第14話 デートをしましょう
「デートをしましょう」
数日降っていた雪もやみ、暖かな日差しが心地よい午後。
午前中のカリキュラムが終わって、お昼を食べてから私はリナリアにそう提案していた。
いや、提案とは随分とオブラートに包んでしまった。
実際は拒否権のない宣言に近いかもしれない。
断れない系の可愛いリナリアさんの場合、言い切ってしまった方が効果は高いと思うのだ。
「あの、カトレア様。でーと?とはなんでしょう?」
さて、返事は如何にと思っていると、キョトンと可愛らしく首を傾げるリナリア。
ふむ、逢い引きと言った方が通じただろうか?
……いや、その場合は逆にリナリアに変な想像をさせたかもしれないな。
宿屋にリナリアを連れ込む私が目に浮かぶというもの。
九歳になったばかりの子供とはいえ、多感なお年頃に違いはなく、リナリアに対する私の想いを告げるにキスくらいはしてしまいそうになるかもしれない。
自然と、リナリアの柔らかそうな唇に視線が向かいそうになるのを抑えて、私はなるべくナチュラルに答える。
「そうね……簡単に言えば、とても仲の良い二人が一緒に出掛けることね」
友達同士でも、デートと冗談交じりに表現することはあるし決して間違いではないはず。
まあ、私としては好きな人とデートしたいという気持ちが高まってしまっているのだが、それは心にそっと秘めて――いや、それは難しいから、リナリアにはあまり伝わらないように努めることにしよう。
「仲良し……えへへ……」
そんな私の気持ちは知る由もなく、リナリアは私の言葉を素直に受け止めて、実に嬉しそうであった。
私に仲良し認定されてるのが嬉しいのだろうか?
本当はもっとずっと深い気持ちだけど、リナリアのこの様子を見れるのも悪くない。
「それで、どうかしら?」
「えっと、分かりました。お供します」
何とか現実に戻ってきたリナリアの承諾を得られたので、一安心。
断られることは無いと分かっていても、やはり好きな人を誘うというのは緊張する。
そんな乙女心を私が抱くとは……流石は異世界というべきだろうか?
何にしても、デートプランを練らないといけないわね。
誰かをデートに誘ったことはないので、知識しかない上にここは前世ほどアミューズメントに優れてる世界では無いので、その辺も考慮しないといけないのが少し難しいところ。
ああ、前世なら水族館とか、遊園地とか、動物園とか、映画館その他諸々、候補には困らなかったのに……でも、逆にそういった施設がないから、純粋な街歩きも出来るかしら?
なら、それはそれで悪くないわね。
「カトレア様とお出掛け……楽しみです」
ポツリと呟いたリナリアの本音がやけにクリアに聞こえる。
……あの、リナリアさん。可愛すぎるんで、今すぐ抱きしめてもいいでしょうか?
うん、そうしよう。
そんな事を思いつつも、嬉しそうなリナリアの様子をもう少し見たかったので、一分ほど楽しんでから、私はリナリアを愛でるのであった。
ーーー
「なるほど……それで私にアドバイスですか」
「ええ、お願いできる?」
こういう時に頼りになる人。
お父様やお母様、ライナさんにジャスティス、ミーアもアリだけど、私と同じ性質を持ち、城下に詳しい人が最適。
そうすると必然的に一人に絞られ、私はその人の元に来ていた。
その人物とは、私に魔法を教えてくれていた師匠的な存在……魔法師団の元部隊長にして、現副団長のマーリンさんその人であった。
「ふふふ、まさかカトレア様が私と同じ側だとは……素晴らしき偶然ですね。神に感謝です」
謎の喜びを露わにしているマーリン。
どうやら、私を妹(ある意味姉妹)にしたかったのはガチだったらしい。
「それで、どうかしら?」
「勿論、喜んで。では、早速今から私と一緒に――」
「あ、実技は結構よ」
先回りしてそう告げると実に残念そうなマーリン。
九歳児にもガツガツ来るこの気概は見習いたい所。
まあ、九歳ともなれば成人も近くなってきて、この世界では比較的大人に近いとも言えるからある意味普通なのかな?
一応、十五歳で成人のこの世界。
学園の入学が十二歳からとなり、十二歳で入れば十五歳の成人に卒業となるので本来であれば、学園の卒業と当時に私は嫁ぐことになるか、はたまた悪役令嬢カトレアさんになってヒロインちゃんたる、リナリアのための踏み台となってから、国外に逃げるはずだったけど、それらはもはやほぼ無くなかった未来と言っていいだろう。
代わりの未来としては、リナリアを私の物にする未来が望ましい所。
その為にも、好感度はしっかりと上げないと……今のところ、私からリナリアへの好感度ばかりが上がり、カンストしまくってる現状は仕方ないにしても、やはりもう少し惚れられる努力をするべきだろう。
そのためにも、このデートは絶好のチャンスなのでグイグイアプローチをしようと思う。
「では、私がお気に入りの子達と行った良かった店をいくつか」
虎視眈々と私を狙いつつも、ひとまずは私に協力する様子のマーリン。
そのマーリンからオススメの店を聞くと、メモを取ってそれらからリナリア好みの店を選んでみる。
ふむふむ、意外と面白そうな店もあるものなんだなぁと、少し感心していると、途中に可愛かった看板娘の店の話も挟まってきてそれは軽く聞き流す。
マーリンはボンキュッボンのナイスバディなお姉さんなのだが、何人かの妹(リアルなそれではなく、そういう関係の娘)が居るらしい。
何とも手広いが、私としては可愛い女の子は好きでも、リナリア意外をガチでは愛せないと思うので、参考にするのは難しいかもしれない。
「――と、こんな所でどうです?」
「ええ、参考になったわ。ありがとう」
「では、お礼は数年後に」
「身体で払う気はないわよ」
とはいえ、数年後待つだけのゆとりはあるようで少し安心してしまう。
まあ、かといって受け入れる気は微塵もないのだが。
「残念です。時にカトレア様。例の魔法の方はどうです?」
少し真剣な表情でそう尋ねてくるマーリン。
八歳になって少ししたくらいから、私の魔法の授業は終わってしまったので、たまにこうして会えた時に進捗が聞きたいのだろう。
魔法の授業が終わったのは、私がもう学べることはほぼ無くなった……というか、後は独学でも十分すぎると判断されたからだったが、それはそれ。
「ええ、基礎理論は凡そ完成が見えたわ。多少の実験を経てから、協力をお願いするわね」
「心からお待ちしております」
実に切実な様子だが、私もリナリアとの将来を考えると是非とも完成させたい……そんな風に思える究極の魔法なので仕方ない。
「それと、分かっているとは思うけど……」
「はい、他言はしません。仲間は少ないので是非ともカトレア様の想いが叶うことを願っております」
私は現状、王太子の婚約者なので、リナリアへの想いを公の場で公言するのは難しい。
念の為の口止めにマーリンはそれはもういい笑みを浮かべで頷いてくれたのでとりあえず一安心。
「ありがとう、マーリン」
「いえいえ。叶った暁に私にも多少の愛を頂ければ幸いです」
「それは難しいけど、それなりの形では返すわね」
実に情熱的といえばオブラートに包みすぎだが、熱い視線を向けてくるマーリンをサラリと受け流す。
私なんかの何処がいいのやら……まあ、カトレアさんが可愛いから見た目が好みなのかな?
つり目気味とはいえ、整った容姿に綺麗な銀髪は自分でなければきっと愛でたい対象にもなってくるとは客観的にも思うので一応納得しておく。
まあ、どんなに熱く見つめられても、リナリア以外には愛を向けられないのでそこの所は勘弁して欲しい。
ーーー
「お嬢様、お手紙です」
「ありがとう、ミーナ」
本日の私のお付はミーナである。
元々は私のお付はミーナと数名で持ち回りしていたのだが、最近はリナリアという成長著しく、私の寵愛を受けているメイドさんが居るので、リナリアかミーナの二択になりつつある。
ブラック企業ではないので、リナリアにも十分な休みをとって欲しいのだけど、リナリアは私と居られるのが幸せと言って中々休まないし、かといって私付きでない日はスキルのマスターに余念がなく、何とも働き者なので、嬉しいやら困ったやらと何とも言えないところであった。
その辺のコントロールを母親のライナさんと先輩のミーナがしてくれているので何とも頼もしい。
ミーナのお茶を飲みつつ、貰った手紙を開けるとどうやら転生レオンからのものであるらしい。
名前を見た瞬間に、顔に出そうになるのを抑えるのも慣れてきたものだ。
無論、いい意味で顔に出ることはないのはお察しだろう。
さて、そうして手紙を読もうと思いつつも視線を動かすと、ミーナの左手の薬指にあるものを見て思い出したように私は尋ねた。
「そういえば、ジュスティスとは最近どう?」
「えっと……幸せです」
実に嬉しそうな笑みを浮かべるミーナ。
この前、ミーナはジュスティスにプロポーズされたらしい。
左手の薬指にある指輪は婚約指輪という所かな?
初々しいカップルに微笑ましくもなるけど、結婚して子供が出来たら、益々私付きにはリナリアオンリーになりそうな未来も見えた。
それそれで嬉しいのだけど……リナリアの体調の心配と幼い頃からのメイドさんのミーナの離脱は寂しくもあったりする。
まあ、ミーナの幸せは素直に喜ばしいけど。
「そう、良かったわ。でもジュスティスにしてはえらく早くプロポーズしたのね」
てっきり、責任感の強いジュスティスのことなので、明確に今よりも地位を上げてからとなるかと思っていのだが、思い切りの良さに感心してしまう。
「私もびっくりしましたけど……でも、ジューくんが凄く真剣でカッコよかったです」
恋する乙女ミーナも実に可愛い。
しかし、リナリアの可愛いとは明確に違うと今なら分かる。
なるほど、これが愛の補正というやつか。
「ふふ、これならミーナの子供にも意外と早く会えそうね」
「も、もう、カトレア様ったら……」
そう照れつつも、悪くない未来が見えたのか楽しげなミーナ。
そんな恋する乙女を眺めつつも、私は忘れかけていた転生レオンからの手紙に目を通す。
ふむふむ。
「でも、カトレア様も王太子殿下と仲が宜しいですよね」
「そうかしら?」
「はい、良くお手紙のやり取りされてますし、贈り物も届きますし、お二人共仲睦まじく見えます」
そんな無邪気な笑みに罪悪感を感じる今日この頃。
騙してるようで申し訳ないけど、私と転生レオンの間には愛情など一欠片もなく、互いの利益のための実にドライな関係なので非常に心苦しい。
とはいえ、周りにそう思われるのは結果としてプラスなので訂正はしないでおく。
リナリアに勘違いされるのは困るけど……リナリアもこの件では私と転生レオンの関係が距離のあるそれと直感してるのか大人しめだ。
最初は少し寂しそうだったけど、私が転生レオンに向けている笑みが完璧な作り笑いと見抜いてるようであった。
そこまで私のことを想い人に知られているのは悪くないわね。
「そうそう、今度リナリアと二人で出掛けるんだけど……ミーナはどこか城下でオススメの店とか知ってる?」
「はい、いくつかありますよ」
軽く話題を変えると、ミーナがジュスティスとのデートで良かった店なども話してくれる。
いくつか、マーリンのオススメと被る店もあり、そこは要チェックかもしれないとメモを取っておく。
「それにしても、カトレア様はリナリアさんの事がお気に入りですよねぇ」
「そうね。可愛くて食べちゃいたいくらいよ」
「ふふ、愛されてますねー」
冗談だと思い受け流すミーナだが、割と本気の成分が強めでも気付かれないのは、私の演技のスキルの高さ故か、それともミーナが鈍いのか……前者であると嬉しいところだ。
我ながら、前世から人を欺くのは割りと得意な方だったが、今世でば王太子の婚約者を演じてるのでそのうち演劇でもしてみれば楽しいかも。
本職には勝てないまでも、カトレアさんでの演技は実に楽しそう。
いっそ、中止になった悪役令嬢カトレアさんを演じるのもアリかも。
我ながら、こっそり練習しただけあって、そこそこのクオリティは保証できると自負している。
まあ、リナリアに対して悪役令嬢カトレアをやるのはもう難しいかもしれないけど。
ツンツンというか、刺々しいそれをリナリアに向けて悲しい顔をされたら私は演技を止めて抱きしめて優しく頭を撫でる自信もある。
リナリアのために悪役令嬢になろうとしたのに、好きになり過ぎて出来ない……本当に転生レオンが腹黒のブラコンで良かったと変な安堵すらしてしまう。
何にしても、デートの候補地が絞られたのはいい事だし、当日を楽しみにしましょうか。
ミーナのお茶を飲みつつ、そうしてほくそ笑む私だったが、ミーナには気付かれてなかったようだ。
これは、鈍いに一票かな……まあ、演技力は精進あるのみだよね。
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