第18話 英雄カトレア

「な――ドラゴンだと!?」


その存在を次第に周りが認識するとパニックが起こる。


王城よりも巨大なそれは、強靭な鱗に包まれており、真っ赤な派手な外見と鋭い牙と爪、そして空を支配するような大きな翼は実に雄々しい。


その存在の種族名はドラゴン。


正確には、おそらく――獄炎龍ヘルフレイムドラゴンという炎属性の中でも上位クラスのドラゴンだろう。


『ガァアア!!!』


そのドラゴンの咆哮は、聞いた者の精神を壊すような凶悪さがあった。


チリッ。


口の端から、炎が迸る。


(来る――)


周りに反応できるような手練は……残念なことに居ないだろう。


私だって、本来はか弱いただの女の子なのだが、魔法という力さええれば出来ることは広がる。


リナリアも居るし仕方ない……やるだけやってみますか。


その口から放たれる炎のブレスは、無慈悲に人々を蹂躙――する前に、私の作った魔力壁にて相殺される。


「ぐっ……つっよ……」

「だ、大丈夫ですか、カトレア様!」


予想以上のブレスの力に、思わず苦悶の声を漏らすとリナリアが私を支えようとしてくれる。


本当に優しい子だ。


こんな恐ろしい状況でも、私の心配なんて。


「カトレア様」

「……ありがとう、リナリア。ジュスティス、今の爆炎で城の人間にも状況は伝わってるとは思うけど、遣いを出してからリナリアを連れて逃げて」

「カトレア様はどうなさるおつもりで?」

「私は何とか足止めをするわ」

「無茶です!」


そうね、普通ならそう言うべきなのだけど、私としてはリナリアを失う訳にはいかない。


だからこそ、無茶は承知でやる。


リナリアと家族だけで国を捨てれば余裕ではあるけど、それをしてそんな私をリナリアが好きになる訳もない。


だからこそ、打算で私は無茶をする。


「危険なのも無茶なのも十分分かってるわ。それでも、私はアンスリウム公爵家の娘として退けないのよ」

「だったら、私も残ります!」

「私もです。もしもの時は盾くらいにはなりますでしょう」


……本当にリナリアは優しい子だ。


ジュスティスもミーナが惚れたのも納得のイケメンぶりだよ。


「それはダメよ。ジュスティスはミーナを泣かせたいの?それに、あのレベルの攻撃じゃ人間一人の盾は意味が無いわ」

「それは……」


私の正論にジュスティスは黙り込んでしまう。


とりあえずは丸め込めたようだ。


そして、私は最愛の人を見る。


「リナリア、貴女は絶対に逃げなさい」

「嫌です!私は――」

「ダメよ。だって――好きな人には生きて欲しいもの」

「えっ……?」


目を見開くリナリアに私は優しく微笑むと、そっと抱きしめた。


「リナリア、私は貴女のことが――世界で一番好きなの。だから、帰ったら今度は主人とメイド……うううん、友達以上の関係になりましょう」

「カトレア様……」

「じゃあ、少し行ってくるわね」

「待って――」


リナリアの事を、ジュスティスに任せると、細かい魔法でドラゴンの気を逸らしつつ、マイクを取り出して私は民衆に告げる。


『この場はこの私――アンスリウム公爵家の長女、カトレア・アンスリウムが何があっても死守します。だから、慌てず騒がず皆さんは王城に避難を』


マイクの声量的にはそうでもなくても、遠くまで響く機能は便利であった。


『兵士や冒険者の皆さんは市民の誘導を。城の裏門から地下に非常用の避難場所が用意されてます。私の名前を使って構いませんので、速やかにそちらに避難を。ただし、慌てず騒がず、押し合わないように。誰一人として死なせません――アンスリウム公爵家の娘として、私は皆さんを御守ります』


その言葉が届いたかは定かではないけど、私はそれ以上は何も言わなかった。


マイクをしまって、ドラゴンに向き合う。


破壊の味を邪魔した相手を見定めたように、ドラゴンは私に視線を向けると低く唸る。


怖い――けど、リナリアを失うのに比べれば全然怖くない。


まずは、時間を稼ぐことが第一だけど、獄炎龍となると今のこの国で倒せる者が居るかは微妙な所だった。


となれば、最前は倒してしまうことだろうけど……


(あの魔法なら倒せるかもしれないけど、発動まで時間もかかるし……それに、ここだと被害が大きくなるかもしれない)


そうなれば、まずはドラゴンをこの場から遠ざけないといけないかもしれないわね。


どうしようかと思っていると、ドラゴンが先程よりも強力な炎のブレスを吐いてくる。


(ぐっ……相変わらず強いわね……)


とはいえ、防げなくない。


そんな事を思っていると、ドラゴンは上昇してから反転して私に向かってダイブしてくる。


(ここだ!)


私は角度をつけて魔力壁を作ると、ドラゴンが魔力壁を壊す勢いで突っ込んできたその横から、エアハンマーという、空気を圧縮して更に強化した魔法を使い、ドラゴンを人のいない方向へとかっ飛ばす。


スカン、と音はなくともホームランでも打ったように飛んでいくドラゴンは間違いなく、王都の外の無人の場所へと吹き飛んだ。


それを追うと、ドラゴンが地面にクレーターを残しつつもほぼ無傷でその場にいた。


「あちゃー……まあ、この程度じゃ倒せないわよね」


分かってはいても、かなり勢いが良かったので少し期待してしまった私を誰が責められよう。


そんな事を思っていると、ドラゴンがその場で全身から炎を出すと、まるで竜巻のように炎を私の周囲へと走らせる。


(窒息死を狙ってるとか?)


そこまで知能があるとヤバいと思っていたが、もっと単純なようであった。


ドラゴンは今度こそ逃げきれないように周囲に壁を作ったのだろう、そのまま私目掛けて突進してくる。


爪とか牙とかは私を轢いた後にでも使うのかしら?


「まあ、意味無いけど」


『ギャウン!』と、悲鳴を上げて、地面に落ちるドラゴン。


先程の数十倍の高度の魔力壁なので、破れるはずもなく、今度は多少ダメージを与えられただろう。


魔力量と魔法の技術にそこそこ自信がある私は、最初の最小限の魔力での防御を捨てて、ふんだんに魔力を使う方向で行くことにした。


それなら倒せそうだったからだ。


再び地面に叩きつけられたドラゴンがプライドが傷ついたのか、怒りの咆哮をあげると、その口に魔力を集中させる。


先程よりも圧倒的に長いタメ……おそらく、今度来るのが本気の炎のブレスなのだろうと予想して、私も魔力壁に余剰に魔力を流す。


それは、もはや爆発の暴力であった。


放たれた炎のブレスは魔力壁に当たると、白くひかり、爆風を周囲に撒き散らした。


視界が曇る中、私は冷静に魔力壁が壊されてないのを確認すると、準備の終わった魔法を使うために視界が晴れるのを待つ。


すると、そこには再びブレスのタメに入ろうとするドラゴンの姿が。


「残念、終わりよ」


指定した範囲は、巨大なドラゴンの周囲一帯。


使うのは、私のオリジナル魔法。


「とっておきよ、私とリナリアのデートを邪魔したこと……後悔なさい」


すっと、手をドラゴンに向けると私は魔法を発動する。


「『アブソリュート・ゼロ』」


それは、氷魔法の極地。


絶対零度という概念を知ってるからこそのその魔法は私のオリジナルの氷魔法の『アブソリュート・ゼロ』であった。


さしもの炎上位クラスのドラゴンだろうと、圧倒的なその冷気には耐えられず、ドラゴン――獄炎龍は空を睨んだまま氷のオブジェと化したのであった。





「はぁ……慣れないことするものじゃないわね」


死亡確認のために反応を探って、本当にドラゴンが絶命したことを確認してから、私はそっと凍りつくドラゴンに触れる。


すると、ドラゴンが脆く崩れ去ったけど……強靭な鱗や爪、牙といった主要な部分は何とか残っていた。


ドラゴンは確かそこそこ高く売れたはずだし、いい仕事したよね。


そんな事を思っていると、ふと丸いボーリングサイズの魔石を見つける。


魔石とは、魔物の力の源であり、これらは魔道具にも使える素晴らしいものだけど、ボーリングサイズの魔石は見たこたがないので少し驚く。


(これなら、色んな魔道具が作れそうね)


あれこれと空想するけど、でもこのサイズはガチで国に回収されてもおかしくないレベルなので何とか交渉して貰えらないか試すべきかしら?


そんな事を思っていると、索敵魔法に沢山の反応があるのが確認できた。


しかも、その中には予想外の人物も居るようだった。




「倒したのか。やはり応援の必要はなかったな」

「これは殿下。自らお越しとは驚きです」

「父上に無理はさせられないからな」


沢山の騎士や魔法使いを引き連れてきたのは、転生レオンであった。


その後ろには、ブラコン転生レオンの愛する、私はあまり顔を合わせたことの無い第二王子の姿もあった。


そして――


「カトレア様ぁ!」


ジュスティスの乗る馬から、慌てたように駆け寄ってくるのは、私の愛するリナリアであった。


「良かった……生きててよかったぁ……!」


私に抱きついて、ぐずぐすと泣き出してしまうリナリア。


心配させてしまったので、私はリナリアを優しく抱きしめる。


「ごめんなさいね、心配かけて……」

「もぅ……あんな無茶ダメですよ……?」

「ええ、分かったわ」


とはいえ、必要なら仕方ないとも思ってしまう私は反省が足りないかもしれないわね。


「うぅ……カトレア様、カトレア様、カトレアさまぁ……」

「はいはい、泣かないの」


幼子のように私を求めてくるリナリアは、絶対に私を離すまいとぎゅっと抱きつく。


その柔らかさといい匂いが私には最高のご褒美に思えたけど、私の近くまで来たジュスティスを見て少し正気に戻る。


「逃げなさいと言ったのに」

「カトレア様、カトレア様が居なくなっては、ミーナが心底悲しくなります。勿論私もです。だから

出来ることはさせて頂きました」

「……そう、ありがとう」


命令無視でも、ここまで思ってくれるなら悪くはないわね。


とはいえ、結果的に今回は勝てからいいけど、本当にダメなら何とかする術は必要かもしれないわね。


特に、リナリアを絶対に守る術はもう少しあった方がいいかもしれないと心底思った。



ドラゴンの素材やらなんやらの後片付けは任せて、私はリナリアと一緒に馬に乗って帰路についていた。


乗馬は習っていたけど、リナリアと二人乗りは少し新鮮でその抱きついてくる可愛い存在にテンションが上がるけど、リナリアはずっと私に抱きついたまま静かであった。


さっきもそうだけど、絶対に離さないという意志を感じる。


「リナリア、怒ってる?」

「……怒ってます」

「そうよね、ごめんなさい」

「……でも、それ以上にカトレア様がご無事で心底ホッとしてます」


ぎゅっと、抱きつきながらもそんな事を言うリナリア。


……何この可愛い生き物。


そうは思っても、片手間に愛でられないのが惜しいところ。


もう少し乗馬にも慣れないといけないわね。


「カトレア様、あの言葉は……本当ですか?」


一瞬、どれかと迷ったけど、間違いなくドラゴンと戦う前のあのセリフだろう。


『リナリア、私は貴女のことが――世界で一番好きなの。だから、帰ったら今度は主人とメイド……うううん、友達以上の関係になりましょう』


……うん、これもうプロポーズじゃね?


まあ、それくらいの相手だったので仕方ないけど、冷静になると中々に思い切ったプロポーズをしたものだと思った。


「じゃあ……カトレア様は本当に……」

「ええ、そうよ。とはいえ、リナリアの答えは焦らないわ。だって……その前に私は貴女を心から惚れさせてみせるもの」


そう宣言すると少しスッキリする。


私のその言葉に、リナリアはしばらく黙ってからポツリと呟いた。


「もう、遅いです……だって、とっくの昔……出会った時から、私はカトレア様のことを――」


最後は言葉にはしなかったようだけど、伝わってくるその熱から答えは分かった。


それは、まだ親愛に近いのかもしれない。


いや、本当はそれ以上かもしれないが、それでも構わない。


だって、私はリナリアのことが好きなことに変わりは無いのだから。


私とリナリアに気を使って、少し遠くにいるジュスティスの心遣いが有難い。


平然とリナリアに言ってる私も、少しよく見れば顔が熱くなってることに気が付かれるだろうから。


ばくんばくんと、リナリアの心音と私の心音が混じり合う。


その感覚が心地よくて、抱きついてくるリナリアが何より愛おしくて、私はこんな時がずっと続けばいいのにと、少し乙女なことを考えてしまう。


リナリアがここまで私のことを思ってくれている――その事実は何よりも嬉しくて、また、私のリナリアに対する気持ちも本物だと分かって嬉しくなる。


ああ、私はこの子に心底惚れてしまったんだなぁ……そう思うのも当然で、それくらいリナリアは可愛かった。


























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