第15話 初デート

「まあ、こんな所かしらね」


身だしなみを整えてから、鏡を見て一人頷く。


今日は、待ちに待ったリナリアとの初デートの日。


昨日からどんな服を着ていくか悩み、リナリアに少しでも見惚れさせるカトレアさんを作ろうとしてはみたけど、考えれば考えるほど難しい。


しかし、それら全てが物凄く楽しいのだから、やはり私はリナリアにガチ恋してるのだろうとしみじみ思う。


お忍び風のカトレアさんは、庶民スタイルではあるが、元が良いからかどうやっても気品に近いものが出てしまうのだけど、これはどうしようも無いので放置しておく。


眼鏡かサングラスでもかければ……いえ、ダメね。


むしろ余計に目立つし、このくらいがベストかしら。


「ふふ、楽しみだわ」


リナリアとお出掛けはこれまでも無いこともなかったけど、こうして本気の本気でリナリアを意識してのデートは初めてなので自然と心が弾む。


好きな人との時間は何よりも尊いもの……と言っていたのは誰だったかしら?


その言葉の意味がよく分かるようになったのはつい最近だけど、考え方で見える景色が違うというのがよく分かった。


「暖かいし、可愛いし言うことなしね」


全身のコーデを確認してから、最後にリナリアから誕生日プレゼントに貰った手編みのマフラーを着ける。


少し不格好な猫のイラストが目立つけど、愛嬌があって凄く可愛い。


こういう日でもないと、堂々と着けられないのが少し残念だけど、その分今日は一日存分に堪能しましょう。


「カトレア様、お待たせしました」


そんな風に浮かれていると、リナリアが部屋へと入ってくる。


いつもの見慣れたメイド服ではなく、可愛らしい私服姿のリナリア。


美少女は何を着ても似合うとはよく聞くけど、リナリアは本当にどんな服でも着こなして凄いと思う。


そのうち猫耳メイドかうさ耳メイドを所望したい所。


「準備は出来たのかしら?」

「はい、バッチリです」

「そう、なら行きましょうか」


そう言いつつも、リナリアの私服姿に少し見惚れてしまった私はお父様のような不器用な言葉しか出てこなかった。


うむ、私は意外とヘタレなのかも……でも、リナリアを全力で愛するならそんな恥は捨て去ってみせよう!


部屋から出るために、入口にいるリナリアに近づくと、私はそっとリナリアの後ろに回り込んでから、耳元で囁くように言った。


「今日の服、とっても可愛いわよ。まるで私の前に妖精さんでも現れたのかと思ったほどに……ね」

「はぅ……」


まずは一デレゲット。


赤面して恥ずかしそうにするリナリアが実に可愛い。


私としても、こういう可愛いリナリアを愛でたいのでテンションが上がってくる。


しかし……それにしても、リナリアさんってば、デート前から可愛すぎやしませんかね?


素でこれなのだから、確かに乙女ゲームで攻略対象達が堕ちる訳だよ。


今世では、ほぼ全員が乙女ゲームのルートから外れてくれたので、後顧の憂いなく私はリナリアを愛でることに集中出来るというもの。


頑張って、リナリアの気を惹かないとね。




「まだ少し雪が残ってるわね」


防寒をしていても、少々肌寒い外の風。


日差しはあっても、完全には溶けきってない雪を見ながら、リナリアと街を歩く。


「あ、カトレア様。あれ見てください」

「あら、可愛いわね」


リナリアの見つけたものを見て思わず頬を緩ましてしまう。


そこには、子供が作ったのか小さな手のひらサイズの雪だるまがちょこんと店先に座っており、その愛嬌で客引きでもしているようであった。


「でも、雪うさぎとかはないのね」

「雪うさぎ?どんなうさぎさんですか?」


雪遊びにおいて、定番中の定番の雪うさぎをご存知ないリナリアだが、まあ、向こうと違って兎はペットとかよりも食用がメインなので発想が無くても仕方ない。


「そうね……少し作ってみるわね」


適当な木の枝や葉っぱもある事だし、パパっと作る。


触れた雪の感触が冷たくて、手が痛くなりそうだけど、触ってみて実感するのは、前世と比べるとやはりとても綺麗に思える。


環境汚染が進んでないからかしら?


まあ、魔法や魔力があれば、文明レベルが発達しても多少は環境汚染が軽減されるのでしょうし、この世界は前世よりもきっと長く生き長らえるわね。


……まあ、魔法や魔力がある事でイレギュラーがあるとも言えるけど、そんな先の話は今の私にはどうしようも無いし、先のことは先の人に任せるに限る。


「はい、出来たわよ」

「わぁ……!可愛いです!」


私作の雪うさぎは、久しぶりに作ったにしては実にクオリティが高いと思う。


その可愛さに飛び跳ねそうなリナリアを満足気に見つめていると、リナリアは私の手を見て、ハッとして自分の両手で私の手を包み込んだ。


「リナリア?」

「カトレア様、手が少し赤くなってます。すみません、寒いのに……」


好きな人にギュッと手を握られると、高鳴ってしまうのは当然のこと。


ドクンドクンと高まる私の鼓動が、手からリナリアに伝わらないか少し心配にもなるけど、この温かさは手離したくないと思った。


「ありがとう、リナリア」

「いえ、私こそすみません」

「ふふ、リナリアの手は凄く温かいわね」

「カトレア様の手は凄くすべすべしてます……」

「でも、もう少し温かくしたいわね……少し失礼するわね」


そう言ってから、私はリナリアの手を恋人のように絡ませてその温もりを享受する。


「か、カトレア様、あの、これは……?」

「こうした方が、温かいでしょ?」

「そ、そうでしょうか……?」


包み込む先程の方がきっと保温力は高めだけど、こうした方がお互いに熱を持って温まると思う。


事実、リナリアは恋人繋ぎだと分かっているのか頬が赤くなるし、私もリナリアに気付かれない程度に照れている。


「そうだわ。どうせなら今日はこれで街を歩きましょうか」

「ふぇ!?で、でも……」

「嫌なら無理強いはしないけど……リナリアは私と仲良くするのは嫌かしら?」


そんな意地悪な質問に、リナリアは恥ずかしそうにしながらもこくりと承諾の意を込めて頷いた。


狡くても、リナリアにはグイグイいくと決めたので、今日は攻めまくる。


私達の放つ熱で、溶けなかった雪うさぎ君には一応敬礼しておく。


まだまだラブラブで溶けるほどの熱量では無いだけかもしれないけど、そのうちラブラブの熱量で溶かせるよう目指してみようかしら?


そんな事を思いつつ、リナリアと恋人繋ぎで歩き出す。


照れつつも、雪うさぎに「バイバイ」と可愛らしく手を振るリナリアは実に天使であった。


いや、女神でもいいかもしれない。





映画などがない今世だけど、劇なんかは存在する。


私とリナリアはとある劇場に入って、劇を観戦していた。


リナリアが前々から気になっていたのが、今日公演されると知っていたので、デートに誘ったのもあったけど……それにしても、演技上手いわね。


内容としては、女王様と平民の女の子の友情を描いた作品なんだけど、どこか友情を越えたものを感じさせて私を昂らせてくれる。


「ダメです、女王様。私はただの平民。貴女様のお側には居られません」

「いいえ、違うわ。私が欲しいと欲するものこそ、貴女。だから、誰にも私達の仲を引き裂けない……そうでしょ?」

「女王様……」


……良い。ハッキリ言って、凄くいい。


女優さんの演技もさることながら、ストーリーも実に感動的で、しかも私好みの百合百合しいもの。


この世界にもこういった思想がある事に深い敬意を抱く。


「ひっく……ぐすん……」


ふと、隣を見れば、恋人繋ぎを続けたままのリナリアが感動していた。


元々、感受性が豊かで、物語に影響されやすい子だけど、すっかりとストーリーに入り込んで感情移入しているのか、恋人繋ぎをしてる事すら忘れてるご様子。


こういう場合、私の存在をアピールする必要もあるかもしれないけど、せっかく物語を楽しんでいるのだから邪魔をするのは無粋だろう。


ギュッと、無意識に私と繋ぐ手に力を入れるリナリアは、どこか私を離さまいとしているようにも思えた。


大丈夫よ、リナリア。


私はリナリアを絶対に離さないし、リナリアから絶対に離れないから。


そんな想いを言葉にしたいけど、公演中だし、集中さて物語を楽しんでいるリナリアの邪魔をしないように、少し強く繋いだ手を握り返すことで妥協する。


劇場は満杯で、意外にも女性客が多いように思えた。


男女のラブロマンスだけでなく、こういった女の子同士の物語にも多少は理解があるのが少し嬉しい。


中には、私達のような女の子2人組も居るようで、感じ入ったように物語を楽しんでるご様子。


確か、この劇を小説にしたものが今度出るとか書いてあったわね……うん、よし、それは絶対に買うとしましょう。


「何故です!何故私ではなく、あの小娘を選ぶのです!」


物語は終盤、窮地の平民の女の子を助けに向かおうとする王女様を止める、王女様の婚約者が出てきて、黄色い声援が少しと幻聴でなければ舌打ちも若干聞こえた。


……まあ、確かにイケメンだし、俳優目当てなら嬉しいだろうし、逆にそうでなく物語を楽しみに来てる人なら、女の子同士の物語に出てくる男役はちょっとねぇ……。


「ごめんなさい、マロケス。でも、私はあの子を絶対に離さないと誓ったの。だからそこを退いて」

「……なりません、貴女の一番は私であるべきです!」


とても必死なその演技は実に素晴らしい。


というか、どの役者も軒並みレベル高いし、本当に演劇は面白いものだと思わされた。


まあ、それはそれとして人によってはヘイトになりそうな婚約者だが、私としては好きな人に振り向いて欲しいのだろうかと思えるのだから、多少は大人になったのだろう。


「そうね、そうあるべきと誰もが言うわ」


女王様役の美人の役者さんは、扇子を開くと、パサリとそれを広げてから――パシャリと閉じてキリッとした目で言った。


「それでも私はあの子を選ぶ。私は国と同じくらいに、あの子を想っている――その想いは誰にも変えられないわ」


これまでの積み重ねがあればこそ、感動的な場面。


国のこと、婚約者のことも全てひっくるめても、平民の女の子を選ぶと言い切るその女王様には私も感銘を受けた。


しかも、女王として必要ならその座を退いても平民の女の子を選ぶと、そうとさえ取れるその言葉には痺れる思いだった。


私にも、そんな選択が出来るか?


……いや、絶対にそうするかもしれない。


それくらい、リナリアは私にとって大切な存在だからだろう。


項垂れる婚約者を素通りして、迷いなく歩みを進める女王様。


場面転換して、平民の女の子サイドに入ると、今度は平民の女の子が窮地の中でも、ただひたすらに女王様を想う場面が描かれる。


そして、もはやこれまで……そんな所に現れた女王様とまるで物語のヒロインのような平民の女の子。


「女王様、どうして……」

「言ったでしょ。貴女のためなら全てを捨てられると――だから、全てを捨てて貴女を選んだのよ」


その女王様に想いを告げる平民の女の子。


ラストに、二人が抱き合ってから、ハッピーエンドとなったが、こういう終わり方の方がその後とかの想像が楽しくて割と好きだったりする。


「うぅ……凄く良かったです!」


隣の想い人は、実に感動したのかうるうるしていた。


そして、拍手をしようとして、私とてを繋いでいることを思い出してから、少し赤面してどうしようかと手をウロウロさせる。


離してもいいけど……折角だしね。


「リナリア手を」

「え?あ、はい……」


お互いの空いてる手にて、疎らな拍手になってしまうがそうして周りの拍手に紛れるように贈る。


素晴らしい劇だった。


演技もストーリーもとにかく一流で、しかも私好みのストーリーだったわね。


ふと、斜め後ろの女の子カップルが抱き合って感動を享受してるのが見える。


おいおい、人目があるのにうらやまけしからんことを……まあ、いいけどね。


幸いにして、ここには同士も多いようだし、私の師匠のマーリンまではいかなくても、そちらの資質がある子が多いのは嬉しいことだ。


役者さんが全員登壇してきて、女王様と平民の女の子役の子を合図として皆で一礼。


その際に、女王様と平民の女の子役の二人の手の繋ぎ方が、私とリナリアが今してる恋人繋ぎと同じであると気づいたのは会場の何割だろうか?


(もしかして、リアルでも?)


そんな嬉しい想像をしつつも、私とタイミングを合わせて惜しみない拍手を贈るリナリアを微笑ましく思った。


まあ、リアルでもそうなら、今度から彼女達の劇をなるべく見に来るのもいいかもしれないわね。


そうして、久しぶりに当たりな劇とお気に入りの役者さんを見つけたのだけど、リナリアと恋人繋ぎをしていた事がそれよりもインパクトとして残ったのは申し訳ないような当然なような何とも言えない悪くない感じではあった。


まあ、楽しければいいかしら。



























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る