるかと」

「それも悪くないわね」


リナリアと二人きりが良かったけど、確かに最近はお父様に領地関係で迷惑をかけてきたので、親子の時間を設けるのも悪くない。


「お母様は妊娠中だし、フリートはまだ幼いから船は少し心配ね」

「たまには父娘水入らずもいいのでは?」

「うーん、私はいいけど後でお母様との時間も作らないとお母様に申し訳ないわね」


そんな訳で、お父様のスケジュールを空けるべく奔走することに。


相変わらず優秀なジャスティスの協力を得て、父娘の時間と夫婦の時間を空けるよう頑張ったけど、お父様ってば私のせいで、またお仕事が増えていたので少し大変だった。


何事もやりすぎはよくないと少し反省。






「カトレア様、水が透けて見えますよ」

「本当ね」


嬉しそうなリナリアと一緒に水面を覗くと、前世の沖縄よりも透明度の高い水に思わず驚いてしまう。


天気もよく、絶好の海水浴日和だけど、本日は私専用の船……クルーザーと言えばいいのかしら?


それに乗って、海を満喫する予定で、私とリナリアは準備を待ちつつ海を眺めていた。


ふと、リナリアが海水をその可愛い手で掬うと、少し飲んでから綺麗なピンクの舌を出して言った。


「う〜、しょっぱいです……」

「海水だもの、当然よ」


毒でもないし、海水を見ると1度はやる事なので微笑ましく見守っていると、大人同士の話が終わったのか、お父様が近づいてきた。


「カトレア、そろそろ行くぞ」

「分かりました。リナリア行くわよ」

「はい」


そうして、船に乗ろうとすると、そこで私はそれの存在を思い出して、空間魔法から麦わら帽子を取り出すとリナリアに被せた。


「カトレア様、これは……?」

「日差しも強いし、もしもの備えよ」


高価な日焼け止めも塗ってるので、大丈夫だとは思うけど、何事も備えあれば憂いなしということでしょう。


そもそもリナリアの場合はヒロインちゃんらしいというか、美少女体質なので炎天下に何時間居ても日焼けしないのだけど、やはり備えは必要よね。


ちなみに、カトレアさんは日焼けすると赤くなりやすいので日焼け止めは必須でした。


この辺が、悪役令嬢とヒロインの差なのだろと私はしみじみ思う。


それ抜きしても、中々日差しが強いので熱中症対策も怠ったりはしない。


「何だか、可愛い帽子ですね」


くすりと笑うリナリア。


凄く絵になるなぁ。


今日は、いつものメイド服ではなく、私がお願いした白ワンピを着てもらっているのだけど、麦わら帽子の白ワンピリナリアは最高すぎてヤバいわ。


美少女は白が凄く似合うのだけど、黒も今度着てもらおうかしら?


黒は喪服というイメージがこの世界では強いようだけど、普段着で黒はありだと思うのよね。


そうして、リナリアの手を取って船に乗ると、お父様がそれを見てなんとも言えない表情になっていた。


娘の婚約は認めても、愛娘と婚約者の微笑ましい姿には少しは思うところもあるのだろう。


寡黙で不器用だけど、そこもある意味お父様の長所だと思います。






沖合いに出過ぎると、魔物が居るのでその手前付近で船を止めて貰うと、早速私達は釣りをはじめた。


何故釣りなのかといえば、お父様の要望だ。


何でも、昔祖父(私からしたら曾お祖父様)に一度連れて行って貰ったことがあって、その時に釣りをして楽しかったので久しぶりにやってみたいらしい。


クルーザーと呼べるこの船は、大きさも中々だけど、船内にも多少はアミューズメントを用意しており、海上でのんびりするのも悪くないと私は思っていた。


でも、お父様のご要望とあらば聞かないなんて選択肢はなく、急遽釣竿制作にも時間を費やしたけど、そこそこ楽しかったので文句はなかった。


私個人は釣りには詳しくないし、やった事ないけどジャスティスと……何故かここでも転生レオンがどこからか聞きつけてあれこれと情報を貰ったのだが、本当にあのブラコンは前世何をしてたのだろうかと疑問も湧いてくる。


まあ、どうでもいいか。


「お父様、釣竿と餌です」

「ああ、すまな――っ!」


ビクンと、驚くお父様。


釣竿は私作の、特別性の万能竿と呼ばれる種類を採用したのだけど、それに驚いた訳でなかろう。


そうなれば理由は明白。


「……カトレア、それが餌か?」

「ええ、そうです」


うねうねと、バケツの中で蠢くのは所謂イソメと呼ばれるらしい、ミミズのようなムカデのような生き物。


生き餌としては最高らしいけど、見ていて楽しいものでは無いわね。


「一応、疑似餌と呼ばれるものもありますけど、どうされます?」

「……いや、これでいい」


震えつつも、手を伸ばすお父様は娘の私の前でカッコ悪い所を見せたくないのか、果敢にもイソメを針にセットして釣りを開始する。


凄いわね、私も見ているとゾワゾワしてしまうのだけど、バケツの中に手を入れるのが怖すぎるわ。


「カトレア様、これで大丈夫ですか?」


そんな事を考えていると、リナリアがあっさりとイソメを針にセットしていた。


あまりにも堂々としており、虫を怖がる様子もなく、ただ餌にされるイソメに「ごめんね」と謝りつつ、申し訳なさそうにしながらセットする姿を見ると、本当にこの子は心優しいのだろうと思った。


聖母ね、聖母リナリアだわ。


それにしても、用意してる段階では気が付かなかったけど、1匹や2匹なら問題なくてもバケツで大量に蠢くイソメを見ると手に取るのが怖くなるわね。


「カトレア様、私がやりますね」


そんな私の様子を察して、リナリアが私の釣り針にイソメをセットしてくれる。


また、情けない所を見せてしまったわね……惚れられたいのに、自分が情けないわ。


「どうぞ」

「ありがとう、リナリア」

「いいえ、私達は婚約者なのですから……たまには私にもカトレア様をお助けさせてください」


はにかんで、そんな事を言われる。


……もう!可愛すぎ!


そんな事を言われたら、また好きなっちゃうわよ。


まあ、割と毎日そうして惚れ直してるけど、こうして自然に助けてくれるリナリアがたまらなく愛おしい。


お父様が居なかったら、きっと我慢できずに釣りを止めてイチャイチャしてたわね。


「む、来たか」


そうして、リナリアとようやく釣りを始めると、早くもお父様が一匹目を釣っていた。


「お父様、凄いです!」

「この釣竿がいいからだろう」

「いえ、お父様の腕がいいからですよ」

「……そうか」


褒めすぎて、照れたように口数が少なくなるお父様。


本当に萌え力が高いお方ですこと。


お父様は誤魔化すように、次のイソメを手に取って釣り針に付けるけど、慣れたのか照れからスルー出来たのかは判断に迷うところ。


「じゃあ、私達ものんびりやりましょうか」

「はい」


リナリアと隣合って、海に釣り糸を垂らす。


お父様がバンバン釣る中で、私達は比較的スローペースだけど、それなりの釣果を出す。


「あ、釣れました!」

「私も釣れたわ」


タイミングが揃ったこともあって、思わず二人で笑いあってしまう。


カツオや、アジ、タイにキスと様々な魚が取れるけど、前世とは条件なども違うのか本当に色んな種類の魚が見られて、しかもどれも大きめであった。


お父様は成人男性としてかなり力があるし、私は魔法で身体強化すれば問題ないけど、リナリアは普通にか弱い女の子なので、釣竿には補助の魔道具が使われており、それもあって私が制作に関わったのだけど、リナリアがちゃんと釣れており一安心だ。


「カトレア様、釣ったお魚で色々作りますね」

「ええ、楽しみにしてるわ」


リナリアがやる気満々なので、後で美味しいものが食べられそうだ。


ワクワクしつつも、お父様に目を向けると、その釣果は凄いことになっていた。


一番の驚きは、2メートル超えのマグロを何匹か引き上げていた事だろう。


魔道具によるアシストがあるとはいえ、凄い大物を釣り上げたものね。


「お父様、お母様やフリートに持ち帰るためにこの魔道具をどうぞ」

「これは?」

「空間魔法による、簡易的なアイテムボックスです。試作品なのでこれしかないですが、お父様がお使いください」


空間魔法の亜空間を魔道具で作り出せるようにしたのがこれなのだが、製造コストが高く、容量も決まっており、まだまだ試作品でしかないけど、お父様の釣果を持ち帰るくらいなら問題ないと思うわ。


「いいのか?」

「はい、勿論です」


お世話になってるし、転生してから迷惑もかけてるのでこの程度は当たり前と言えた。


「……ありがとう」


しばしの沈黙の後に、そう言って受け取ってくれるお父様。


きっと、『娘からのプレゼントは嬉しいけど予想外に凄いもので受け取りにくい。でも家族に新鮮な魚もあげたいし、ここは受け取ろう』みたいな迷い方をしていたと思われる。


真面目で不器用で、そして優しい。


本当に自慢のお父様ですわ。


「リナリアは、私の魔法にね」

「はい」


魔道具で再現しなくても、私個人でなら空間魔法は凄く楽なので暫くは大丈夫かしら?


でも、そのうち汎用のものを作って、リナリアも便利に色々持ち運び出来るようにしたいものね。


そんな事を思いながら、釣りを楽しみました。


それにしても、新鮮なお魚は美味しいわね。


今度はリナリアと二人きりで来たいわね。


お母様は出産して落ち着いたらにして、フリートはもう少し大きくなったら一緒に来るのもアリかも。








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