第24話 領地には温泉を

その日、私は転生レオンに呼び出されて王城に来ていた。


転生レオンはこの三年で更に裏での支配力を強めており、弟である第二王子のロメリオ殿下の王太子としての地位の地盤固めを順調に進めていた。


「はぁ……やはり俺の弟は可愛いな……」


室内に入ると、私が渡したカメラの魔道具で撮影したと思われる弟の写真を見て実にいい笑みを浮かべるブラコンの姿があり、正直帰りたくなる。


年々、ブラコン具合が悪化してるのだ。


というか、それでいて弟の婚約者とかとも普通に仲良しなのはどうなのだろう?


何れ出来る、甥や姪へと憧れを度々口にするのを見ていると、共感は出来ずとも既視感を覚えてしまうのは気のせいだと思いたいものね。


「殿下、ニヤニヤして不審に思われますよ」

「なんだ、来てたのか」

「呼び出したのは殿下でしょう?」

「そうだったな。弟成分が足りなくてな……やはり隣国とはいえ留学は辛いな」


彼のブラコンが愛する弟であるロメリオ殿下は現在、他国の学園に留学に行っており、会えないことで寂しいのかもしれないが……正直、弟の写真を見ながらニヤニヤしているのは少し不審に思えた。


まあ、人の事を言えないのだけど、私はリナリアを一時でも離れさせる気は無いのでその辺は価値観の相違だろう。


「そういえば、お前の情報通りだったぞ。弟が向こうでヒロインに会ったそうだ」

「そうでしたか」


ヒロインちゃんといえば、我が愛しのリナリアだけど、この場合のヒロインとは別ゲーの話であった。


とはいえ、乙女ゲーム『勿忘草』と無関係とも言えないけど。


「スピンオフとは予想外だったが、よく知っていたものだ」

「たまたまですよ」


乙女ゲーム『勿忘草』のメインの攻略対象の王子の二人、第一王子のレオンと、第二王子のロメリオがもし留学したら?というコンセプトのスピンオフのゲームがあったのだが、そちらは存在は知っていてもやり込んでないので結構曖昧な知識だったけど、どうやらそちらのヒロインちゃんも存在していたらしい。


「可愛い娘でしたか?」

「弟の好みではないようだが、美少女らしいな」

「それは何より。可愛い女の子はいいですからね」

「その割には会いに行く気はないのだな」


少し意外そうな表情でそんな事を言われてしまう。


そんなに私節操ないと思われてたのかしら?


まあ、別に転生レオンにどう思われていようがそこまで気にしないけど……


「私はあくまでリナリア一筋なので、それに悪役令嬢カトレアはリナリア専用の悪役令嬢ですからね」

「とはいえ、俺や弟と関わりもあるからお前も関係する……事がないからそうなのか」


途中で納得したように自己解決する転生レオン。


私はそのスピンオフをやり込んでないのだけど、ネタバレを見てしまったので私……というか、悪役令嬢カトレアは出てこないことは知っていた。


「なるほどな、納得した」

「それで、そろそろ要件を伺っても?」

「そうだな、忙しいのはお互い様か」


私と転生レオンにはビジネスとしての利益の関係しか存在しないけど、こういう時にはすんなり進んで助かる。


まあ、別に気が合うとかはないけど。


「お前に与える領地の話だ。前に出した希望の中で当てはまりそうな候補地がいくつかあってな」


そう言いながら、王国の地図を取り出すといくつかの場所を指して候補を出した。


「王国の直轄地はそこそこあるのだが、それ以外にも潰せたバカ貴族の領地も増えたから候補地はざっとこれくらいだな」

「……多いですね」


元々、王国の直轄地はそこそこ多かったと記憶してるけど、それ以外にもどうやら粛清した貴族たちからも領地を奪って増えてるようだ。


水面下で弟の地盤を固めつつも、使えない貴族やブラックなことをしている貴族の粛清も進めているのだろう。


「まあ、仕方ないだろう。弟の安定した統治に邪魔になる前に潰すのは当たり前だ。それに、数年以内に恐らく近い国で戦争が起きる。だからこそ、今のうちに国力を高めておかないとな」


サラリととんでもない事を予言したけど、確かに西側の国は最近情勢が不安定だと聞いてるし、有り得なくもない話であった。


「出兵は先にお断りしておきます」

「むしろこちらからお願いするよ。絶対に参加しないようにとね」


私が前に倒したドラゴンの話は他国にまで広まっているので、下手に出兵するよりも国内に残ってもらった方が安心らしい。


まあ、私としてリナリアとの時間を邪魔するなら容赦しないけどね。


「さて、そんな些細なことはさておき、領地の話だ」


相変わらず腹黒いなブラコン王子だけど、能力は間違いないので気にしない方が身のためかしら。


まあ、そこまで興味もないけど。


「いくつかあるが、本命はここだ。王都から比較的近く、海や山にも面しており、温泉も出る所だが悪くないだろ?」

「随分といい条件ですね」

「まあな」


とはいえ、そんなに上手い話でもないだろう。


「なるほど、山と海に挟まれている温泉地ですか」

「王都にも直線距離なら近いだろ?」

「山越えを考えると一般人には辛そうですけどね」


その場所は、言葉にすればかなり素晴らしい領地だけど、王都との間に険しい山がありそれが外部との接触を邪魔しているようだ。


「魔物や野生動物もわんさか居るらしい。海辺は浅瀬はそうでもないが、少し沖に出ると楽しいことになるようだな」

「とはいえ、海辺で温泉が出るとは凄いですね」

「王国の直轄地なんだが、手を加えるにも手間がかかるし、条件は良いから好きにイジるといい」


ふむ、確かに悪くないかもしれない。


あとは、転生レオンとしてもここにして貰った方が貴族のコントロールもしやすいのかもしれないわね。


女性貴族で、不本意にも巷で英雄扱いの私を疎ましく思ってそうな、良くいえば厳格な、悪くいえば頭の固い古参の貴族達から反発も出にくいのでこの地という理由もあるのだろう。


彼らからしたら、山越えでのリスクや時間を考えると手間な領地にしか思えないだろうし、不人気にしか思えない場所を与えた後で彼らの反応を見てふるいにかけるという思惑も転生レオンにはありそうだけど、その辺は別に興味はない。


他の貴族に何を思われようと、私はリナリアとのかけがえのない大切な生活と、お父様やお母様、フリート達のために出来ることをするだけだ。


まあ、それはそれとして温泉は凄くワクワクするけど。


リナリアと温泉かぁ……凄くいいわね!


海も近いし、水着姿のリナリアとか……うへへ……


「おい、顔に出そうになってるぞ」

「これは失礼」


恐らく出てないとは思うけど、そこそこ長い付き合いの転生レオンにしたらそうなりそうには見えたのであろう。


少し気をつけて表情を戻す。


まあ、でも仕方ないわよね。


確かにリナリアと温泉とか、リナリアの水着姿とか想像すると凄く楽しみになるので仕方ないとしか言いようがない。


他にも、山となれば山ガールリナリアとかも個人的にグッド。


「開発資金を援助出来なくもないが……不要だろう?」

「貰えるなら貰いますよ」

「この程度なら魔法で何とか出来るのだろ?なら、無理には出さないさ」


知ったような事を言われてしまうけど、確かに魔法という力があれば割と何とかなるのが現実であった。


資金に関しても、ある程度魔道具での収入もあるしまだ売ってない魔道具がかなり控えてるので、それらを売ったら今でさえポケットマネーと言うには多すぎる金額なので想像すると恐ろしくなる。


人間、急にお金を持つとろくな事がないし、公爵令嬢として普通に暮らせているので無理に売る必要もないというのもあった。


「とりあえず確認だがここで問題ないか?」

「ええ、構いませんよ」

「なら、後日父上から正式に渡すようにするから、その後は自由にするといい」


なんだか、軽く国王陛下が傀儡になってそうにも感じるけど、あくまでも転生レオンは父親への進言としているようなのである意味感心してしまう。


一応、親を慮る心はあるブラコンのようだ。


「そういえば例の魔法は順調のようだな」


さて、帰ろうかしらと思って退出を口にしようとすると、ふとそんな事を言う転生レオン。


恐らく、私の目指して完成させてた、究極の魔法である、女の子同士でも子供が作れる魔法のことだろう。


「男同士でも出来るのか?」

「ええ、試しましたし問題ないですけど……ロメリオ殿下の子供でも産みたいので?」

「バカを言うな。弟とそんな関係にはならないさ」


本心なのかは知らないけど、そういう常識的な言葉も出るのね。


「俺は弟を愛してるが、家族として……いや、俺の弟として愛してるんだ。そんな気持ちは湧かないさ」

「では、ロメリオ殿下から迫られても?」

「……無論だ」


その間は何なのでしょう?


まあ、どうでもいいけど。


「魔法師団の副団長……マーリンだったな。なるほど、異世界だから出来る女の子のハーレムか」

「私には興味無いですけどね」

「……同性が好きなんじゃないのか?」

「リナリアだからいいんです」


まあ、男よりも可愛い女の子が好きなのは事実だけど、本気のラブはリナリアだけよ。


「ふむ、そんなものか」

「殿下はどなたか妻に迎えないので?」

「面倒だからしばらくはパスだな」


まあ、その気になれば本気で独身を貫きそうなブラコンよね。


「しかし、予想よりも凄い魔法だな……正直眉唾な話だとは思ったんだが」

「愛する人と子を成すのに、性別は関係ないですよ」

「それは魔法があるから言えることだな」


然り。


深く頷く言葉ではあった。


「では、私はこれにて」

「ああ……っと、忘れていた」


今度こそ去ろうとすると、転生レオンが机から何かを取り出すとそれを私に投げてきた。


ちょっと、危ないじゃないのよ……まあ、取れたからいいけど。


「何ですこれ?」

「フリートにあげてくれ」

「まさかウチの弟を……」


だとしたら、私は全力で可愛い弟のフリートを姉として守らねば!


……なんて、少しアホな警戒をしていると、転生レオンは肩を竦めて言った。


「可愛いが、生憎と俺の可愛い弟は世界で一人だからな。そして、それはウチの可愛い弟からそちらの弟へのプレゼントだ」

「なるほど、では渡しておきますね。ロメリオ殿下に感謝の言葉をお伝えして頂いても?」

「ああ、喜んでたと伝えよう」


大方、留学先でロメリオ殿下が何かしらフリートに合いそうなものを見つけて買ってくれたのだろう。


私とは面識が少ないロメリオ殿下だけど、何気にフリートとは生まれてから何度も会っていた。


アンスリウム公爵家の次の当主であるフリートは、言わば、ロメリオ殿下を支えるはずの名門公爵家の跡取りなので、面識を持っておきたいのだろう。


その縁で会っていれば、親しくもなるというもの。


軽くお礼を言ってから、転生レオンの部屋から出ると、やる事がいっぱいなので少し息をつく。


避けられない領地という使命だったけど、温泉地で海辺という好条件な場所を貰えたので悪くない。


(唯一の懸念は山と魔物や野生動物辺りね……まあ、それくらいなら何とかなるわね)


ついでに、いつもお世話になっている魔法師団の団長に挨拶をしてから、マーリンにも一応声をかけて城を後にする。


揺れる馬車の中で、どんな風に家を建てようかなとか、温泉の出る自宅を想像して少しテンションが上がりつつも、リナリアと会った時に怪しまれないように表情を保っておく。


最近、私も更に演技力を上げたと自信があるのだけど、リナリアは婚約者になってから更に私への理解を深めたのか、それを次第に見破りそうになりつつあった。


特に、私の無茶にはよく気がつく。


私が少し無理をしただけでも直ぐに気がつくとやんわりと止めるように誘導するリナリアさんってば……もう控えめに言っても、最高よね!


とはいえ、リナリアも必要な無茶や無理を承知はしているので、そういう時は後でさり気なくフォローするのが良妻賢母の片鱗を思わせた。


リナリアさんってば、年々母性が強くなってて、少し撫でられただけで安心しちゃうのよねぇ……まあ、私がちょろいだけかもしれないけど、あの可愛いリナリアを前にすれば誰でもそうなると私は思う。


(お父様達と離れて暮らすのは少しあれだけど……その辺は成人後でないとお父様が許さなそうね)


成人までは恐らく、向こうでのリナリアとの二人きりの生活は許されないと思われる。


お父様としては、本格的な領地入りは成人してから……という意向があるようなので、その辺は迷い所。


まあ、私好みの屋敷を作るにも時間は要るし、気長に待ちつつも私好みに改造したり、あとは最低でも王都へのアクセスを簡単にしないといけないわね。


そんな事を思いながら、屋敷につくと、私は出迎えてくれたリナリアに抱きつくのであった。


この感触……プライスレス。















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