第19話 『白銀の氷姫』
ドラゴンの襲来――ここ数千年で一度も無かったその異常事態はあっという間に他国にまで情報が広まったそうだ。
人が抗うには強すぎる、この世界の最上位に位置するドラゴンは本来自身のテリトリーから出ることはほぼ無いので、『何か作為的なものがあるのでは?』と、王国の上層部は警戒を強めたそうだ。
ちなみに、ドラゴンにも種類があるけど、龍と竜……字にして前者が今回私が相手をした最上位クラスの化け物で、後者が魔物と呼ばれる存在の竜種であった。
魔物――体内に魔石と呼ばれる心臓とは別の核のある生き物のことで、普通の動物よりも圧倒的な力を持っていた。
なお、龍種にも魔石はあるのだが、そちらのドラゴンが何故か魔物とは呼ばれていなかった。
そんな人間のカテゴリーに収まらない程に圧倒的だからなのだろうが、それを倒した私は世間ではどう思われているのか?
「お嬢様、本日も色々と届いております」
「……ねぇ、ジャスティス。私何か悪いことしたのかしら?」
「その逆なのでこうなっているのかと」
連日のように届くのは、あの時の光景を見ていたと思われる市民からのプレゼントや手紙、そして商人や貴族からの様々な案件の打診と私は何故か最高にモテていた。
「演劇に、本の出版って……間違いなく脚色が多くなりそうね」
果たして、あの一連の流れのどこに物語性があるのか不思議でならないけど、認めるときっと私は見てるこちらが恥ずかしい脚色が沢山されると予想がついた。
「というか、皆大袈裟なのよね。これじゃあ、王都を救った英雄みたいな……」
「事実だけを見ればそうですね」
ジャスティス曰く、恐ろしいドラゴンの襲撃に混乱する民たちに、毅然として前に出て彼らを落ち着かせてから、ドラゴンを撃破した私は傍から見ればそうとしか見えなかったらしい。
「アンスリウム公爵家の支持が上がり、旦那様はまたお仕事が増えたご様子」
「……お母様に申し訳ないわね」
せっかく弟か妹がもうすぐ生まれるのに、イチャイチャする時間を削ったことには罪悪感しか覚えない。
「まあ、それもすぐに落ち着くでしょう。旦那様としては、お嬢様が無事で心底安堵しておりましたから」
帰ってきた時のお父様の顔は今でも覚えている。
余裕のないその様子で、お母様と一緒に私を抱きしめてくれたので、そんな所も夫婦揃って萌えですな。
「そういえば、今回の件の報奨について、明日謁見を行うとの通達も来ております」
「そう、面倒ね……」
事態の収集やらで若干日は空いたけど、今回の件では私の活躍が評価されてしまったらしく、その褒美やらで、明日城へと行かなければいけないらしい。
拒否権のない褒美か……嫌だなぁ。
「そうね、私は王太子殿下の婚約者なのだから、全ての事は王太子殿下に任せましょうか」
そう、私は今はあの転生レオンの婚約者なのだから、全て奴に押し付ければいい。
夫(全くそうは思ってないが)を立てるのが良き妻の役目と世間一般の認識ではそうなってるはず。
まあ、そんな古き良き妻はリナリアにこそ向いてるのだけど、それはそれ。
新妻リナリアとか素晴らしいものよね。
エプロン新妻リナリア……いいわね。
そんな妄想にニマニマしそうになっていると、私の名案にジャスティスは申し訳なさそうな様子で答えた。
「それは難しいでしょうね。残念なことに、レオン殿下の意向もあるそうで」
……あのブラコン、絶対ろくでもないこと企んでるわね。
まあ、そう言われたら仕方ない。
私は面倒なそれをひとまず置いて、届いたものを確認してから、リナリアを愛でるために部屋に戻る。
やっぱり、私の癒しはリナリアだけだなぁ。
「よくぞ参った。面をあげよ」
「はっ」
翌日、嫌でも行かないといけない陛下との謁見は予想よりも大々的で少し困った。
謁見の間には、主要な貴族が集まっていたが、その中には私の様子に少しハラハラしてそうなお父様も居たけど、私以外にはその様子は分からないらしく、そんなお父様は実に萌え萌えでした。
玉座にかける国王陛下の隣には、宰相と何故か転生レオンが横に並んでおり、いつの間にか裏ではその影響力を強めていたと思われる。
そんな転生レオンは実にご機嫌だった。
その様子を見て、私はある予想を抱く。
「さて、カトレア嬢よ。今回そなたを呼び出したのは今回の非常事態に際して、そなたの素晴らしい働きを称えるためである」
「勿体なきお言葉にございます」
いえいえ、そんな事気になさらずさっさと私をお家に返してくれたらそれが一番のご褒美ですから。
そんな事を思っていると、陛下はとんでもない事を口にした。
「実はな、そなたに爵位を渡すことに決めたのだ。それをこの場の者達に納得させるのに少々時間が掛かったのだが、何とか今日に間に合ったようで何よりだ」
……はい?
何故に王太子の婚約者に爵位を?
よく見れば、何人かの貴族には不満もあるように思えたけど……さては、転生レオンの差し金かしら?
「陛下、恐れながら私は王太子殿下の婚約者ですが」
「それなのだがな、婚約は解消とする。そなたの王妃としての素質は恐らくかなりものだが、そなたを王家に入れるよりも爵位を与えそちらで手腕を奮って欲しいのだよ」
本来であれば、私を是が非でも王家に嫁として入れたいはず。
それなのにそんな台詞を吐く理由は……転生レオン以外には要因が考えにくいわね。
一体、どんな手を使ったのやら……にしても、女性で爵位を貰うなんて史上初じゃないかしら?
ふむ、その辺が英雄扱いと相まって転生レオンとの婚約解消の説得材料になったと考えるべきかもしれないわね。
とはいえ、それでも足りない気がするから、どんな手を回したのやら……何にしても、転生レオンと婚約解消は望むところではあるし、爵位を貰わなければ嬉しかったのだけど……断れる様子もないわね。
「では……汝、カトレア・アンスリウム。そなたに子爵位の位を授ける」
「謹んで拝命いたします」
騎士爵位か男爵かと思ったのにまさかの子爵。
まあ、別にいいけど。
「それとだ、それだけでは少し褒美としては弱いと思っていてな。そなたの功績は市民に貴族の印象を上げるのに大いに役に立った。それに、あのドラゴン……
随分と太っ腹なことだけど……それは願ってもない話ね。
「では、陛下。僭越ながら一つだけ」
「ふむ、申してみよ」
「私の結婚に関しまして、私の選んだ相手を絶対にお認め頂けると幸いです」
「ふむ、よかろう」
これには、参列する貴族達が驚く。
まあ、恐らく彼らとしては私に婿を送りたかったのだろうけど、それを封じたようなものだしね。
とはいえ、私の狙いはそこにはない。
貴族にならなければ、婚約解消と共に田舎でリナリアとまったりを考えていたけど、貴族になってしまった以上は何がなんでもリナリアを嫁に迎えられる準備が必要になる。
本当はリナリアとの関係は内々で、本人同士だけで済ませたかったけど、貴族になるのならそれは難しい。
とはいえ、それは別にいい。
立場としてはお父様のお役にも立てるし、前向きに考えてリナリアとの関係をオープンに出来るのは有難い。
なので、とりあえずは陛下の言質を取っておく。
大方、この発言を聞けば、私が平民と結ばれると考えてる人も居るかもしれないけど……残念、可愛いヒロインちゃんでした。
「カトレア嬢、そなたには素晴らしい魔法の才と魔道具職人としての才もある。今後もその力を我が国ために役立ててくれること、期待しているぞ」
「精一杯、励ませて頂きます」
殊勝なことを言うけど、あくまで社交辞令である。
私としては、リナリアや家族が幸せになれるならこの国でなくても、他国でも構わないし、優先順位が決まっているからだ。
そんな訳で、私は何故か貴族になりました。
アンスリウム子爵家の当主で、この国の貴族の歴史においてほとんど例のない女性当主となったのだけど……まあ、なってしまったものは仕方ないので受け入れてリナリアを口説くことに専念しましょうか。
「よう、来ると思っていたぞ」
「説明は貰えると受け取っても?」
謁見も終えて、貴族たちに囲まれてから何とか抜け出した私は転生レオンとの秘密の密会場所に来ていた。
密会とはいっても、色っぽいものではなく、情報交換の時に使いやすい場所でしかないけど。
私にとって、色っぽい話はリナリアだけで十分だしね。
「実はな、今回の騒動に絡んでいそうな奴らの目星がついたんだ。この功績で弟を王太子に変えることには成功しそうだ」
実にご機嫌な様子でそう告げる転生レオン。
普通は、自分の地位を弟に譲る口実が出来てこんな風にならないはずだけど、ブラコンの考えは読めないので気にしたら負けだよね。
それにしても、今の言い回しはあのドラゴンの動きには人為的なものがあったと言ってるようなものだけど、有り得ないはずのそれを私は恐らく真実だろうと思わされた。
というか、既に相手の特定まで済んでるようで、相変わらずのブラコン転生レオンの行動には呆れてしまう。
まあ、どんな思惑だろうとリナリアや家族に害がないなら放置が妥当かしら。
「それでもよく、この状況で私に爵位を渡して婚約解消にまで持っていけましたね」
「苦労はしたがな。だが、腐った貴族共の悪評を一変させかねないフォローを誰かさんがしたと言えばある程度は封じ込める。父上には英雄を嫁にした時のデメリットの大きさを話したのだが、堅実な統治を優先する父上にしたら無視は出来ないだろうな」
サラッと言うけど、相変わらず怖い転生者だこと。
他にも裏で動いてそうではあったけど、その辺はとりあえずいいかな。
「では、とりあえず一つだけ。弟殿下が王位を譲られてからで構わないのでこれまでの婚約者のフリの報酬を頂ければ」
「何を望む?」
私はそれを転生レオンに頼むと、転生レオンは呆れたような表情を浮かべた。
「まあ、元々似たようなことは決めるつもりではあったが……本当にヒロインが好きだな」
「ええ、世界一愛してますよ」
「……なるほど、悪化してるという訳か」
処置なしとやれやれと首を振る転生レオン。
でも、ブラコンの貴方に言われなくない。
「まあ、その程度なら問題ないな。何せ俺の弟はこれから歴代で一番の王になる。国も安定するように動いたし、不足の事態にも対応は完璧だ。甥や姪の顔が楽しみでならないな」
未来のそれを想像したのか、楽しそうに笑う転生レオン。
というか、私に悪化したとか言ってたけど転生レオンもブラコンが悪化してる気がする。
「とりあえず、何かあったら連絡はするが演技が無くなると思うと少しは気が楽になるな」
「それは同感ですね」
リナリアに転生レオンと仲良する姿を見せなくて良くなるのは有難い。
「ま、精々ヒロインと仲良くやることだ。必要なら使うからな」
「こちらも必要でしたら頼らせて頂きます」
「なるほど、流石は『白銀の氷姫』様だな」
そう言ってから、ヒラヒラと手を振ってその場を後にする転生レオン。
しかし……白銀ってなに?
「白銀ですか?ああ、カトレア様は確かにそう呼ばれてましたね」
最後の転生レオンの言葉が気になり、帰ってから最近城下によく出向いているジュスティスに尋ねると、どうやら私の二つが『白銀の氷姫』と呼ばれてたらしい。
……何それ?
「白銀……!カトレア様にぴったりの素晴らしい名前ですね!」
同じく知らなかったリナリアは、その二つ名に実に嬉しそうだ。
相変わらず可愛い子だけど、それで今後呼ばれるのはちょっとなぁ……自分で氷姫とか名乗りたくない。
姫系はリナリアの方が向いてるって。
まあ、絶対そういう意味ではないけど、それはそれ。
「じゃあ、リナリアは『白金の歌姫』かしら?」
「わ、私にはそういうのはちょっと……」
「あらそう?私色に染まった歌姫は結構良いと思うけどね」
むしろ、私の二つ名によりもしっくり来るから不思議だ。
歌姫とか名乗れるヒロイン力の高いヒロインちゃんこそ、リナリアさんなのだよ。
「うぅ……カトレア様とお揃いは嬉しいですけど、歌姫は恐れ多いというか……」
「ふふ、大丈夫よ。リナリアは私だけの歌姫だからね」
「そ、それはまあ、カトレア様が望まれるなら……」
もじもじと、実に可愛いリナリアさん。
この前の一件から、ますますリナリアとの距離は縮まったけど、でもまだ少し私には足りない気がする。
この前はなし崩しでの告白のようなものだったけど、一応私の気持ちは伝えられた。
でも、あれは本当になし崩しなので出来れば改めてちゃんと告白かプロポーズをしたい。
プロポーズでもいいけど、まずは告白かしら?
まあ、告げるまでもなく既に伝えたい感はあるけど、きちんと改めて伝えることにはちゃんと意味があるしやる価値はある。
九歳でも、女の子は女の子。
カトレア・アンスリウム……リナリアさんに想いをきちんと伝えたいと存じます。
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