第25話 厄介事は手早く
「なるほど、これは想像以上ね」
陛下から正式に領地を貰った数日後。
馬車で王都と私に与えられた領地の間にある険しい山まで来て、私は思わず苦笑してしまう。
陸路では、一応人が通れるように最低限の道はあるようだったけど、きちんと整備されてないのでまともに登ると大変そうだ。
とりあえず空から様子を見ようかと、魔法で飛ぶとやけに凶暴な空の魔物に襲われてしまう。
無論、ただの魔物や野生動物なのでそこまで強くは……いえ、魔法がなればきっと私は餌になるレベルではあるのだけど、それでも魔法という力さえあれば倒せないレベルでもなかった。
「海や山が近いし、レベルが高いとはいえ近場なら狩りや採取も出来る。温泉だけでなく湧き水も豊富なようだし、塩だって自給自足出来る。ポテンシャルは凄いわね」
王都と距離も近いので、移動という点だけクリアすればきっと栄えるでしょうね。
まあ、私としては領地にそこまでは求めてないので、屋敷に温泉を作れるならそれで満足ではあった。
「カトレア様、どうでしたか?」
一通り見てから、馬車に戻るとリナリアが出迎えてくれる。
その可愛さに私は思わず頬を緩めそうになるけど、お仕事がまだ残っているので我慢しなくちゃ。
「とりあえずは向こうに転移先を指定できたから、私達だけなら問題なく行き来できそうよ」
「それなら良かったです。でも、魔法は凄いですね」
「そうね、使えると凄く便利よね」
私が目指していた究極の魔法である、『女の子同士でも子供が作れる魔法』の研究には、様々な魔法の習得と検証が必要だったので、その過程で空間魔法と呼ばれる、別空間へと収納魔法や、定番の転移魔法も習得していた。
あまり使い手が居ないそうだけど、便利なので使えるなら使うべきでしょうね。
「そういえば、野いちごとか色々あったから後でお菓子作ってくれるかしら?」
「野いちごですか?じゃあ、タルトなんかいいかもしれませんね〜、ジュースもジャムも捨てがたいです」
むむむと、可愛らしく考え込むリナリア。
メキメキと上がる料理スキルはパティシエのみならず、最近では新しく入ってきた和食(転生レオンが裏で動いたと思われる)や洋食といったお菓子以外にも料理のレパートリーがかなり増えており、家庭スキルがMAXを超えてきた我が愛しの君である、リナリアさん。
そんなリナリアに胃袋を掴まれた私は――結果として、前よりもリナリアへの依存度が上がっていた。
これを計算してやっていたらリナリアさんってば策士だけど、天然なのが末恐ろしい。
まあ、私としては腹黒リナリアも悪くないけど、私ばかりがリナリアに惚れ直して依存してる気がするので、もう少し私がリナリアにベタ惚れされるように努力したいところ。
好きあってても、やっぱりお互いのために想いあってそれに相応しいように努力するのは間違ってないま思うのよ。
「リナリアのお菓子は本当に美味しいから楽しみだわ」
「そ、そんな事ないですよ……でも、もっと、カトレア様に喜んで貰えるように頑張ります!」
グッと手をグーにして如何にも『頑張る!』と言わんばかりのリナリアが実にキュートだ。
思わず我慢できずにリナリアを抱きしめてしまったけど、きっと私を咎めることは誰にも出来ないと思うんだ。
「か、カトレア様、お外ですよ……?」
「いいじゃない、誰も見てないのだから。それとも私に抱きつかれるのは嫌だったかしら?」
「……そんな事ないです。でも、カトレア様は甘えん坊さんですね」
「リナリアだってそうでしょ?」
「はい」
ギュッと抱き合うこの時間……たまりませんなぁ。
ハグが挨拶として定着している地域もあるそうだけど、そこには絶対リナリアは連れていかないと心に決めていた。
だって、私以外にもリナリアを抱かせたくないもの。
そうして、リナリアと抱き合っているのを護衛役のジュスティスが苦笑気味に控えて見ていたけど、最近見慣れてきたからか静かに空気に徹していた。
なお、ジュスティスの存在を半分忘れてイチャイチャしていたリナリアが後で見られていたことに気がついて恥ずかしがっていたのは……ベリーキュートでございました。
やはりリナリアは素晴らしいわね。
「お待ちしておりました、アンスリウム子爵様ですね」
転移で馬車ごと山道をショートカットして街に入ると、事前に連絡をいれていたので、この地の代官が出迎えてくれた。
アンスリウム子爵様か……公爵令嬢でなくなる肩書きが子爵とは、世の中分からないものよねぇ。
「私はこの地の代官を任せられておりました、ロベルトと申します」
「カトレア・アンスリウムよ」
「アンスリウム子爵様のお名前は以前より窺っておりました。このような辺鄙な地に偉大なるお方に来ていただけたこと、領民一同を代表して心よりお礼申しあげます」
社交辞令としては随分と持ち上げられたけど、私にも威厳が出てきたのかしら?
つり目気味なので、なるべく柔和にはしてるけど、リナリア以外にはあまり効果がなさそうでもあった。
まあ、リナリアの前だと私は自然と笑顔になれてしまうのでそれ以外ではどうしても硬くなるのは仕方ないわよね。
「では、早速ご案内をさせて頂きます」
「ええ、お願いするわね」
空から見て、ある程度は知っていたけど、思っていたよりもかなり広い領地のようだ。
住民も比較的温和なようで、外からの客が少ないからか、はたまた貴族令嬢が珍しいのか、私が領主になると知ってはいるようで、好奇の視線を感じるけど悪意的なものは無かった。
「外の情報はどうやって手に入れてるのかしら?」
「月に一度、とある冒険者の方が来て下さるのですが、その時に色々と伺っております」
何でも、難易度の高い魔物が多い、この領地の周辺が狩場として楽しいと、変わり者のソロの冒険者が月一ペースで来るらしい。
山越えを月一……私には真似出来ないわね。
しかも、ソロでということはかなり高位の冒険者なのでしょうね。
最低でもAランク……下手したらSランクとかかしら?
冒険者の等級は、F~SSまでの八段階に別れており、Aランクは上から3番目で、Sランクが2番目。
ただ、Aランク以上は本当に希少らしく、世界でも数える程しか居ないらしい。
最上位のSSランクは現在では三人しか残ってないとか。
それにしても……冒険者か……
「冒険者も悪くなさそうね……」
「え?」
「あら、ごめんなさい。なんでもないわよ」
口に出てしまったけど、リナリアと二人のパーティーを想像するとワクワクしてしまう。
回復魔法や補助系魔法やに特化しており、万能なリナリアさんと、魔法全般使える私とならそこそこ稼げそうでもあった。
でも、リナリアを危険な目にはあわせたくないし悩み所ね……でも、冒険者登録しておくのは悪くないかも。
確か、13歳から冒険者ギルドに入れたはずだし、登録だけしておくのも悪くなさそうね。
まあ、あと数ヶ月先じゃないと年齢制限ギリギリになれないのだけど、それはおいおいかしら?
「海近いと、お魚も良く食べるのかしら?」
「え、ええ。あまり沖に行くと凶暴な魔物が多くなるのですが、近場でもかなり数が居るので取り過ぎなければ問題ありませんので、我々は日常的に食べております」
それはいいわね。
「リナリア、期待してるわよ」
「はい!」
やる気満々なご様子のリナリアさんは、私の言葉に可愛らしく笑みを浮かべる。
うむ、可愛いなぁ。
「……もしや、そちらのお方がお噂に聞いてた奥方様でしょうか?」
私とリナリアのやり取りを見ながら、ふとそんな風に尋ねてくるロベルト。
「ええ、まだ婚約者だけどね」
私の奥さん扱いに嬉しそうなリナリアさんを思わず抱きしめたくなるのを必死で抑える。
「左様でしたか。話を伺った時は驚きましたが……これも時代の流れですかな。愛の形は一つでないのでしょう」
そんな私とリナリアを見て、意味深なことを呟くロベルトだけど、どうやら予想よりも柔軟な思考をしているみたいね。
私とリナリアの婚約を発表した際には、多くの貴族がそれはもう凄いうるさかったけど、子孫繁栄に何ら影響がないのと、色んなメリットを上げて黙らせたのが記憶に新しい。
ああいうのは何処にでも居るのだけど、ロベルトみたいな柔軟な思考をする人も一定数居て、人間とは不思議なものだ。
そんな事を思いつつ、ロベルトから領地についてあれこれと聞いていると、代官府……旧領主館らしいが、今は政務のために使われてるそこに着く。
広くて、仕事には向いてそうではあるけど、このままここを私の屋敷に使う訳にもいかないし、やっぱり新しく領主館を作るべきね。
温泉は絶対必須ね!
ワクワクしながら、大義名分を持ちつつ、代官府全体を見てから、いくつかの資料に目を通す。
書類仕事なんて面倒だけど、こうして資料を見ておかないと把握出来ないこともあるので仕方ない。
「あら……?これは……」
領地の状況把握を開始することしばらく、リナリアが淹れてくれたお茶を飲みつつ資料を確認していると、とある部分で思わず手を止めてしまう。
「如何されましたか?」
「ロベルト、定期的に来るのはそのソロの高位の冒険者だけじゃないのよね?」
「ええ、稀に他の冒険者の方も来ることはありますね。一番馴染んでいて目立つのが月に一度来て下さる方なのですが……そういえば、二ヶ月に一度くらいに来る冒険者パーティーも一組居ましたね」
「なるほど……そっちのようね」
思わずため息をついてしまう。
「どういう事でしょう?」
「これよ」
私が見せたのは、とある項目。
近年謎の死を迎える領民が増えたというのと、その詳しく分かる範囲の報告が綴られたそれを見ると、ロベルトは思い出したように苦々しい表情を浮かべた。
「私もこの件は承知しております。神官による治癒が効きませんし、我々が把握してる毒物でも、流行病のような感じでもありませんでした」
「この症状に思い当たるのが一つあるのよ」
「それはどのような?」
「簡単に言えば、麻薬よ」
そのブツの名前は『アファブロシロン』。
中毒性の高いものだけど、これの恐ろしいところは、それが表に出にくいこと。
簡単に言えば、自覚症状がほぼ無いのだ。
だからそれを使っていても誰も気づかない。
ただ、薬を目の前に出すと貪るようにそれを摂取するらしい。
「しかし、薬物の反応は無かったと神官からは聞いてますが」
「ええ、全て直接毒素に代わるから出ないのでしょうね」
それに一種の催眠のような効果もあると聞く。
薬の接種後直ぐなら目の前の相手の思い通りに動くらしい。
そして、その間の記憶はないという。
確か、三回目の摂取で常人なら死ぬらしい。
「そんな物一体……」
「私もお父様のお仕事の関係で聞いただけだけど、田舎でそうやって稼ぐ冒険者パーティーが居ると聞いてるわ」
薬自体は高価なものでもないし、原価はかなり安いみたいだけど、一度でも摂取させれば後は思いのまま。
なんの疑問も持たずに服用者から財産を搾り取れて、しかも薬で勝手に死んでくれるという非常に都合のいいことになる。
考えると胸糞悪いけど、これは知らなければ異変にさえ気づきにくいだろう。
「そんな外道がいるとは……」
「本当に下衆よね。一応その冒険者パーティーの特徴を聞いてもいいかしら?」
「ええ、勿論です」
ロベルトからその冒険者パーティーの特徴を聞くと、お父様から聞いたパーティーの一つと合致する。
王都に近く、険しい山のせいで辺鄙な場所にあるここなら、山道さえクリアすれば堂々と稼げるというわけね。
「ロベルト、この前そいつらが来たのは?」
「……時期的にはそろそろ来る頃かと」
あまり接触がないとはいえ、流石はロベルトというか大体の目撃の時期は把握してるようだ。
やっぱりロベルトはジャスティスポジションになれる器がありそうに思える。
うむ、これは嬉しい情報だけど、でもその前に薬の件ね。
「なら、網を張っておきましょう。証拠の薬は被害者の手元にないから調べようがないけど、なるべく目撃証言を得て、可能な範囲で特定してちょうだい」
「承知致しました」
「ふふ、私の領地に手を出したこと……後悔させましょう」
「左様ですな」
その後、数日後にノコノコとやって来た冒険者パーティーを捕まえると、案の定薬を持っており、お仕置もかねて少しお灸をすえてから、私はそいつらから情報を得て、麻薬組織を潰したのであった。
その時のロベルトの活躍は実に良くて、彼が代官だったのも納得でした。
あと、リナリアから無茶しないように少し注意されたけど……怒ってるリナリアも可愛いとか思う私は不謹慎で不真面目よね。
うん、でも可愛いものは可愛いので仕方ない。
そうして、私は初めてのお仕事をサラッと済ませてしまったけど、厄介事は手早くは常識よね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます