第16話 アイドルもアリかも

「面白かったですね、カトレア様」


劇が終わり、二人で喫茶店に寄ると感想をここまで我慢していたリナリアが実に楽しそうにそう言った。


「ええ、久しぶりに楽しめたわ」


これまで、何度か劇場には行ったことがあったけど、あまりしっくりくる面白い作品には出会えなかったので、今日は良かった。


それに、リナリアと一緒だったのも大きいかもしれないわね。


転生レオンと来た時は、近すぎて嫌な気持ちにさせられたし、内容も何かの英雄譚をパクったような内容でそこまで楽しめなかった。


まあ、それは転生レオンも同意見だったようだけど。


そういう意味では、私と転生レオンは意見があうのだろう。


主に、私達の相性が最悪という点においてだけど。


「王女様と平民の女の子、幸せになってくれて良かったです!」

「そうね、やっぱりハッピーエンドはいいものだわ」


基本的に、善人で優しいリナリアは幸せな物語が好きだったりする。


私はリナリアのような優しい心の持ち主ではないけど、見るなら悲劇とかよりはありふれたハッピーエンドの方が好みである。


悲恋とかも嫌いではないけど、どうせなら双方共に幸せな甘いお菓子のようなダダ甘なエンドであればなおよし。


メリーバッドエンドなんかは判断に迷うけど……最終的にお互いが幸せならある程度は許容できるかもしれないのが私の心にある闇なのかもしれない。


「役者さんも演技が上手だったわね。今まで見た中で一番かもしれないわ」

「主役の王女様は、カトレア様に少し似てましたね」

「そう?私としては、ヒロインの平民の女の子がリナリアに似てたと思うけど……」


と、二人で思わず笑いあってしまう。


まさか互いが互いを役者さんに似てると思われてるとは思ってなかったのだろう。


「まあ、リナリアの方が可愛いけどね」

「そ、そんな事は……」

「あるから私はそう言ったのよ」

「むぅ……それなら、私だって同じこと思いました」


ぷくりと一瞬頬を膨らませるリナリアさん。


それ、めっちゃ可愛いのでもう一度とアンコールしたい気持ちを抑えて私は少し意地悪に微笑む。


「ふふ、何を思ってくれたのかしら?」

「そ、それは……王女様よりも、カトレア様の方が綺麗で、優しくて……あと、凄く凛々しくて可愛いって……うぅ……」


うむ、可愛い過ぎてはありませぬか?


当方、この可愛さに翻弄されまくりでございまする。


……などと、おかしな口調になりそうになるが、それを表には一切出さない辺り、私も中々の演技力だと思う。


いえ、この場合は演技ではく、ポーカーフェイスが上手いと言うべきかしら?


「お待たせ致しました」


そんな事を思っていると、先程注文した品を店員のお姉さんが運んできてくれる。


看板娘さんかな?


そういえば、この店の看板娘さんが可愛いとかマーリンが言ってたけど、確かに美少女さんだね。


まあ、リナリアには遠く及ばないけど。


「美味しそうですね、カトレア様」

「ええ、最近は城下も賑わってると聞いてはいたけど……これ程とはね」


ふわふわのパンケーキは、贅沢にも生クリームがふんだんに使われており、果物も時期ではないはずなのに沢山乗ってて実に美味しそうだ。


それでも、比較的値段が抑え目なのは、きっと転生レオンが裏でコソコソ動いているからなのでしょうね。


まあ、何してようとリナリアに害が無いなら見逃すけど。


「リナリアの飲み物は紅茶よね?」

「はい、お屋敷でカトレア様が飲むのに比べると少し劣りますが、淹れ方は凄く良さそうです」


使っている紅茶の葉自体は比較的安物でも、それを美味しく淹れるテクニックは広まってきているのかしら?


「カトレア様は珍しいものを頼みましたね」

「コーヒーね。まさかお店で飲めるとは思わなかったけどね」


確かに、最近は貿易も盛んになってきたとは聞いていたけど、コーヒーなんてこちらではあまり広まってないのが喫茶店で普通に出てきたのには驚かされた。


私としては、コーヒーは嫌いじゃなかったので、久しぶりに頼んでみたけど……これは挽き方が良いのかしら?


「何だか引き込まれそうな黒さですね……」

「見るのは初めて?」

「はい、こーひーでしたか?カトレア様は知ってるのですね」

「ええ、少し飲んでみる?」

「良いのですか?」


頷きつつ、コーヒーカップをソーサーごとリナリアの前に押すと、リナリアは控えにくぴっとコーヒーを口にして……顔を可愛らしく歪めた。


「にがい……」

「ふふ、少し大人の味だからね。砂糖とミルクを入れたら美味しく飲めるかもね」

「カトレア様は入れないのですか?」

「私は素材の味が好きだからそのままね」


高校入学前に、親友の瑞穂と学校帰りにちょっと背伸びして飲んだブラックの缶コーヒーが地味に懐かしい。


「少し紅茶飲ませて貰っても?」

「はい、どうぞ」

「ありがとう」


リナリアから紅茶を少し飲ませて貰うと、確かに使っている茶葉にしては淹れ方が良いのか美味しい。


「悪くないけど、屋敷でリナリアが淹れてくれるものが一番ね」

「そ、そうですか?」


「えへへ……」と、嬉しそうにはにかむリナリアさんがとても尊い。


紅茶のカップとソーサーをリナリアに返すと、私もコーヒーを自分の手元に戻す。


リナリアが照れから覚めて、紅茶を飲もうとした瞬間である。


「あ……」


ふふふ、気がついたようだね、リナリアさんや。


「あの、カトレア様。これってかんせ……ふぁ!?」


随分と可愛い声をあげるリナリアだが、私と互いの飲み物をトレードするとは、即ち間接キスをするということだった。


それを狙っていた私は、あえてリナリアが飲んだ場所を狙って口をつけて、リナリアの前で堂々とリナリアと間接キスをする。


少し恥ずかしいけど、リナリアの可愛い姿を見れるなら満足です。


「久しぶりに飲んだけど悪くないわね。今度お父様に頼んで家でも仕入れましょうか」

「はぅ……」

「あら?リナリアったら何か恥ずかしいことでもあったのかしら?」

「うぅ……カトレア様、分かってて言ってますね?」


少しむくれるようなリナリアもまた可愛い。


「ほら、リナリアも冷める前に飲むといいわ」

「で、でも……」

「あら?私とは嫌だったかしら?なら、新しいものを……」

「い、嫌じゃないです!むしろ……あっ……」


思わず出た本音と私の様子に顔を赤くしてしまうリナリア。


可愛くて、どうしても構いたくなるのがリナリアの中毒性の高さを表していた。


いかんね、私このままだとリナリア依存性になるかも……って、既になってるか。


「ほら、リナリア。パンケーキも美味しいわよ。私とリナリアのとは少し違うみたいね」

「そ、そうですね……」


イチゴやラズベリーが比較的多く乗っているリナリアのパンケーキに対して、私のはキウイやパインなんかが少し多めといった所かしら?


どちらも美味しそうだけど、ふわふわのパンケーキなんて前世だったら絶対写真を撮っていたかもしれないわね。


「そうだわ」


そこで、私は例の魔道具の存在を思い出して何気なく取り出す。


何処から?という問いには亜空間からと答えておく。


そう、とうとう異世界定番の空間魔法を私は使えるようになったのである。


亜空間というか、別空間を開いてそこに物を閉まって、好きな時にいつでも取り出せるという素晴らしい魔法。


しかもそのしまえる別空間はこちらの世界の影響を受けないのか、時間が止まるのかそのままの状態で閉まって取り出せるので凄く便利。


これも、私の目指すべき魔法の副産物として得たものだけど、便利なものは使うに限るわね。


「カトレア様、それは?」

「カメラよ。可愛いリナリアの姿を残したくてね」

「はぅ……か、カメラですか?」


何とか照れから持ち直した我が愛しの君のリナリアさんはは、『はて、カメラとは?』という感じに首を傾げる。


まあ、似顔絵が精々のこの世界では初めてのカメラになるだろうし、知らなくても仕方ない。


私は思った。


リナリアの可愛い姿は有限だ。


一分、一秒として無駄な瞬間などなく、ならばそれを形として残すべきだと。


絵ではどうしても漏れがでるけど、カメラならいつまでも残せる。


なので、魔道具として頑張って作ってみました。


まだ売ってないけど、そのうちお金が必要なら売ろうかとは考えてる魔道具である。


パシャリとリナリアを撮ると、困惑気味のリナリアがしっかりと映る。


デジカメのように撮った後に確認できるのも大きな点かもしれない。


「す、凄いです。私の絵が一瞬で……」

「ふふ、違うわよ。リナリアの時を一瞬収めただけよ」

「ふぁ……やっぱりカトレア様は凄いです!」


からかい半分の気持ちもあったけど、この笑顔もパシャリと撮ることは忘れない。


これからは、毎日リナリアを記録していかないとね。


「なによ!タリアの意地悪!」

「メリサが悪いのよ!」


そんな風に和気あいあいとリナリアと過ごしていると、店内がいやに騒がしくなる。


振り返ると、どこかで見たような女性二人組が言い合いをしてるようであった。


あれ?あの子達は確か……そうそう、さっきの劇を一緒に見てた同士のカップルだったはず。


痴話喧嘩かしら?


それなら、私達の出て行った後にして欲しいのだけど……


「カトレア様、止めた方がいいでしょうか?」

「うーん、そうねぇ……」


リナリアが不安げな表情を浮かべて尋ねてくる。


正直、リナリアにこの光景を見せるのは宜しくないし止めるべきなのだけど……どうしたものかしら。


チラリと視線を動かすと、店の隅で変装して私の護衛をしているジャスティスの孫のジュスティスとその他の護衛さん達の姿があり、少し思案する。


当たり前だけど、私とリナリアだけの純粋な二人きりのお出かけは、お父様が絶対に許してくれないので、妥協案としてこうして覆面ポリスのように護衛して貰っているのだけど、女の子同士の痴話喧嘩に男が立ち入るのは宜しくないわね。


近くでは、ヒートアップする私の同士の女の子カップルの痴話喧嘩。


そして、リナリアの不安そうな表情と店の奥にあるステージを見てから、私はふと閃いた。


「リナリア、こっちよ」

「え?カトレア様、どこに……?」


私は店長に許可を貰うと、リナリアとステージに上がる。


「マイクはこれね。曲は……うん、これならリナリアも知ってるわね」

「あの、それもカトレア様がお作りになったものですか?」

「ええ、そうよ」


マイクの調子を確認してから、私の記憶にある曲を流す魔道具をセットする。


すると、店内に響くように音楽が鳴り出す。


楽器もないのに突然聞こえてきた音に驚くお客さん達だけど、まだヒートアップしてる女の子カップルの喧嘩を止めるには届いてない。


リナリアにマイクを渡すと、いよいよ困惑の局地の彼女に私もマイクを構えて微笑む。


すると、リナリアは聞いた事のある曲と私の様子から察したのだろう、驚いた表情を浮かべてから、私の事を信じているのか、私とタイミングを合わせて歌い出す。


「――――――」


それは、まさに天使の歌声であった。


元々、リナリアが歌が上手いのはゲームで知っていたけど、私がサポートに回ることでリナリアの歌に更に深みが増したように感じた。


カトレアさんも綺麗な声だし、リナリアとは出せる音の範囲が微妙に違うからこそのハーモニー。


気がつけば、お店の全員の心を掴んでいたリナリアのコンサートは一曲限りであったが、その場の全員の心に染み入っていく。


痴話喧嘩していた女の子カップルもいつしかその歌に絆されて、仲直りしたようで一安心。


その曲は、リナリアがたまに口ずさんでいた曲だったけど、私も知っているこの世界の童謡に近いものの一つであった。


時間にして五分程。


ゆっくりと曲が終わると、お店全体からの盛大な拍手とアンコールの嵐になるけど、私はそれを見越していたので、魔法で少し時間稼ぎをして、店長に謝ってから、お金を置いてリナリアを連れて店を飛び出す。


「あはは!やっぱりリナリアの歌は凄いわね!皆メロメロだったわよ!」

「もう……カトレア様、心臓に悪いですよぅ……」

「ふふふ、ごめんなさいね」

「でも……楽しかったです。カトレア様と歌えて」


その後、しばらくリナリアは名も知らぬ歌姫という感じで城下にて話題にもなったけど、とりあえずあの女の子カップルは無事ラブラブに戻れたし、お店の売上も増えて店長さんからかなり喜ばれた。


あと、売ってない私の頭の中にある曲を流す魔道具を売って欲しいとも言われたけど、それはお金が必要になってからにすると断ったのは間違ってなかったと思う。


何にしても、リナリアさんってば可愛いだけでなく歌の才能も本物のようで、将来はアイドルという線も……いえ、やるなら私がマネジメントかもしくはデュエットで出ることにするわ。


でも、出来れば私だけの歌姫もいいかもしれないわね。





























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