第12話 そして私は――恋をした

私の九歳の誕生日。


その日は、私にとって人生で特別な日となった。


そして、私は――





ーーー





夢を見る。


前世の頃の夢だ。


カトレアではなく、百合根と名乗っていた頃。


カトレアさんのように、容姿や才には恵まれていなかった私が最後に母とあった時の夢だ。


母は私を見て苦しそうに叫んだ。


『アンタなんて!生みたくて生んだんじゃない!出来なければよかったんのに!この世に――私の子供にならなければ良かったのに!』


苦しげな母のその言葉は心からのものであると、私は知っていた。


優しい時期もあった。


母娘の思い出も少ないながらも存在はしている。


でも、私を見る時の母の目は……いつだって、苦しげなものであった。


きっと、私を見ていると、消えた父の存在を思い出させて辛かったのかもしれない。


ごめんなさいと謝ると、母は益々激情した。


それは、私への怒りなのかあるいは――




「カトレア様、朝ですよ」


ゆさゆさと、優しい声で私は覚醒する。


寝ぼけ眼で起きると、少し心配そうなリナリアの姿がそこにはあった。


「何だか、苦しそうでしたが、大丈夫ですか?」

「……ええ、問題ないわ」


そう答えると何ともないとアピールしておく。


どうやら、今朝見た夢のせいで表情が固くなってしまっていたようだ。


そんなに繊細な人間でもないのに、おかしな話だけど、きっと今日が今世の私の九歳の誕生日なのも過去を思い出させた理由の一つなのかも。


「なら良かったですけど……今日のパーティーは大丈夫そうですか?」

「ええ、出ないといけないものね」


高位の貴族令嬢ともなると、誕生日というイベントは盛大にパーティーを開く必要がある。


特に私は、表向きは王太子殿下の婚約者なのだから、その関係で人を集めてアピールする必要がある。


改めて考えても凄く面倒だけど、これも転生レオンと婚約を解消するまでの辛抱だと言い聞かせて、リナリアに着替えを手伝ってもらい、髪を梳かして貰う。


「そういえば、リナリアさんは何だか最近眠そうだったけど……今日は大丈夫なの?」

「はい、ぐっすり寝ましたので」


ここ最近、少し寝不足気味に見えたリナリアだが、今日は調子が良さそうなので少しホッとする。


この子は頑張りすぎるので、もう少しゆったりとしても良いとは思うのだけど、根が真面目なので都度都度私が止めるのがベターかもしれないと思った。


「そう、なら良かったわ」

「それにしても、今年は王太子殿下もいらっしゃるんですね」

「らしいわね」


八歳まで会ったこともなく、プレゼントだけ贈られてくるという不思議な付き合いだった転生レオンも本日は我が家で行われる私の誕生日パーティーに顔を出すことになっていた。


表向きとはいえ、婚約者の誕生日だし祝いに来ない方が不自然なのかもしれないけど、向こうとしては面倒だと思ってるでしょうね。


私だって、誕生日で大きなパーティーを開いて、会いたくもない貴族と会うのは嫌なので気持ちは同じかも。


「あ、あの、カトレア様……」

「ん?どうかしたの?」


少し憂鬱になりつつも、何とかモチベーションを上げようとしていると、リナリアは何かを言いかけて、モゴモゴしていた。


焦らなくて良いよと態度で示していると、リナリアはやがてポツリと言った。


「今夜は……ゆっくりお休みください」

「ええ、ありがとう」


まだ始まってもない今日の疲れを察してくれているのだろうか?


だとしたら、相変わらず優しい子だと、私はその時はリナリアの言葉のメッセージには気が付かなかったのであった。






「カトレア、誕生日おめでとうございます」


朝一のお母様は相変わらず美しかった。


お腹も大きくなってきており、私の誕生日から数ヶ月もすれば弟か妹が出来そうで実に楽しみだ。


「ありがとうございます、お母様。体調の方は大丈夫なのですか?」

「ええ、ただ、旦那様はもしもの事があるといけないから貴女のパーティーには出るなと仰せですが……」


ふむ、まあ、それはその通りだよね。


「お母様はゆっくりとしていてください。アンスリウム公爵家の娘として今日は立派にやり遂げますので」

「ええ、その辺は心配していませんよ。ただ、私個人としては貴女の晴れ姿を見れないのが少し残念なだけです」


晴れ姿って、そんな大層なものじゃないけど……まあ、信頼されているのは嬉しいかも。


「すまない、遅れた」


そんな風に、朝食前にお母様と話していると、少し遅れてお父様がやって来た。


「おはようございます、お父様」

「おはようございます、旦那様」

「……ああ、おはよう」


愛する妻と、愛娘の挨拶に実に嬉しそうに、でも少しデレきれてない様子で返してくるお父様。


相変わらず萌え力が高い父ですこと。


「カトレア、今日の段取りは問題ないな」

「ええ、勿論です」

「……ならいい」


そう言って席に座って、朝食を運んでくるようにお父様は合図をだしてから、ポツリと言った。


「……誕生日、おめでとう。カトレア」

「……はい、ありがとうございます」


本当にお父様らしいけど、過保護で不器用で、私達を心底愛してくれる……自慢のお父様ですことよ。


そんなお父様と私を優しく見守るお母様。


包容力の高さが半端ないけど、流石は私のお母様です。






私の九歳の誕生日パーティー。


王太子殿下も参加するということで、例年よりも人が多く、実に面倒くさい。


向こうも同じ気持ちなのだろう、瞳の奥に面倒くささを隠した転生レオンは私と仲睦まじい演技をしながら小さく言葉をかけてくる。


「人気者は大変そうだな」

「殿下には負けますわ」

「まあな」


否定しないのは当然かもしれないけど、謎にカチンとくるのがこの王子様の面倒な所かもしれない。


「計画は順調なので?」

「ああ、問題ない。派閥も作れてるし、弟の教育も順調だ。その前にゴミ掃除を少しするつもりだが……遠くないうちに婚約解消には持っていけるだろう」

「それは良かったです」


いつまでも、王妃の座に近い位置には居たくないので、早めに今の席を譲りたいところ。


王妃様には仲良くして貰っているし、嫌とは言わないけど、やっぱり私にはそんなに高い場所は居たくないという気持ちが強かったりする。


普通が一番だよね。


「それで、弟様の御相手の方の方の準備もよろしいので?」

「抜かりはない」

「なら結構」


例え、王太子の座が第二王子に移って、私と婚約を解消しても、その第二王子のお相手の方が育ってなくては私がまた婚約者にされかねないので、その返事には少し安心する。


「婚約解消後は、自由にしてくれて構わない」

「元からそのつもりです」


というか、早くして欲しいという気持ちが物凄く強い。


例年よりも私の誕生日パーティーに来てる人数が多いのも、目の前の転生レオンのせいだし。


「そうか、無用な心配だったな」

「ええ」


これだけ色々話していても、周りには絶対に聞こえていないというのは、かなり凄いことだが、少し私はも魔法を使っているので多少のズルはご勘弁を。


最近は無詠唱にも慣れてきて、比較的魔法を手軽に出せるようになったのだが、どうやら隣にいる王太子殿下殿もご存知のようで少し怖くなる。


まあ、敵対する気もないし、必要性もないから大丈夫だろう……コイツらが、ヒロインちゃんを巻き込まないなら、敵対とはならずにそのうち疎遠になれるだろうから、それを目指すとしよう。


「しかし、誕生日か……今世しか良い思い出はないな」

「あら、貴方もですか」

「ああ、親がクズだったからな。そっちは?」

「私は優しかったですよ。ただ、すれ違いによる勘違いはあったかもしれませんが」


なんて、軽く話しているが、向こうも中々闇が深そうだ。


「なら、今世は楽しみましょうか」

「だな」


そうして、仲睦まじい婚約者の演技をしながら、アンスリウム公爵家の娘として相応しく振る舞ってみたけど、それを見るお父様の視線は少し複雑そうであった。


大方、愛娘がパーティーで相応しくしてるのは嬉しいし、誕生日もめでたいけど、婚約者と仲睦まじいのを見るのは、男親として複雑な気持ちになっているのだろう。


大丈夫ですよ、お父様。


この人とはそのうち婚約を解消しますので。


そんな事は言えないけど、何とか無事に誕生日パーティーを終えることが出来たのであった。





家族でも囁かな誕生日パーティーをしてから、自室に戻ると寝るための準備をする。


疲れた……本当にこういうのは何度やっても慣れる気はしないものだなぁと、思っていると、リナリアがソワソワしているのに気がついた。


凄いのは、ソワソワしながらも私の就寝準備には何ひとつ悪影響が出てない点かもしれない。


流石はヒロインちゃんというべきかな?


「どうかしたの?」

「あ、あの……カトレア様」

「何かしら?」


モジモジする可愛いこの生き物をしばらく眺めていたい衝動にかられていると、リナリアはまるでラブレターでも渡すように「これ、受け取ってください!」と、実に可愛らしくラッピングされたプレゼントを渡してきた。


「まあ、くれるの?」

「は、はい。あんまり上手に……じゃなくて、その、大したものじゃないんですけど、カトレア様に渡したいと思って……」


そう言ってはにかむのだから、むっちゃ可愛い。


「ふふ、リナリアさんがくれるものなら、何でも嬉しいわよ。ありがとう」

「――!は、はい!」


私が拒否するとは思ってなかっただろうけど、やはり緊張していたのかその返事に嬉しそうにするリナリア。


「早速開けても?」

「えっと……出来れば、お一人になってからで……」

「そう、分かったわ。じゃあ、寝る準備してリナリアさんが出ていった後にでも開くとしましょう」


今すぐ開けたい気持ちを抑えて、私は穏やかに就寝のための準備を進める。


「では……お休みなさい」

「ええ、お休み」


そうしてそれが終わってから、床につくとリナリアが出て行ってから先程のプレゼントを開く。


「これは……」


何が出るのか、ワクワクしながら開くと、中には手編みと思われるマフラーが入っていた。


しかも、少し不格好な猫のイラストまで入っていた。


チリッと脳裏にある記憶が過ぎる。


『これ、可愛いでしょ。百合根に似合うと思ったんだ』


……本当に、今日は過去を思い出す日だこと。


偶然だろうけど、リナリアの作ってくれたマフラーは、前世で母が作ってくれたマフラーにそっくりだった。


それを貰った数日後だったかな……お母さんが壊れちゃったのは。


せっかく手編みした、私へのプレゼントのマフラーの暴れて破いちゃったし、本当に悲しかったけど、それだけ限界が近かったのだろう。


私が生まれたことで、お母さんは苦しんだ。


そんな生まれてこない方が良かった私を無理して育てたために生まれた悲劇。


だからこそ、私は……


「……いえ、今は考えるべきではないわね」


そう、前世の罪を今世まで持ち込んでは、仕方ない。


私に百合根という過去がある以上、そこには僅かな罪があるのだろうけど……それでも、カトレアさんには関係ないのだから、今の私は、百合根ではなく、カトレアさんなのだから。


そう分かっていても、やはり私は馬鹿だからか勝手に変な事を考えてしまう。


いけないいけない、こんなんじゃプレゼントをくれたリナリアに申し訳……ん?


「これは……」


マフラーを取り出してから、何となく懐かしさに目を細めていると、マフラーの下にあったのだろう、何やら手紙が入っていた。


宛名はないけど、多分状況的にリナリアからのものだろうと分かったので、開いてみる。


きっと、誕生日おめでとうとかのメッセージでも入っているのだろうと思って中身を確認して――私は思わずフリーズしてしまう。



『生まれてきてくれて、ありがとうございます』



それは、なんて事ないリナリアの本音。


――生まれてきてくれて、ありがとう。


そして……私が欲しかった一言でもあった。


「あーあ……もう……」


思わずマフラーを抱きしめてしまう。


じんわりと目頭が熱くなり、心臓が早鐘を打ってるように騒ぎ出す。


全身から熱が出るように、顔が赤くなってるのが自分でも分かった。


今の私はきっと、人には見せられない顔をしていると鏡を見ずともすぐに分かった。


なんて事ない、リナリアの素直な気持ち……それだけなのに、私には全てを許された気にすらなる。


親より早く死んで転生してしまった親不孝者だけど……お母さん、私は今世で生まれて初めて――本気の恋をしました。


人が聞けば、なんてちょろいんだと馬鹿にされるかもしれない。


でも、元々想ってた人への気持ちが今、本気のそれへと変化する。


その日、九歳の誕生日。


私は――リナリアに本気の恋をしたのであった。






















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